ウェル VS エリーゼ
ウェルが一度杖をふるうと同時に暴風が巻き起こり、風の刃が幾本も私に襲いかかる。
その威力は馬車で見た彼女の魔法とは比べようもなく、一撃食らえばこの体を両断することなど容易いだろう。
直撃しないように障壁で魔法を打ち落としながら、隙を見て反撃を繰り出していく。
「三百年も眠ってたせいで腕が落ちたんじゃないエリーゼ。昔の方が凄みがあった気がするんだけど」
「言うではないか。小賢しい力をつけただけで調子に乗りおって」
飛んでくる攻撃をさばきつつ溜め込んだ魔力を一気に解放し、ウェルに向かって巨大な炎の槍を放つ。
屋敷を構成していた巨大なスライムを巻き込みながら槍は一瞬で彼女の体を蒸発させた。
「……やはり効かぬか」
焦げ付いた大地からしみ出すように湧き出たスライムがウェルの体を構成していくのを見て、小さく舌打ちをする。
この威力で核が破壊できないとなると、長期戦は必須。
魔法の打ち合いが泥沼化し、魔力の保有量による勝負になればおそらく私に勝ち目はない。
「ふふ、今のはちょっと怖かったかも。じゃあ次はこっちの番」
再びウェルが杖をふるうと、焼け残ったスライムの残骸が集まり、彼女の周りに渦を巻いて集まっていく。
やがてそれはいくつもの人の形をした輪郭を取り、彼女の近くに透明な人影が数十人分出来上がった。
表情を持たない人形は一斉に私の方へと手を向け、その全てが魔法陣を構築していく。
「並列魔法陣構築、狙いは魔王エリーゼ。全弾撃ちぬけ!」
「『元』じゃ『元』!」
数十人から放たれる雨のような魔法の弾丸が、私めがけて一斉に放たれた。
避けることは叶わないとみて、剣に炎を纏わせてから踊るようにぐるりと体を一回転させる。
私の体を包み込むように張られた炎の幕が、殺到する魔法の弾丸を焼き落としていった。
「今ので一発も当たらないとかどんな化け物なの本当」
「あんな攻撃を個人に向けて打ち出すような奴に言われとうないわ」
しかし今のは結構魔力を消費してしまった。
顔色一つ変えないウェルを見る限り、同じ攻撃を何度も繰り返されればそのうち突破されかねない。
反撃に出たいところだけれど、体を蒸発させてもすぐ復活するような相手に無駄な攻撃魔法を撃ち続けるのは得策ではないだろう。
「昔の可愛げがあった姿はどこに行ってしまったのやら」
私になすすべもなくボコされていた頃のウェンリーは平和でよかったと、目の前に広がる惨状を見て昔を思いはせる。
はぁとため息を一つついてから、ウェルに聞こえるように声を張って言葉を紡ぐ。
「さてウェル、このままいけばきっとおぬしが勝つじゃろう」
眼下で杖を構えて佇むウェルが、私の言葉を聞いて怪訝そうに眉をひそめた。
「なにそのセリフ。命乞いでもするつもりなのかな?」
「そのような経験も一度くらいしてみる価値はあるのかもしれぬが、残念ながらそれはここではないの」
持久戦になれば私の負けは必須、短期決戦をしようにも真っ向からウェルを打ち倒すのは至極困難。
だがそれは、私一人で立ち向かえばの話だ。
「エリーゼはこの状況を正しく理解していると思ってたんだけどな? ボクの捕食を逃れたとはいえ、核を破壊できない君がボクを打ち破るのは不可能。結局、死ぬのが少し遅くなっただけだ」
「言われなくとも理解しておるよ。恐らくおぬしよりもう少し正確に、この戦況をな」
私がそう口にしたのと同時に、ウェルの立つ大地に巨大な赤い魔法陣が描かれる。
魔法陣が広がり切るのと同時に、ウェルが立つ場所を中心として東西南北に一本ずつ計四本の巨大な柱が浮かび上がった。
その方角は事前にイルシアに指示していた場所と同じ、それを見て私は反撃の準備が整ったことを理解する。
「正直、おぬしの実力は私の予測をかなり越えておった。それだけの力をつけたのは賞賛に価する」
なにが起こっているのか、私がなにを口走っているのかまるで理解できない、そう言いたげな表情を浮かべるウェルを、私は空からまっすぐ見つめた。
