不穏な気配
偵察ついでに村周りの魔物をある程度倒し、しばらくは街に被害が及ばないであろうことを確認したので村へと戻る。
「戻られましたかエリーゼ様」
村の入り口では、イルシアの父である村長と何人かの大人たちが私の帰りを待っていた。
「村長殿か。というか様づけはしなくてよいというのに。それで何か用でも?」
私が祀られていた存在だと知っているイルシアはともかく、一応普通の冒険者ということになっているので他の人に様づけされるのはどうもしっくりこない。
「ではエリーゼさん。これから今後の復興について村の年長者と話し合いをするところなのですが、貴女の意見を取り入れさせてもらいたいと思いまして」
「そういうことか。かまわぬぞ」
イルシアに今後も村の復興を手伝うと話した後、村長にもそのことを伝えてある。
村長には是非もないと、快くこちらの申し出を受け入れてもらった。
特にこの村には戦いに関する知恵に長けた者がいないので、私の知識は大変ありがたいとのことだ。
「集会所は焼け落とされてしまったので、しばらくの間はここで会議をしようと思います」
村長に案内されたのは、昨日村人たちが拘束されていた広場だった。
私が出かけている間に盗賊たちはどこかに掃除されたらしい。
用意された椅子に腰掛け、会議の始まりを待つ。
続々と集まってきた村の大人たちによって全ての席が埋まったところで、村長が会議の始まりを合図した。
「まずは皆に改めて紹介を。この村の窮地を救ってくれた恩人、エリーゼさんだ」
村長に唐突に声をかけられたので、一度立ち上がって軽く礼をする。
「エリーゼじゃ。少しの間じゃが此処に滞在させてもらうことになったのでよろしく頼む」
ちらりと周りを見るが、敵意のある視線は感じられない。
昨夜、強力な魔法を彼らの前で使ったので少し警戒されるかと思っていたけれど、心配しすぎだったようだ。
「エリーゼさんは村が落ち着くまでの間、村の警護を買って出てくれた。私たちはその間に、村の復興と今後の対策を考えなければならない」
村長の言葉に、村の皆も頷く。
私としてはなんだかんだと理由をつけて居座る予定なので、そんなに急がなくてもいいと思うがせっかくやる気なので水を差すのも悪い。
それに早いところ村の安全が確保されれば、私も人間界の探索に出やすくなるのでありがたい話ではあった。
「まずは早急な復興をめざそう。被害状況を報告してくれ」
その言葉を皮切りに、具体的な被害状況、残りの食料数、捉えた盗賊の処遇など、次に次に議論が行われていく。
さすがにその辺りの話に私は口をだすことができないので、話半分くらいに聞き流していた。
こうして話を聞いていると魔王時代にしていた会議を思い出す。
あの頃はむしろ、私以外がろくに話を聞いてくれなくて、一人作戦の重要性を熱弁していたなぁと懐かしい気持ちになった。
封印されている間にどれくらいの年数が経ったのかはまだわからないが、私の知り合いは生き残っているのだろうか。
時間ができたら、昔の知り合いを探しに行ってみるのもいいかもしれない。
「では次の議題に。エリーゼさん、よろしいでしょうか」
一瞬意識を飛ばしかけていた私は、村長の声ではっと呼び戻される。
「今後の村の防備について、じゃな」
正直、思いつくだけでもこの村が抱えている問題は多い。
ざっと見て回った感じ、もともとこの村には最低限の魔物よけくらいしか外敵に対する備えがなかった。
その魔物よけも盗賊たちによって壊されている。
いままでこの村が無事だったのは、周りを森林に囲まれ人目につかない場所にあったことと、近くに生息する魔物が弱かったからだろう。
もっと言ってしまえば、運が良かっただけだ。
「確認したいのじゃが、この村で戦えるものは?」
「一応自警団に属するものが何人か。といっても、村の近くの魔物を間引くくらいが限界ですが」
「その中で魔法を使えるものはおるのか?」
「いえ、いません。少しばかり武器の心得があるくらいです」
まぁあの程度の盗賊相手に手も足もでなかったわけだし、そんなものだろう。
自分が相手にしていた人間達は随分優秀だったんだなと実感する。
「とりあえずは、魔物よけの修理と強化、あとは自警団に魔法を習得させることじゃな。魔法の指導は私がやろう」
魔法には大きく才能が関係するが、あの盗賊達が使っていた程度の魔法なら訓練次第で誰でも身に付けることができる。
それだけでもこの村の安全は前とは比べ物にならないくらい上がるだろう。
「しかし、魔法を指導してもらうほどのお金は私たちの村には……」
「そこは気にするな。もちろん、ただでとはいかないがちゃんと払えるような方法で見返りはもらう。とりあえずは衣食住を確保してもらえると助かるな」
「……本当に感謝します。衣食住については必ず、この私におまかせください」
そう言って村長は深々と礼をする。
この半日で感謝されることも礼をされることにも随分慣れてしまった。
「大変です村長!」
と、防備策についての案が纏まりそうになったところで、若い村人が血相を変えて広場に駆け込んできた。
「おぉニビか。なにがあった」
ニビと呼ばれた青年は、荒い呼吸を整えながら青ざめた顔で村長につめよる。
「エリーゼさんと入れ替わりで偵察に出ていた自警団の者が、複数の魔物群れがこちらに向かっている事を確認したようです」
「なんだと。どれくらいの数だ」
「目測できただけでも百近く。しかも、どうも様子がおかしくまるで何かから逃げるようだったと……」
その報告を聞いて、広場に集まっていた村人達にざわめきが広がる。
「落ち着けい!」
パニックになりそうな村人達を、村長が一喝した。
さすが村を束ねる存在だけあって、非常時の統率力も大した者だ。
昨日の襲撃で一人も死者がでなかったのも、この村長が在っての事だろう。
「早速、私の出番という事じゃな」
私の言葉に、村長はゆっくりと頷く。
「心苦しいですが、私たちが頼れるのは貴女しかいません。どうか、もう一度村を救ってくださらぬか」
「言われるまでもない。安心して任せておけ」
予想外の事態ではあるが、あの程度の魔物でれば百集まろうが千集まろうが大差ない。
力を抑えて戦わなければいけないのが面倒だが、村の防衛くらいならば問題ないだろう。
ただ気になるのは、青年が言っていった何かから逃げるようだったという言葉だ。
「ま、なんとかなるじゃろ」
かつての側近に、魔王様は慎重なのか楽観的なのかわからないと言われた事を思い出しながら、私はニビと村長とともに、魔物の群れが向かってきていると言う方向へと駆け出した。
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