ランク測定器
シェリエと別れ、領主の屋敷前で待っていてくれた三人と合流する。
もう日も傾きつつあるが、ウェルの提案でそのまま組合所に行ってしまおうという話になった。
「エリーゼさん、領主様と何の話をしていたの?」
「冒険者風情があまり大口をたたくなよと諌められただけじゃ。それより、ウェルは組合所の場所はわかるのかの?」
ウェル達への疑念について話をしていたなんて口が裂けても言えないので、適当に話をごまかす。
封印が解けてからは隠し事が多くなり、気軽に話せなくなってしまったのは少し切ない。
その点、魔族は割と細かいことを気にしないので、こちらも気を使わずに済んで楽だったなぁと懐かしい気持ちになった。
まぁ彼らにはもう少し色々と気にしてもらいたかったけど。
「この街には前もきたことがあるからね。もちろん組合所の場所も知ってるよ」
「ほう。ということは顔見知りもおるのか?」
「いや全然。ボクは拠点を持って活動してないから、どこの町にも顔見知りはそんなにいないかな。組合所でも適当に依頼受けたり情報教えてもらったりするだけで、しばらく顔出さないと忘れられちゃうしね」
冒険者は数も多いし、死に別れることも多いのでよっぽど仲良くならない限り顔を覚えたりはしないそうだ。
それは組合所の職員も同じで、その町に根を張って活動している冒険者以外は、大勢の冒険者のうちの一人、程度の認識しかないらしい。
「根無し草というのは、なかなか難儀なものじゃな」
私も立場的には大差ないのだけど、それでもイルシアの村やフェルナの待つ魔族領など帰る場所はある。
街から街を渡り歩き、特定の知り合いも作らず生活する冒険者という者の大変さが垣間見えた気がした。
「ま、その代わり初対面でも仲良くなりやすいという利点はあるぞ。その時その時の出会いを大事にするのが冒険者だ」
「カルツはぐいぐい来すぎだけどね……?」
悪いことだけではないと言うカルツの言葉に、ウェルは苦笑いをしながら返す。
たしかに、カルツを見ているとその言葉には信憑性があった。
「ふむ、最初に話を聞いた時にはカルツをとんでもない奴じゃと思ったが、冒険者同士のつながりがそれだけ希薄ならば頷ける行動かもしれんの」
「そうですね。一度別れたら次に会える保証はないわけですし、押しまくるというのも一理あるのかもしれません」
カルツの積極的な行動を納得しつつある私とイルシアを見て、冒険者同士でも普通そんなことないから! と必死にウェルが反論している。
一通りウェルをからかって遊んでいると、しばらくしたところで大きめな建物が現れた。
霧の脅威もあり相変わらず街中に人気は少ないが、その建物の近くだけは少し賑わっている。
「見えたよ、あそこが組合所」
疲れ切った声と仕草で、ウェルがその建物を指差して呟いた。
「冒険者は普通に活動しているのじゃな」
「実害も出てないのに、霧に怯えて家に引きこもるくらいの精神じゃ冒険者としてはやっていけないからね。良くも悪くもみんな図太い神経してるし、これくらいなら普通に仕事してるよ」
「霧に呑まれて丸裸にでもされれば、その日の酒の席は大盛り上がり間違いなしだろうしな」
冒険者とはハプニングも酒の肴にしてしまうような前向きさが必要なようだ。
私はともかくイルシアには難しい職だろうなと、隣で私には無理ですそれ……と呟いているイルシアを見る。
「とはいえやっぱりいつもより人は少なめかな」
これなら早く済みそう、と人ごみをかきわけてウェルが組合所の中へ入っていた。
はぐれないように私たちも彼女の後に続き、建物の中へと足を踏み入れる。
建物の中は、レイバールで見た人たちとは打って変わり、物騒な装備を背負った人たちであふれかえっていた。
私も大剣を背負っているので、いい感じに馴染んでいると思う。
レイバールとは逆に、ここではイルシアの方が少し浮いているほどだ。
「三人ともー! こっちこっち!」
人々に隠れて見えなくなったウェルを目で探していると、少し奥の方でウェルが声を張り上げて手を振っている。
冒険者たちをかきわけ、彼女が待つ場所までたどりつくと、ウェルの前には水晶らしきものが置いてあった。
「これこれ、こないだ言ってた測定器ってやつ」
「ふむ、本当に見たことがない道具じゃな」
魔法を扱う道具はそれなりに詳しかったけれど、目の前にあるものは記憶にない。
ということは、やはり私が眠っている間に作られたものなのだろう。
「とりあえず使い方教えるね。まぁ、こうやって手を乗っけるだけなんだけど」
そう口にしながらウェルが水晶の上に手を乗せると、水晶の真ん中から淡い光が漏れ始める。
色は橙色と黄色の間くらい、すこしくすんだ黄色といった感じだ。
「色は赤が一番強くて、橙、黄、緑、青、藍、紫の順番で弱くなっていく感じかな」
赤に近いほど魔力が多かったり、肉体が優れているなど、戦闘力が高い傾向があるらしい。
あくまで傾向を測るだけで、実力を完全に測り切るのは難しいそうだけど。