それが望まなかった力とはいえ、平常時の私に迫るほどの力をつけたのは、本当に心の底から驚いている。
「だから、三百年前は見せなかった全力を、ほんの少しだけ見せてやろう」
擬態解除、と小さく呟くのと同時に、私の体の奥から膨大な魔力が溢れ出てくる。
背中を突き破り生えた羽は夜空に広がり、渦巻く炎が私の体をまとっていく。
私の変貌を見届けたウェルの顔からは、みるみる血の気が引いていくのがわかった。
「では行こうか」
短く紡がれた言葉に呼応するように、地面が揺れ、大気が震える。
眼下に広がる赤い魔法陣の端から、ひび割れるように地面に亀裂が入り、裂け目からは紅蓮の炎が吹き出し始めた。
瞬く間に炎は私とウェルが立つ大地を囲い込み、広がった魔法陣に沿うように、円状に大地を切り取っていく。
「これは、まさか……!!」
私の意図を察したらしいウェルが、今日はじめてその顔に焦りの色を見せた。
その反応を見て、私は心の中で勝利を確信する。
「ずっと疑問に思ってはいたのじゃ。最初に霧が発生した時、ずっと地下に存在していた薄く広がる魔力の正体が何なのか」
淡々と語る私の言葉を聞きながら、ウェルの表情は苦々しいものに変わっていく。
それは私の語ろうとしている言葉が真実であることを裏付けているようだった。
「その答えを得たのは、屋敷の正体がスライムとわかってからじゃ」
なにも口にしないウェルを見下ろしながら、馬鹿馬鹿しい答えではあったがの、と続ける。
「おぬしの本体は、この地下で水脈のように広がっておるのじゃろう。そして核は地中に隠しておけば地上からは攻撃できない」
倒す手段はそれこそ山すら消し飛ぶほど強大な一撃を打ち込むか、あるいは逃げられないように核ごと地中の本体から切り取るしかない。
「複雑な魔法の制御を行う以上、核はおぬしの体からそう遠くにないとは踏んでいた。その焦りようから見て、核は私の手中に収まったようじゃの」
話をしているうちに地面の揺れは大きくなり、やがて地の底から湧き出る炎に押し上げられるようにゆっくりと宙に浮いていく。
「これが私の切り札じゃ。さて、おぬしはどうする?」
核を隠していた大地は宙に浮き、逃げ道を炎によって完全に奪われたウェルは、何かを悟ったようにそっと目を閉じた。
はぁ、と小さな溜息をつくと共に一瞬だけ苦笑いを浮かべてから、彼女は気丈に顔を上げ、私をまっすぐと見据える。
その瞳からは強い意志を感じ、まだ戦意を喪失したわけではないことを伝えてきた。
「確かにこれはボクも予想外。地面ごと本体から切り離されるとか、普通思い浮かばないよ。けど、まだ僕は負けてない」
「この状況でもなお立ち向かうか」
「核まで燃やされる前に、君を撃ち落とす!」
魔力の補給源が断たれた以上、もはや先ほどのような絨毯爆撃は行えない。
その代わり、人の業とは思えないほど精密に練られた、真にウェルが得意とする魔法が私に牙をむく。
魔法の最終的な到達地点は、世界を思い通りに塗り替える事。
その到達地点の一つが世界魔法なわけだけれど、ウェルは魔力を完璧に操作する事で、擬似的に世界を塗り替えていった。
彼女の望み通りに刃を伴った風が吹き荒れ、槍のように鋭い雨が降り注ぎ、太い稲妻が私を貫かんと打ち放たれる。
次々と繰り出される魔法は、まるで彼女が世界の指揮者になったかのように振る舞い、私を地面に引きずり落とそうと暴れ狂った。
しかしどれほど緻密で正確な魔法を用意しようと、ゲニウスでさえ破れなかった私の本気の障壁を破る事は叶わない。
息を荒げながら魔法を放ち続けるウェルを見下ろしながら、私は魔法によって移り変わる景色をただ眺めていた。
魔力の限界か、あるいは気力の限界か、やがてウェルはその杖を下ろしがくりと膝をつく。
その様子を見届けてから、私は地面に降り立ち彼女の前に立った。
「くそ、こんなところで……」
