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霧は晴れて


 ウェルの周りに濃い魔力が渦巻き始める。

 本体から切り離され、莫大な魔力供給源がなくなったというのに、一体これほどの魔力をどこから捻出しているのかと不思議に思えるほどだ。 


 「想像をより正確に。思い浮かべるだけじゃダメ、イメージを言葉に乗せて」

 

 ぶつぶつと呟く彼女の瞳から諦めの色は見えず、残ったわずかな魔力をかき集め私への反撃の刃として解き放つ。


 『叩き潰せ!!』

 

 ウェルが叫ぶのと同時に、私の頭上から岩でも降ってきたかのような圧力が叩きつけられた。

 彼女の魔法と、私の障壁がぶつかり合い、ギシリと軋むような音が鳴り響く。

 

 「なかなか良い魔法じゃ。しかしそれではたりぬな!」

 

 胸の奥から湧き上がる魔力を手のひらに乗せ、巨大な炎球をウェルに向かって打ち出す。

 さきほどまでならともかく、体を再構築するだけの魔力は残っていない今ならば、私の魔法も彼女に通用するはずだ。 

 轟音と爆風を撒き散らし、炎はウェルの体を薙ぎはらう。

 視界が歪むほどの熱が切り取られた大地の上を蝕み、すべてを燃やし尽くしていく。 


 「これで終い、とはいかぬようじゃな……!」

 

 頭上から放たれた魔法を剣ではじき返し、打ち出された方向に視線を向ければ、体の所々を焦がしながらも空に舞い、私に杖を向けているウェルの姿があった。

 その体はもはやどこにもつながっておらず、正真正銘体内に核を持ったウェルの本体そのものだとわかる。

 

 『穿て!』

 

 ウェルが放つ、力を持った言葉は、世界に対する命令となり私にその牙をむく。

 彼女の言葉通り打ち出された弾丸を、私も魔法を持って真っ向から向かい打った。

 不可視の弾丸と紅蓮の矢がぶつかり合い、破裂音とともにあたりに立ち込める黒煙を吹き飛ばす。

 

 「これじゃ足りない……! もっと、もっと、『もっと多く!』」

 

 ウェルの叫びに従うように、弾丸はとどまることなく私に向かって放ち続けられた。

 しかし擬態を解除した私の方が、魔法の展開速度も、一撃の威力も、魔力の持久力も、何もかもが上回っている。

 一歩も動くことなく打ち出された弾丸のすべてを打ち落とし、それを上回る魔法の生成速度でウェルへの反撃を行う。

 

 「ぐっ、うぅ……!」

 

 「代えのきかない体への直撃は辛かろう。じゃがまだこれでおわりではないぞ」

 

 魔法の展開速度を増し、さらに打ち出す火矢の数を増やしていく。

 先ほどまで防ぐ側だった私が攻勢にまわり、ウェルは必死に魔弾を生成しながら、私の火矢を撃ち落とす。

  

 「エクスプロード」 

 

 しかしそれも長くは続かない。

 私が口にした言葉に従い、打ち出された火矢は一斉に爆発を引き起こす。

 夜空に咲いた紅い花達は寄り集まり、巨大な一つの大華となってウェルを飲み込んだ。

 爆風が私の髪をかきあげるのを感じながらも、その爆発の中心からは一切目をそらさない。 

 

 どすっ、という鈍い音を立てながら、今の攻撃で打ち落とされたウェルが地面へと叩きつけられる。

 いくら人の体ではないとはいえ、これだけの連撃を食らえばタダでは済まないだろう。

 

 だというのに、ウェルはボロボロの体を引きずってなお立ち上がる。

 

 「……人間というのは本当に、諦めの悪い種族じゃの」

 

 そういえば勇者に負けた時も同じような光景を見たな、とふとそんな記憶が頭をよぎった。

 

 「魔力はもうほとんど残ってない。数を打ってもエリーゼには届かない。それなら……!」

 

 あちこちが焦げた杖を私に向け、正真正銘最後の力を振り絞って魔法を構築していく。

 その姿に敬意を表し、私も障壁を解いて迎え撃つための魔法を準備する。

 

 「複合魔法陣展開、全魔力装填っ!『穿てえぇぇ!!!』」


 複雑に絡み合い、幾重にも展開された魔法陣が光り輝き、ウェルは最後の魔法を打ち出した。

 地面をえぐり、舞い散る火の粉を飲み込み、夜空を切り裂く極光は、一直線に私へと突き進む。

 迫り来るウェルの魔法をまっすぐ見据え、私はゆっくりと掌を突き出した。

 生み出された炎の渦は極光とぶつかり合い、暴れ狂う力が空に浮かぶ大地を引き裂き燃やしていく。

 

 「いっ……けえぇぇぇ!!!!」

 

 ウェルは自分の魔力を根こそぎ注ぎ込んでいるのだろう、体を構成している魔力すら使い果たし、その四肢を徐々に崩れ始めさせていた。

 それでも攻撃の手は休めず、喉を震わせ、雄叫びをあげながら全霊をもって魔法を行使し続ける。

 

