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敵はすぐそばに

 「ええと、あなたは……」

 

 「そういえばまだ名乗っていなかったの。私はエリーゼ、旅の者じゃ。縁あってそこのウェル達と共に行動していて、幽霊屋敷にも足を踏み入れた」


 そういえば相手は仮にもこの土地の領主な訳だし、この口調は少し不遜だったかと言ってから思い浮かぶ。

 まぁ人間あいてに下から出るのも柄ではないし、このまま通させてもらうか。

 

 「エリーゼさん、だな。それで、どうにかできるかもというのは?」

 

 早く続きを聞きたいという思いと、突拍子もない発言に対する不信感が入り混じったような表情で、シェリエが私に問いかける。


 「私たちが屋敷に入ったとき、中に人の姿を見つけたのじゃ」

 

 「あの屋敷に人影が……? それは本当か」

 

 シェリエに視線を向けられ、不意打ちされたウェルがそうです! とぴんと背筋を伸ばして口にした。

  

 「ボク達が入ってすぐに屋敷は崩れちゃったんですけど、その前にほんの一瞬だけ人の姿が見えました。白い髪の女の人、だったと思います」

 

 ウェルの言葉を聞いて、シェリエは人の姿を見たという報告は初めてだな、と呟く。

 

 「話を続けても良いかの?」

 

 「あぁ、遮ってすまない。続けてくれ」

 

 シェリエの了承を得て、再び私は口を開いた。

 この場にいる全員にしっかりと聞こえるよう、はっきりとした口調で言葉を続ける。

 

 「私はその女を知っている。だから実力もある程度予想ができるし、私なら彼女を捕まえることもできるはずじゃ」

 

 「待ってエリーゼさん、あの女の人やっぱり知り合いだったの!?」

 

 驚いた声をあげているウェルとは対照的に、シェリエの表情は冷ややかだ。

 一介の冒険者が荒唐無稽な話をしているのだから、領主の反応としては当然か。

 

 「その話を鵜呑みにするには、あなたの言葉だけでは足りないな。第一、今回の件は一人で引き起こせるような規模ではないだろう」

 

 彼女の疑問ももっともだ。

 昔ならいざ知れず、この時代の魔法のレベルはかなり低い。

 これだけの騒動をたった一人が引き起こしたという話を信じるのは難しいだろう。

 シェリエの言葉はそこで終わらず、それに、と付け加えて喋り始めた。 


 「仮にエリーゼさんの言う通り、あなたの知り合いだという女がこの件を引き起こしているとしよう。失礼を承知で言わせてもらうが、それだけの力を持った相手をたった一人でどうにかできるとは到底思えない」

 

 この時代の価値観で言えば、彼女の言葉はどれも当然の内容だ。

 シェリエは私の言葉をほとんど信じていないようで、その表情には落胆と疑念が色濃く浮かび上がっていた。


 「心配はいらぬ。私の知る限りあの女は口だけで大した魔法は使えないし、武の才があるわけでもない。それにあの女は過去に一度も私に勝ったことがないのじゃから」


 私はこの幽霊騒動を引き起こしたのはウェンリーだと思って行動している。

 ただの人であるウェンリーがこの時代でまだ生きている、という点さえ除けば彼女が犯人と考えるのが一番しっくりきた。

 一番の問題である彼女がまだ死んでいない理由も、世界魔法を使ったと考えれば説明はつく。

 暴走状態になるとはいえ死者すら蘇生する世界魔法だ。

 代償さえ気にしなければ人一人を数百年生き長らえさせることくらいはできるのだから。

 

 ただ、少し引っかかりは覚えていた。

 世界魔法は禁忌の魔法、それは優秀な魔法使いであるウェンリーもよくわかっているはず。

 自分の使う魔法に誇りを持っていた彼女が、禁忌に手を染めてまで生き長らえているとは考えづらかった。


 「信用できないといった顔じゃな」

 

 「正直なところをいえば、名声目当てに冒険者が大法螺を吹いているようにしか聞こえない」

 

 シェリエの歯に衣着せぬ物言いに思わず苦笑してしまう。

 遠回しな話をされるよりはこっちの方が好みだけど、領主がそれでいいのか? という気はする。

 

 「ならば様子を見ておけばいい。次に霧が現れたら、私が再度調査に入ろう。そこで私が犯人を捕まえられれば儲け物、できなければ嘘つきの冒険者がひどい目にあって終わり。おぬしにはなんの損もないはずじゃ」

 

 私の言葉に少し考えるそぶりを見せた後、シェリエはゆっくりと首を振った。


 「いや、次に霧が発生したときは、私も一緒にいかせてもらう」

 

 「……なんじゃと」

 

 全く思ってもみなかったシェリエの言葉に、今度は私が呆気にとられる。

 どうしていまの話の流れで自分が出向くことになるんだろうか。

 

 「私兵が惨敗してから、次は自分の足で出向こうとは決めていた。それにそこまで大層な啖呵を切れる腕前、私も少し興味が湧いてきたんでな」

 

 私の目をしっかりとみつめ、シェリエはにやりと唇の端を上げた。


 「相手は大したことがないのだろう? それとも世間知らずの箱入り娘が一人増えただけでも、重荷になるのかな?」

 

 私を挑発する物言いと、品定めするような視線を受けて、面倒なことになったと小さくため息をつく。

 まぁ面倒をみないといけないのが三人もいることだし、今更一人増えたところで変わらないとは言うのはその通りだけど。

 

 「わかった、いいじゃろう。じゃが身の安全は保障できんぞ」

 

 「問題ない。箱入り娘とは言ったが、これでも領主として武芸はそれなりに嗜んでいてね。そこらの冒険者より良い腕は持っているつもりだ」

 