地面に手をつき、苦しそうに何度も喘ぎながらも、その唇からは未だ衰えない闘志と憎悪が漏れ出ていた。
悪態をつきながらもなお私に立ち向かおうと、杖をつき立ち上がるため震える膝に力をいれる。
「無駄じゃウェル。今のおぬしでは私には勝てぬ」
「うるさい! お前を取り込んで、今度こそボクはリエラを倒すんだ!」
「そうは言うがの、おぬしが戦う理由は、本当にリエラを倒すためなのか?」
彼女の悲痛な叫びに私が返した言葉を聞いて、ウェルは何を言われているのかわからないという顔をした。
「この数日で私が人間に敵対していない事はわかっていたはずじゃ。リエラを倒すためなら、素直に共闘を願えばよかったじゃろう」
「……それは」
「できなかったのじゃろうな。こんな因果な立場におるからかの、私は殺気や憎悪などの気配には敏感でな」
まるで私の言葉を拒むかのように、彼女は杖を持っていない方の手で片耳を塞ぐ。
そんな事をしても意味がないとわかっているだろうに。
「なぜおぬしがウェンリーだとわかったか。それは何よりも、おぬしから向けられる憎悪の感情をずっと感じておったからじゃ」
けれどずっとわからなかった、どうして彼女がそんなに私に足して憎悪を向けているのか。
魔王と勇者パーティとして戦った者同士とはいえ、それはお互いに戦う大義があっての事。
それはどちらの陣営をも弁えていたはずだった。
「おぬしはリエラを倒すためではない。ただ私が憎いから、自分の手で私を殺すためにこんな大掛かりな舞台を用意したのじゃろう」
リエラを倒すために私の力が必要なら協力を願えばいい。
私を信用できず捕食するとしても、一度失敗した時点で撤退しておけばここまで追い込まれることはなかった。
憎悪に身を焦がし、その手で私を殺すことに固執したからこそ、今ウェルはこうして窮地に追い込まれている。
私の言葉を肯定するかのように、うつむいたままのウェルは黙りこくり、あたりには火の粉が弾ける音だけがひびきわたった。
「リエラに捕まってた時の記憶は曖昧で、あんまり覚えてない。けど、たった一つだけしっかりと覚えてることがある」
少しの間黙っていたウェルが、力のない声で痛ましい記憶を絞り出すように、小さくぽつりと呟いた。
「パーティのみんなが死んで、なんでこんな事をしたのか聞いた時、リエラはエリーゼに憧れたからだと答えたよ」
力ない言葉は少しずつ震えていき、胸の奥から溢れ出る物を押さえ込むような必死な声で、彼女は言葉を続ける。
「リエラの世界魔法は、エリーゼ、君が遺したものをベースにしている」
だからさ、と一筋の涙を目の端からこぼれながら、初めてウェルは自分の本心を口にした。
「君が憎くて仕方ないよエリーゼ。悪いのは全てリエラだとわかってる。けど、思わずにはいられない、君さえいなければ、君が世界魔法なんて物を復活させなければ、リエラがあそこまで狂気に染まる事はなかったんじゃないか、あの幸せだった日々が壊れる事はなかったんじゃいかって」
「……それが私を憎む理由か」
「これが八つ当たりだって事はわかってる。憎むべき相手は君じゃない事だってわかってる。けど、この三百年、その想いが頭にこびりついて離れないんだ」
そう言ってウェルは立ち上がり、まっすぐに私に向けて杖を構えた。
「君は強いよエリーゼ。リエラが憧れたのもわかる。だからこそ、ボクは君をここでうち破らなきゃいけない」
その杖の先に、残った魔力を全てかき集めている事を察知し、私も静かに魔法を構築していく。
彼女の想いは理解はできても、受け入れるわけにはいかない。
謂れなき憎悪を理由に刃を向けるというならば、私は真っ向から立ち向き、その意思を打ち砕こう。
「これ以上の言葉は無駄じゃろうな。お互い引けない理由がある以上、決着はつけねばなるまい。来るがよいウェル。その憎悪、私が全て受け止めてやる」
息抜きで新作投稿したのでよければそっちもよろしくお願いします。




