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アルガス領主の苦悩

 幻視の魔法に警戒しつつ、通常より遅めの速度で進行していた馬車隊だったが、その後は再び霧が発生することもなく、順調に行程は進んでいる。

 もう馬車隊はアルガス領に入っており、しばらくすれば街にたどり着くだろう。

 正直、私を狙っているならばもう一度仕掛けてくると思っていたので拍子抜けだった。

 

 「アルガスに着いたら二人はどうするんじゃ?」

 

 「ん、俺たちか? まず宿を確保してから一応組合所に顔を出しに行こうかと思ってる」


 「なんでカルツが仕切ってるのかわからないけどそのつもりだよ」

 

 ていうか宿まで一緒にする気なの? と聞くウェルに当然だろと即答するカルツ。

 

 「もちろん部屋は別に取るから安心してくれ」


 「そういう問題じゃないんだけど……。まぁいいや、エリーゼさんたちは?」

 

 ウェルに聞き返された私は、そのまま視線をイルシアに向ける。

 旅の行程は完全にイルシアに任せっきりにしているので、尋ねられても答えられない。

 本当、彼女が付いてきてくれて良かったと思う。

 

 「私たちも宿をとって身を休める予定ですよ」

 

 「じゃあ一緒の宿に泊まろうよ! それに、エリーゼさんを組合所に連れてくって約束もあるし」

 

 名案だと目を輝かせて口にするウェルに、イルシアもいいですねそれと賛成する。

 正直カルツと同じ宿に二人で泊まりたくないだけなのでは、と思いながら私も構わないと答えた。

 

 「そういえば組合所に行くなんて話もしていたの」

 

 「屋敷での身のこなしを見る限り、エリーゼさんは結構高ランクになるんじゃないか?」

 

 「戦うところを見せたわけでもないのに、買いかぶりすぎじゃよカルツ」 


 カルツからの意外な高評価に謙遜で返しつつも、本気で測ったら最高ランクも軽く出るんじゃないか? なんて事を思い馳せる。

 実際にそんな結果を出してしまえば大騒ぎになるだろうし、ごまかす方法をそろそろ真面目に考えよう。

  

 「あ、街が見えてきましたよみんな」

 

 イルシアの声に視線を外に向けてみれば、さっきまで木々と草原しか見えなかった外の景色に、少しずつ人工物が見え始める。

 レイバールに比べれば街の規模は小さく、三百年前にもあったようなよくある街という感じの外観だった。

 街を囲う壁もレイバールほど高くなく、橙色で統一された民家の屋根を見ることができる。

 奥の方にはひときわ大きな屋敷が見えるが、おそらくあれはアルガス領主の館なのだろう。

 壁の外には畑が広がり、ちらほらと作業をする住民の姿も確認できる。

 彼らの横を通りぬけながら、馬車はアルガスの街にどんどん近づいていった。

 門番の姿が見え始めた所で馬車は徐々に速度を落とし、街を囲う防壁の前で停車する。

 御者が入場許可を取るために馬車を降りたので、帰ってくるまでのんびりと街の様子を観察することにした。


 「なんというか、レイバールに比べて静かな街じゃな」

 

 「確かに、あまり活気がないようにも見えますね」

 

 レイバールはこことは比べ物にならないほどの大都市なので、あそこと比べて活気が少ないのは当然といえば当然だ。

 けれど、それにしてもこの街は少し静かすぎるように思う。

 門の外から見える限られた範囲だけとはいえ、まだ昼間だというのに外を歩く人の数は多くないし、どこか浮かない顔をしている。

 魔王なんていう職についていたせいか、この雰囲気には少し見覚えがあった。

 

 「まるで何かに怯えているようじゃ」

 

 周りを警戒するように視線を配りながら歩くその姿は、決して住み慣れた土地で見せるものではない。

 それも外を歩くものが皆そのように動いているのだから、事情を知らない私からしてみればかなりの違和感だ。

 

 「なにかあったのかな」

 

