ウェンリー VS エリーゼ
ウェンリーから放たれた魔力の塊は、私が張った防壁と衝突して凄まじい破裂音を響かせる。
この時代の劣化した魔法とは違う、完成された魔法使いの一撃は、一発で私の防壁を取り払うほどの威力を見せた。
「どう? 口だけ魔法使いの大した事無い魔法は」
「おぬし結構根に持つ性格なのじゃな」
シェリエの屋敷で口にした言葉をそのまま返され、思わず苦笑してしまう。
正直、予想していたよりも彼女の魔法の腕前はかなりあがっているようで、これは少し苦戦するかもしれ無い。
「ある意味ゲニウスよりやりづらい相手かもしれんの」
個としての性能は比べるまでもなくゲニウスの方が上だが、ゲニウスは魔法が不得意だった上に世界魔法の反動によって暴走状態にあった。
けれどウェンリーは私と同じ魔法使いであり、同時に謀略を練るだけの知能もある。
加えてスライムとしての特徴を手に入れた事による擬似的な不死身の能力、本当なかなかに厄介な相手だ。
「ま、それでもおぬしは私には勝てんがな」
「言ってくれるねエリーゼ。この状況で一体どうやって僕を倒すつもり……」
ウェンリーが喋り終わる前に、一瞬にして彼女の体を私の魔法が燃やし尽くす。
すぐに床から身体の欠損部分が補給され、元の形にもどろうとうごめくが、それよりも早く次の魔法が崩れかけたウェンリーの身体を襲った。
パチン、パチン、パチンと私が指を鳴らすたびに、炎がスライムの身体を蒸発させていく。
ウェンリーの身体は再生する事すら叶わず、何度もなんども焼き焦がされていった。
「どれだけ巨大な身体を持っていようと、魔法の発動体である人の身体を壊し続ければおぬしに反撃の機会はない。このまま再生のための魔力がなくなるまで燃やし尽くしてやろう」
いくらスライムの特徴を手に入れたとしても、元の意識が一つしかない以上、その意識が発現している部分を封じてしまえば、一方的に攻撃をすることができる。
あとは私とウェンリーの魔力量の勝負だ。
「自分の魔力が尽きる前に、ボクの魔力が尽きれば勝てる。なんて考えているのかな?」
背後から聞こえた声に急激な悪寒を感じ、魔法の発動を取りやめて身を翻す。
返す手で魔力の障壁を展開し、振り返ってすぐに前方に突き出した。
その瞬間、ガラスをひっかくような甲高い音を鳴り響かせながら、放たれた魔法と障壁が衝突する。
一瞬拮抗したものの、緊急展開した障壁では防ぎきることができず、殺しきれなかった魔法の衝撃が私の頬を切り裂いた。
たらりと頬を伝う嫌な感触を感じながら、流れ落ちる液体を拭うこともできず、目の前の相手を睨みつける。
私の視線の先には、自分が優位にあることを確信したように笑みを浮かべているウェンリーの姿があった。
「この屋敷は私の体内。好きな場所に意識を移すことなんて造作もないよ。それにほら、こんな事も」
今度は背後、先ほどまで私が燃やし続けていたウェンリーの身体があった方向から、魔力の膨張を感じる。
障壁の展開は間に合はないため、魔力を纏わせた剣で襲い来る風の刃を切り裂いた。
直撃は避けたものの、余波は私の身体を切り刻み、全身からぽたぽたと赤い雫がしたたり落ちる。
痛みに顔をしかめながら睨みつけたその先には、もう一人のウェンリーの姿があった。
「今のよく防いだね。さすがエリーゼ」
二人のウェンリーに挟まれながら、小さく舌打ちをする。
今の魔法を受けた感じでは、魔法の腕は二人ともほぼ同格、オリジナルのウェンリーが二人に増えたようなものだった。
受けた魔法の傷は深く、回復魔法を発動させてはいるが完全に治るまでには少し時間が掛かる。
ここで二人同時に畳み掛けられると、少しマズイかもしれない。
「すごいでしょこれ! 結構むずかしかったんだよ、自分の身体を複製して、二つ同時に動かせるようになるのは」
ま、でも三百年もあればね? とウェンリーは首を傾げておかしそうに笑う。
「とはいえ正直今のを防がれたのは驚いてるよ。これで決めるつもりだったんだけどなぁ。だから、頑張ったエリーゼにご褒美をあげちゃう」
余裕綽々といった様子でそんな事をのたまうウェンリーを一発ぶん殴ってやりたいところだけど、いまは回復するための時間が欲しい。
調子に乗って長々と喋ってくれるのはありがたいので、黙ってウェンリーに話を続けさせる。
「なんでボクが魔族になったのか、その答えを教えてあげるよ」