まぁ話を聞く限りでは、戦うための素質を何かしらの方法で図っているのだろう。
「ではウェルは上から三番目のランクなのじゃな」
「そうだね。大分色が橙に近くなってきたから、そろそろランク上がるかもだけど」
となると上から二番目なわけだし、やっぱり彼女はこの時代ではかなりの腕の持ち主のようだ。
ウェルが測り終えてから、一応俺も測っておくかとカルツが手を乗せる。
色は黄色がかった緑色、だいたいウェルより一ランクくらいしたといったところか。
その結果を見て、ウェルが勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「……まぁ、ランクだけが強さじゃないからな」
珍しく負け惜しみらしい事をいっているカルツを尻目に、今度は私が水晶の前に立つ。
とりあえず幻視の魔法を発動する準備をしつつ、そっと水晶の上に手を置いた。
「……あれ?」
「……む」
「おい、ぶっ壊れてるのではないかこれは」
意外なものを見たといった表情で固まっている二人を見ながら、思わず私も悪態をつく。
そんな私の横にそっと近づいてきたイルシアが、耳元で静かに囁いた。
「エリーゼ様、いくら実力がばれるとまずいといっても、最低ランクにしなくてもよかったのでは……?」
「いやまだ私はなにもしていないのじゃが」
水晶が放っている光は紫。
推定される冒険者ランクは、最低。
幻視の魔法は使っておらず、目の前の光景は紛れもない現実だ。
思わずこのまま水晶に力を込めて握りつぶしてやろうかという気持ちになってくる。
「……エリーゼさん、若い頃はみんな、自分の実力を過信しちゃうものなんだよね」
「なんじゃその生暖かい目は。気色が悪いからやめるのじゃ!」
やけに優しげな目で私の肩に手を置くウェルを振り払い、やり直しを要求するともう一度水晶に手を置いてみるが、やはり放たれる色は紫。
何度やってもその結果が変わる事はなかった。
「初めてランクを測るときは、誰しも自分の実力はこんなものじゃないと思うもんだ。なに、冒険者として経験を積んでいけばランクも上がる、気落ちする事はないさ」
カルツまで私の事を、駆け出しをみるベテランみたいな目で見てくるので、ギリギリと歯をくいしばるが何も言い返す事ができない。
この場で押さえ込んでる魔力を解放してやろうかという物騒な考えが頭をよぎりつつも、理性を総動員して踏みとどまった。
「大丈夫だよエリーゼさん! そのランクで領主様相手にあんな啖呵切るなんてなに考えてるのとか思ってないし、ボクもちゃんと協力するから!」
「おいウェル、喧嘩を売っているつもりならはっきりそういうのじゃ。舐めた口を聞いた事を一生後悔する目にあわせてやるぞ」
にやけ顏を浮かべているウェルを睨みつけ、首を叩き落としてやりたいという気持ちを押さえ込むように深呼吸をする。
「このポンコツ道具はだめじゃな。人を見る目がない」
「測定器に人を見る目がないとかいう人初めて見たよ……」
私が開き直りはじめたのを呆れた目で見るウェルの隣で、イルシアがあの、と手を挙げる。
「せっかくなので私もやってみていいですか?」
「おけおけ、じゃあこっちきて!」
いまだにぶつぶついっている私をウェルが押しのけ、水晶の前にイルシアを立たせた。
すこし緊張した面持ちで彼女が水晶の上に手を乗せると、水晶は緑がかった青色の光を放ち始める。
「ちょっと待って、イルシアさん戦闘経験ないんだよね!?」
「最初からランク青というのは俺も初めて見たぞ」
私とは逆の意味で驚く二人の反応に、イルシアはえっ、えっと戸惑った声を上げた。
どうやらイルシアは『水晶判定では』かなりの素質があるようで、二人はすごい! とイルシアを褒めちぎっている。
その様子をぶすっとした表情で後ろから眺めつつ、やっぱりあの水晶はあてにならんなと心の中で愚痴を吐いた。
「えっと、これって高い方なんですか?」
「あぁ。普通、経験を積んだ冒険者のランクが青から緑だ。橙ともなれば一流といっても過言じゃない」
「そうそう。冒険者でもない一般人が青以上だすなんて聞いた事もないよ」
冒険者になってみる気はない? と提案するウェルに、イルシアは両手を振って無理です! と答える。
もったいないなーと言いつつも無理強いはよくないねとそれ以上の勧誘はしなかった。
「ただ、もう一回聞くけど、戦いの経験とか、死にかけた経験とかないんだよね?」
「ない、と思います。ちょっと危ない目にあったことはありますけど」
そっか、なら良いんだけど、と口にしてから、ウェルは黙りっぱなしの私の方に視線を向ける。
「で、エリーゼさんはそこでいつまでいじけているのかな」
「いじけてなどおらんわ! 納得が行かんだけじゃ!」
吠える私をはいはいとあしらいながら、用も済んだし宿に行こうかと口にするウェル。
そんな彼女の態度を見ながら、このポンコツ測定器を作ったやつに必ず文句をいってやろうと心の中に刻んだ。