 男勝りな口調もあいまり、シェリエの言葉には説得力がある。

 本人がそこまで言うならこれ以上言っても仕方ないと、彼女の申し出を受け入れた。

 話はこれで終わりだと一呼吸おいてから、そういえばと思い出したように口を開く。

 

 「もう一つ言い忘れておった」

 

 「どうした?」

 

 首をかしげるシェリエと、話を聞いているイルシアたち三人にも向けて、よく聞こえるようにはっきりと口を開く。

 

 「私がこの街に滞在するのは三日じゃ。私にも他に目的があるのでな。あまり長居をするわけにはいかぬ」

 

 「……では、三日以内に霧が発生しなかった場合は?」

 

 「もちろん、今の話は無しじゃ。まぁ被害といっても兵が裸に剥かれたくらいなのじゃろう? 最悪放っておけば良いのではないか」

 

 「そんなことはできない。けど、エリーゼさんの話はわかった。義理立てする理由もないのに無理を言うわけにはいかないからな」

 

 もう少し文句を言われるかと思ったけれど、以外にもシェリエはすんなり了承してくれた。

 

 「では話はこれで終わりにしよう。わざわざ訪ねて来てもらってすまなかった」

 

 そういって頭をさげるシェリエに、ウェルはそんなことないです! と恐縮した様子で手を振っている。

 まったく人間は権力というものに弱いなぁ、なんてことを思いながらその光景を眺めていると、シェリエがチラリとこちらに目線を向けたのに気がついた。

 

 「最後に少しだけ、エリーゼさんと二人で話をさせてもらってもいいだろうか」

 

 「構わぬぞ」 


 「あ、じゃあ私たちは先に外で待ってますね」

 

 シェリエの提案に私が頷くと、イルシア達はそそくさと部屋を出て行く。

 三人が部屋を出てパタリとドアが閉められると、少しの間沈黙が部屋を支配した。

 足音が遠ざかり、聞こえなくなるのを待ってから、シェリエがゆっくりと口を開く。


 「ここには盗聴防止の魔法がかけられている。だから部屋の外から話を聞かれる心配はない」

 

 「それで、領主様はそんな物騒な部屋で何を私から聞き出したいんじゃ?」

 

 冗談めかして問う私に、シェリエは単刀直入に言うぞと言葉を続けた。

 

 「エリーゼさんには、三日以内に霧が発生する自信があるんだな?」

 

 そう問いかけながらも、彼女の言葉には確信がこめられている。

 

 「ある」

 

 そしてその問いに、私は簡潔ながらも力強く答えた。

 私の答えに満足したようで、シェリエはそうかと頷く。

 

 「最後に付け加えた三日以内という言葉、あれは誰に向けた言葉だ?」


 さすが、この若さで領主を務めているだけのことはあるようだ。

 この会話の本当の意味を、彼女はしっかり理解していたらしい。

   

 「この場にいた全員じゃ。おぬしも含め、私はこの件に関わっている全員を疑っているのでな」

  

 私もかと苦笑をうかべつつ、シェリエは話を続ける。

 

 「ここにいた四人の中に、霧を発生させた犯人がいるというんだな」

 

 「犯人とまでは言わなくとも、協力者は必ずいるはずじゃ」

 

 そうでなくては、ここまで上手くことが運ぶはずがない。

 いくらウェンリーといえど、あれだけの規模の幻視の魔法を使い、あの怪しげな屋敷を用意するには事前に相当な準備が必要なはずだ。

 それだけの用意をしても私に素通りされてしまっては意味がないのだから、必ず誘導役はいる。

 常に私のそばにいて、私の行動をある程度誘導でき、不測の事態が起きてもすぐに対応できる者。

 その条件を満たすのは、共に旅をしていたイルシア、ウェル、カルツの三人しかいない。


 「今回の件、回りくどいが恐らく狙いは私じゃろう。私が三日経てばこの件から手を引くと宣言した以上、必ずその前に仕掛けてくるはずじゃ」

 

 「アルガスは完全に巻き込まれただけということか。まったく、良い迷惑だな」 

 

 「私とて良い迷惑じゃよ。別に特段あの女とは親交があったわけでもないし、恨まれることをした覚えもないしの」

 

 顔と名前を知っていることと、一度魔法の勝負で負かしたことがあるくらいだ。

 勇者パーティの一員である彼女は敵同士ではあったが、あれは戦争。

 どちらも大義があって戦っていたわけだし、少なくとも勇者パーティの連中はそのあたりをわきまえた連中だった。

 なお聖女は除く。

 あの女は完全にイカれていたし、間違いなく私怨だけで魔族を狩っていた。

 

 「私には立場もあるし、エリーゼさんの言う事を手放しで信じるわけにはいかない。どうやって霧を起こしているのか、どうやってそれだけの力を持つ相手を倒すつもりなのかという具体的な話もされていないしな」

 

 痛いところを突かれ、言葉に詰まる。

 大崩壊前に生きた者同士の戦いになるため、どうしてもその部分は誤魔化すしかない。

 正直に喋れば、それこそ大問題になってしまう。

 

 「けれど、私個人としてはあなたを信じたいと思う」

 

 「ほう、それはなぜじゃ?」

 

 「領主、なんていう面倒な立場にいるとね。嫌でも人を見る勘というのは磨かれるんだ。そんな私の直感が、あなたは信用できると言っている」

 

 「適当じゃな。そんな事を言っているといつか足元すくわれるぞ」

 

 私の返しに違いないと笑って、シェリエは席を立つ。

 

 「引き止めてすまなかったな。次に霧が発生した時はよろしく頼む。それと、背後から刺されないように気をつけて」

 

 「いやな心配のされ方じゃが心しておく。それではまた、霧の夜にの」

 


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