 「それが憎悪によるものだとしても、よくぞそこまで極めた物じゃ。同じ魔法使いとして心から尊敬しよう」

 

 一歩、また一歩、ウェルの魔法を押し返しながらゆっくりと杖を構える彼女の元へと近づいていく。

 極光は勢いを増し、魔力と魔力のせめぎあいはどんどん強くなっていった。

 それでも私が歩く速度は変わらず、だんだん彼女との距離が縮まる。

 そして大きく一歩踏み込めば剣が届く近さまで来たところで、私は広げていた手をぐっと握りしめ大きく横に振り払った。

 その動作を合図として炎の渦と極光は消え去り、あたりはただ火の粉が舞うだけの空間となる。

 

 「終わりじゃウェル」

  

 息も絶え絶えのウェルは言葉を放つこともできず、崩れかけの体で佇む彼女の胸に、私は腕を突っ込んだ。

 スライムの粘性の体を突き破り、指先はついにウェルの核に触れる。

 私がその核を包むようにぎゅっと握り締めるのを見つめながら、彼女はふっと笑みを浮かべた。

 

 「……ボクの、負けか」

  

 「そうじゃな」

 

 もはや逃げ道をふさぐための魔法は必要ない。

 地面を持ち上げていた魔法を解除し、ゆっくりと地響きをあげながら、宙に浮かぶ大地は元の場所へと収まっていく。

 円状に周りを囲んでいた炎は地の底へと身を潜め、ようやく夜の暗闇が戻ってきた。

 

 「もはやおぬしの命は私の手中にある。魔法を使うまでもない、このまま握り潰せばおぬしは死ぬじゃろう」

 

 「今更言われなくてもわかってる。さぁ、はやいとこ止めを刺してよ」

 

 もはや言い残すこともないのだろう。

 諦観で染まったウェルの表情をみて、そうかと呟いて私はぐっと核を握る手に力を込める。

 

 と、その時、いままでウェルが使っていた魔法とは比べものにならないほど弱々しい魔力の塊が、どこからか私に打ち込まれた。

 それを障壁で叩き落とし、はぁとため息をついて、魔法が放たれた方向に目を向ける。

 

 「頼むエリーゼさん。……その手を離してくれ」

 

 私の目線の先には、予想通りカルツが剣を持って立っていた。

 少し離れた場所にはシェリエとイルシアも立っていて、全員無事なことが確認できる。

 派手にやったから巻き込んでいなかったかと不安だったので、その姿を確認して内心ほっとため息をついた。

 

 「カルツ、おぬしとてこの状況で私の力を理解してないわけではなかろう?」

 

 「わかってる。エリーゼさんがその気になれば、瞬きする間もなく殺されるってことくらい」


 それでも、とカルツは確固たる意志を持って、言葉を紡いでいく。

 

 「惚れた女が命を落とそうとしているのを、黙って見過ごすわけにはいかない」

 

 「……この女は私を殺すために、おぬしを巻き込み、その命を奪おうとしたのじゃぞ? それでもその気持ちに変わりはないと?」

 

 「ない。もちろん俺だって、裏切られたことは許せないし、エリーゼさんをだまし討ちした罪は償わなければならないと思ってる。それでもこの気持ちが揺らぐ事は絶対に無い」

 

 「ほう、そこまで考えていてなお気持ちに変わりはないと言い切るか」

 

 私の問いに一瞬のためらいも見せず、カルツは首を縦にふった。

 

 「もういいよカルツ。エリーゼがボクを裁くのは当然の権利だ。それに付き合って君まで命を危険にさらす必要はないよ」

 

 「言ったはずだウェル、俺は君についていくと。それは死の向こうにある世界だろうと変わりはしない」


 そんなことを真顔で言い切るカルツに、私は二度目のため息をつく。

 

 「……なるほど、おぬしの気持ちはよくわかった。ならば、その言葉の責任を取るが良いカルツ」

 

 左手でウェルの核を握ったまま、右手に握った大剣に炎を纏わせカルツの方へと向けた。

 

 「やめてエリーゼ! カルツは関係ないでしょ!? ボクを殺して終わりでいいじゃない!」

 

 「何を寝ぼけたことをいっておるのじゃウェル。元とはいえ私は魔王じゃぞ?」

 

 その言葉の意味を理解したのか、ウェルの顔色がさぁっと青ざめていく。

 必死に抵抗しようともがくが、もはやウェルに私から逃れる力は残っていない。

 

 「逃げてカルツ! エリーゼ相手じゃ本当に殺されちゃう! お願いだから!」

 

 「嫌だ。ここで逃げたらもう二度とウェルには会えない!」 

 

 「よくわかった。それがおぬしの答えじゃな」

 

 カルツの意志を確認した私は、剣を大きく振りかぶり、炎を纏った斬撃を解き放つ。

 地面をえぐり自分に向かいくる斬撃を見つめながら決して目をそらさず、カルツは剣を構えて一歩たりとも動こうとはしなかった。

 

 「いやあぁぁぁ!」

 