「……どういう風の吹き回しじゃ」
「どうせエリーゼはここでボクに敗れるわけだし、何も知らずに死んじゃうのも可哀想だと思ってね」
「そうやって調子にのっておると、思わぬところから足をすくわれるぞ?」
どうやってもエリーゼはボクには勝てないよと私の言葉を両断しつつ、ウェンリーは改めて私の目をじっと見つめた。
「さて、どうしてボクが魔族になったのか。答えは簡単! もちろん世界魔法のせいです」
「おぬし、さっき世界魔法は使ってないと言っていたじゃろうに」
もちろん人間から魔族になる方法なんて世界魔法くらいしかあるわけがなく、ウェンリーの言葉を聞くまでもなくそれはわかっている。
さっきと真逆なウェンリーの発言に、呆れたように言葉を返した。
「ボクは使ってない、っていったのさ。世界魔法を使ってボクを魔族にしたのはリエラ。君も彼女の事はよく知ってるだろう?」
リエラ、という名前を聞いた私は、驚愕で目を見開かせる。
その名を持つ女が世界魔法を使った事ではない、その名前がウェンリーの口から出てきた事が何よりも驚きだった。
聖女リエラ。
それは私の時代において、最も魔族を殺し、魔族を苦しめた人間の名前。
そしてウェンリーのかつての仲間であり、共に私を討たんと戦った者の名前だ。
「……冗談じゃろう? あの気狂い聖女は、よりにもよって自分の仲間を魔族にしたのか?」
その歪みきった思考と行動は到底理解できる物ではなく、ウェンリーの言葉を鵜呑みにする事ができない。
けれど頭の中では、あの女ならやりかねないという考えがぐるぐると渦を巻く。
「勇者が君を封印してから少しして、ボクたち勇者パーティはみんな壊滅してね」
気だるそうに言葉を続ける彼女の瞳はどこか虚ろで、視線はこちらを向いていながらも、その瞳には私の姿は写っていたいようだった。
その表情に薄ら寒い物を覚えながらも、ウェンリーは淡々と凄惨な記憶を語り続ける。
「魔族が全員、魔族領に立てこもってから王国は一時の平和を得た。その裏でボクたちはリエラにはめられて、全員彼女に捕まった」
「……聖女は強かったが、おぬしらとて簡単に負けるような相手ではないじゃろうに」
その問いにウェンリーは自嘲気味な笑みを浮かべ、吐き捨てるように言葉を続けた。
「ボクは、ボクたちはね、リエラを信じてたんだ。まさか彼女に討たれるなんて考えてもなかったんだよ。そのうえあの子は禁忌魔法に手を染めていたしね。結局ボクたちはなす術もなく、全員敗北した」
「……おぬしの他の仲間は、どうなったんじゃ」
「みんな死んだよ? 君と違ってリエラは世界魔法を制御しきれてなくて、ボク以外は強すぎる反動を受けて死ぬか廃人になった。あぁでも勇者だけはボクもどうなったか知らないけど」
抑揚のない声でそう口にするウェンリーの感情は、全く読み取ることはできない。
語られたおぞましい内容に、思わず吐き気がこみ上げてくる。
「あの女は、一体何がしたかったんじゃ」
「さぁ? それはボクにもわかんない。でも、まともな考えじゃないのは確かだよ」
その証拠に、とウェンリーは一瞬の間をおいて、初めて少し躊躇いをみせながら口を開く。
「あの子は、それからしばらくして、大崩壊を引き起こした」
ウェンリーが紡いだ言葉の意味を理解するのに、私は数秒の間を要した。
文明を衰退させた大災害を起こした者の正体に、言葉通り開いた口がふさがらない。
「っと、長話をしてたら時間がきちゃったな」
何かを察知したように、ふと視線を下に向けたウェンリーは、そう呟いて私に背を向けた。
私の背後では、ぽしゃりと音がしてウェンリーの分身も床に染み込むように消えていく。
その行動の意味がわからず、あっけにとられた私の顔を見ながら、ウェンリーはくすりと笑う。
「君の大事な友だちが、屋敷の最深部までたどり着いたみたいだよ? 彼女を助けたいなら、ちゃんと追ってこなくちゃね」
分身と同じく床に染み込むように消えていくウェンリーに向かって、無駄とはわかっていてもぐっと手を伸した。
「もうさっき受けた傷も治ったんでしょ? 決着は、君がイルシアさんのところにたどり着いてから、ゆっくりつけるとしようか」
「待てウェンリー!」
その言葉を最後に、ウェンリーは完全に私の前から姿を消す。
伸ばした手は虚しく空を切り、叫んだ言葉は無人の屋敷にこだまするばかりで、彼女に届くことはなかった。