 心配そうにウェルがそう呟いたのと同時に、馬車の扉がノックされる。

 開けてみると、街の立ち入り許可証を持った御者と、護衛のボルクが外に立っていた。

 

 「長旅ご苦労さん。お疲れの所さっそくで悪いんだが、これから少し時間をもらえないか?」

 

 「宿を取るまではまだ少し時間あるけど、内容によるかな」

 

 ウェルの言葉に、そうだなといってボルクは手に持っていた麻袋をこちらに差し出す。

 

 「まずこいつを受け取ってくれ。昨日言ってた謝礼金だ」

 

 ボルクからそれを受け取ったウェルは、後でみんなで山分けしようといってイルシアに麻袋を渡した。

 前に座っている私じゃなくてあえて斜め前に座っているイルシアに渡したあたり、少し含みを感じる。

 なんだろう、独り占めするがめつい娘だとでも思われてるんだろうか。

 釈然としない気持ちでウェルを眺めてみたが、彼女は私の視線の意味に気がつかなかったようでどうした? と首をかしげた。

  

 「用件ってのは、ちょっとあんた達がみた幽霊屋敷の話を詳しく聞きたいって人がいてな。できればその人にあって欲しいんだ」

 

 そう言うと、ボルクは遠く離れた門からでも見えるこの街で一番大きな屋敷を指差す。

 

 「……ちょっと待って、その話を聞きたい人ってもしかして」

 

 露骨に嫌そうな顔をするウェルに、ボルクは気まずそうに頬をかきつつ、多分想像通りだと口にした。

 

 「アルガス領主、シェリエ様が幽霊屋敷から無事に帰ってきた四人に、詳しく話を聞きたいそうだ」

 

 

 

 

 「でっかいお屋敷ですね。こんな建物初めて見ましたよ」

 

 目の前の大きな建物を見て、イルシアが感嘆の声を漏らす。

 森の中で見た幽霊屋敷もかなりの大きさだったけれど、この屋敷とは比べ物にならない。

 

 「はいはい、見とれてないでさっさといくよ」

 

 ウェルとカルツはこういった建物を見慣れているのか、特に何の反応も見せず屋敷の門へと歩いていく。

 その様子を見たイルシアは、私田舎者っぷり出まくってますねと一人肩を落としていた。

 

 ウェルが門に取り付けられているベルを鳴らすと、しばらくして執事風の男が屋敷から姿を表す。

 幽霊屋敷の件で来た冒険者ですと伝えると、お待ちしておりましたと言われて門の鍵が開けられた。

 

 「奥でシェリエ様がお待ちです。こちらへどうぞ」

 

 男の案内に従って屋敷へと足を踏み入れると、中の装飾も外見に違わずかなり豪華だ。

 床一面に敷かれた赤い絨毯、端に飾られた高そうな置物や、大きな燭台などをきょろきょろと見回しながら、男の後へとついていく。

 しばらく歩くと、一際豪華な装飾が施された扉が姿を現し、男はその前で足を止めた。

 

 「シェリエ様、冒険者の方達をお連れしました」

 

 「わかった。どうぞ、中に入ってくれ」

 

 中から女性の声が聞こえ、男の手で扉が開けられる。

 扉の先では、うず高く書類が積まれた机の前に、美しい女性が難しい顔をして座っていた。

 金の髪は絹のようにしなやかで、肌は透き通るように白い。

 だからこそ、彼女が浮かべる疲れきった表情は、抱えこんだ苦労の多さを際立たせていた。

 その光景に魔王城での生活がフラッシュバックし、思わず顔をしかめる。

 

 「ご足労感謝する、旅の方達。到着早々呼び出してしまった非礼を許して欲しい」

 

 手に持っていたペンを置き、女性は立ち上がって机の前まで歩いてきた。

 思っていたよりもずっと若い、私たちと同じくらいの年齢に見える彼女の姿に、私は思わず拍子抜けする。

 

 「……なぁイルシア、彼女の胸、あれ本当に私たちと同じものか?」


 「私も同じことを思っていましたエリーゼ様」

 