 ウェルの悲痛な叫びが夜空に響くのと同時に、私の放った斬撃はカルツが立つ場所を掠めながら、後方へと消えていく。

 

 「虚勢を張るのは構わんがの、足が震えておるぞカルツ」

 

 ぽかんと間抜けヅラを晒しているカルツを眺めながら剣を地面に突き刺し、核を握っていた手をゆっくりと解いた。

 どさりと音を立てて、ウェルの体はそのまま地面へと落ちる。

 ガリガリと頭の後ろを掻きながら、私は数歩カルツの方へと歩み寄った。

 

 「カルツ、肝に銘じておくが良い。英雄になりたいというなら、自分の命を簡単に投げ捨てるな。惚れた女を守りたいのなら、それだけの力をつけるのじゃ」

 

 「エリーゼ、さん?」

 

 何を言われているのわからないといった表情のカルツを無視して、私は勝手に一人で喋り続ける。

 

 「どれだけ覚悟だけあっても無力では何の意味もない。どれだけ言葉を並べても、相手が聞く耳を持たなければ無駄になる。いつも今回のように丸く収まるとおもったら大間違いだということを、ゆめゆめ忘れるな」

 

 「それって、つまり……」

 

 カルツの返答を待たず、私は踵を返してウェルの方へと体を向けた。

 崩れた体では立つこともできないのか、倒れたままの彼女は信じられないという表情で私を見ている。

 

 「……どういうつもりなのエリーゼ」

 

 「先程言った通りじゃ。元とはいえ私は魔王。たかだか一度牙を向かれたくらいで、有能な手駒を自ら手放すほど暗愚ではない」

  

 そう口にしながら、地に伏す彼女の側に立ち、ぐいと腰をかがめて顔を近づけた。

 

 「私と共に来いウェル。おぬしが言った通り、勝者である私にはおぬしを裁く権利がある。私と共にリエラを止めることで、その罪を償うのじゃ」 


 別に温情だけでウェルの命を助けるわけではない。

 世界魔法を使うリエラが相手である以上、豊富な知識を持ち、申し分のない戦闘力をもつウェルは貴重だ。 

 リエラを止めるためには、絶対にウェルの力が必要になる。

 

 「……本気で言ってるのそれ?」

 

 「本気じゃとも。ま、ここでおぬしを殺すとあとでイルシアに文句を言われるというのもあるがな」

 

 冗談めかしてそう口にすると、少し呆気にとられてから、ウェルはくすくすと笑い出した。

 

 「あぁ、ボクは何に固執してたんだろう……。本当ばっかみたい」

 

 目に涙を浮かべながらしばらく笑ったあと、ウェルはふうと一息深呼吸をつく。

 

 「エリーゼ、ボクは君が憎い」

 

 「知っておるとも」

 

 「その気持ちは今も変わらないし、きっとこれからも続くと思う。でもその気持ちと同じくらい、ボクはリエラを止めたいと思ってる」

 

 「……あぁ、知っておるとも」

 

 ウェルが最初に語っていた、私の力を取り込んでリエラを止めるというのは、本心を隠す建前であったとはいえ嘘ではないのだろう。

 その気持ちはこの戦いを通して、それなりに理解しているつもりだった。

 

 「でも、ボク一人じゃあの娘を止められない。ボクだけではあの娘に届かない。……だからエリーゼ、恥知らずを承知で、君にお願いしたい」

 

 「うむ、言うがよい」

 

 「……君の力を貸して欲しいエリーゼ。今度こそリエラを止めるために、今度こそ誰も悲しませないために」

 

 「その言葉確かに聞き届けた。おぬしの願いを叶えてやろう」

 

 私の言葉に、ウェルは出会ってから初めて、心の底から安堵した笑顔を見せる。

 そしてそのまま目を閉じ、糸の切れた操り人形のようにがくりと脱力した。

 

 「ウェル!!」

 

 慌てて駆け寄ったカルツに抱きかかえられたウェルは、すぅすぅと静かに寝息を立てている。

 それを確認したカルツはほっと胸をなでおろし、小さく微笑んだ。

 

 「とっくに限界を超えていたのじゃろうな、全く大した精神力じゃ。そのまま休ませてやるといい」

 

 「……ありがとうエリーゼさん。この恩は、俺も忘れない」

 

 「おぬしが礼を言うことではなかろうて」

 

 ウェルの動機次第では彼女を殺さなければいけなかったけど、あの慟哭は私にも思うところがなかったわけではない。

 私が遺した知識がリエラに力を与え、後の惨事につながったということには少し負い目も感じていた。

 

 「まぁこの辺りが、落とし所じゃろう」

 

 新たに浮かび上がった問題は多々あれど、一件落着と言っても申し分ない結末だろう。

 辺りを覆っていた霧はすっかり晴れ、現れた星々は夜の暗闇を煌々と照らしている。

 カルツの腕に抱かれて穏やかな表情で眠っているウェルを見ながら、この光景のようにウェルの心も少しは晴れれば良いなと、そんな私らしくもない考えが一瞬脳裏をよぎった。


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