 その美しい顔立ちと豊満な体に思わずそんなつぶやきを漏らす私たちに、ウェルが容赦なく肘打ちをかましてきた。

 無防備なところにモロに肘が入ったため思わずお腹を押さえる。 


 「冒険者のウェルです。この度はお招きいただきありがとうございます」

 

 「このアルガスを治めているシェリエだ。……後ろの御仁は随分と顔色が悪そうだが、大丈夫か?」

 

 「お気になさらず」

 

 お腹を押さえて震えている私を見て、シェリエが困惑した表情でそうつぶやく。

 ばっさり切り捨てたウェルの言葉に、それならいいがと続けてから、改めて真面目な顔で私たちへと向き合った。

 

 「もう要件は伝え聞いていると思うが、あなた方を呼んだのは幽霊屋敷について詳しい話を聞きたいからだ」

 

 「はい、伝わっています。けど、どうして領主様がわざわざそんなことを?」

 

 実際に見てしまったとはいえ、幽霊屋敷は所詮旅の怪談話の一つだ。

 ウェルも一領地の主人がこうして首を突っ込むような問題には思えなかったのだろう。

 彼女の質問に、シェリエは小さくため息をついてから、説明するから腰掛けてくれと目の前の長椅子を指差した。


 「いま茶の用意をしてもらっている。それが届くまで、アルガスで起こっていることを話そう」

 

 私たちと向かい合うように座ったシェリエは、一息置いてから喋り始める。

 

 「ここ最近、このアルガス周辺では大規模な霧の発生がなんども観測されている」

 

 シェリエが霧、と口にした時点でなんとなく話の先が見えてきた。

 

 「霧が発生すると前も見えなくなる上、高確率で迷う。そして迷ったものの多くは霧の中であるものを見つけたと言っていてな」

 

 「幽霊屋敷……」

 

 ウェルのつぶやきに、シェリエはそうだと頷く。

 

 「領民からあげられた幽霊屋敷を見たという報告は、すでに両手で数えられる数を軽く超えている。そこで私としても動かざるをえなくなり、私兵を用いて屋敷の探索を行った」

 

 「ほう、それで?」

 

 話し合いはウェルに任せようと思っていたけれど、思わぬところであの屋敷にまつわる情報が手に入りそうだったので、思わず口を挟んでしまった。

 私に促されるままに、シェリエは続きを話していく。

 

 「結果は散々、なんと調査に入った兵は全て素っ裸にひん剥かれて、霧が晴れた頃にはむさい裸の男の集団が右往左往しているだけという有様だ」

 

 その光景を想像して私とウェルが思わずぷっと吹き出した。

 同じ男であるカルツはあまり笑えないようで、すこし引きつった表情をしている。

 

 「兵達が言うには、屋敷に突入してしばらくしたところで急に建物が崩れ始めたらしい。急いで逃げないとと思った次の瞬間、体がぬめぬめした何かに包まれたそうだ」

 

 何か、というのはきっと私が見たあの液体のことだろう。

 ということはあそこで逃げ遅れていたら私たちも素っ裸にされていたのだろうか、恐ろしい。

 

 「幸い怪我を負ったものはいなかったが、精神に負った傷はかなりのようでな。兵の士気はガタ落ち、その話を聞いた領民の活気も下がり、いまではこの様だ」

  

 この様、というのはここに来るときに思った街の活気のなさのことだろう。

 おかしいなとは思っていたが、シェリエの話を聞いて納得がいった。

 

 「どうしたものかと思っていたとき、屋敷から無事に帰ってきた冒険者がいると聞いてな。それで藁にもすがる思いであなた方を呼んだんだ」

 

 「あの、でもボクたちも入ってすぐに屋敷が崩れだしたので、正直何の情報も持っていないんですよ」

  

 申し訳なさそうに言うウェルに、シェリエはそうか……とつぶやいて天井を見上げる。

 気落ちした彼女の様子を見て、そろそろ潮時かと二人の会話に割り込むように口を開いた。 


 「シェリエといったな。幽霊屋敷の件、もしかしたら私がどうにかできるかもしれん」



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