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微かな疑惑


 すでに女の姿は消えてしまったが、バルコニーからはさらに屋敷の奥に続くであろう扉がある。

 先に進めばあの女について、なにか手がかりを得られるかもしれない。

 

 「私はこの奥を調べに行こうと思うが、ウェル達もくるかの?」

 

 私の言葉にもちろんと三人が頷く。

 急いで階段を駆け上がってくる皆を待ちながら、この状況についての思考を巡らせる。

 一瞬姿を現したあの人影が、本当にウェンリーだとするなら、私がここにたどり着いたのは偶然ではなく仕組まれた可能性が高い。

 だけど私の行き先を知っている者なんて数えるほどしかいないし、そんなうまいこと事が運ぶものだろうか。

 

 「どうしたのエリーゼさん、そんな難しそうな顔して」

 

 「エリーゼ様、さっきの人に心当たりでもあるんですか?」

 

 階段を上がってきたウェルとイルシアが、腕を組んでしかめっつらをしていた私に声をかけてくる。

 

 「……いや、他人の空似じゃろう。それより、さっさと霧の原因を突き止めて馬車に戻ろうではないか」

 

 腕を解いて、心配そうな顔をしているイルシアを安心させるように笑う。

 いろいろ推測をたてるにしても、まずは情報を集めないといけない。

 ウェンリーが万が一生きているならば、外の霧を発生させた犯人は彼女だろう。

 三百年前、人間側随一の魔法の使い手であった彼女ならば、この規模の幻影の魔法でも扱えるはずだ。 


 「そうだね、じゃあさっさと奥に進もう」

 

 そう言ってウェルは屋敷の奥に続く扉に手をかける。

 彼女が扉を開こうとドアノブを回したところで、突然足元を巨大な揺れが襲った。

 

 「ちょっとウェルさん! 何したんですか!」

 

 「えぇ!? ボクただ扉開けようとしただけだよ!?」

 

 「言い争ってる場合か! 一旦外に出るぞ! エリーゼさん!」

  

 「わかった、そっちはまかせるぞ」

 

 そんな言い合いをしている間にも、揺れはどんどん大きくなっていき、もはや立っている事も難しい。

 カルツの合図に従って、私は急いでイルシアを担ぎ上げる。

 その隣では同じようにカルツもウェルを抱き上げていた。

 

 「ちょっとカルツっ、なにやって……」

 

 「すこし黙ってるんだ。舌を噛むぞ」

 

 そう言ってから、カルツはバルコニーを覆う柵を越え、一階へと飛び降りた。

 後に続くように、私もイルシアとともに二階から飛び降りる。

 

 「「きゃあああああ!!」」

 

 重なった二人の悲鳴を耳にしながら、私は右手で魔法の準備をし、着地と同時に扉に向けて放った。

 放たれた炎の弾丸は、ジュッと溶けるような音を立てて屋敷の扉を吹き飛ばし、外への脱出路を作り出す。

 私とカルツは急いで開けられた穴へむかって駆け出した。

 

 「急いで二人とも! 屋敷が崩れ始めてる!」

 

 カルツに抱きかかえられているウェルが天井を指差し、小さく叫ぶ。

 地面の揺れが大きくてとても走りづらいが、なんとか転ばずに屋敷の外へと飛び出した。

 

 「ふぅ、ぎりぎり間に合ったみたいだな」

 

 私の隣で、カルツが助かったと一息ついて胸をなで下ろしている。

 屋敷の外に出てみれば、今まででの揺れは嘘のように鎮まっていて平穏な森の景色が広がっていた。 

 さっきまで森の全貌を覆い隠していた白い霧も、跡形もなく消え去っている。


 「……どういうことじゃ」

 

 「エリーゼ様、後ろみてください」

 

 私に抱きかかえられたままのイルシアの声に従って振り向くと、そこは周りと変わらない静かな森が広がっていた。

 さっきまで私たちがいたはずの屋敷は跡形もなく、屋敷があったはずの場所には同じくらいの広さの草原があるだけだ。

 カルツとウェルも異常に気がついたようで、呆然と屋敷があった場所を見ている。

 

 「嘘でしょ、こんな一瞬であんな大きさの屋敷が消えるなんて」

 

 信じられないといった様子のウェルのつぶやきを聞きながら、イルシアを降ろして私は一人で屋敷があった場所とは逆の方へと向かう。

 私の視線の先には、いましがた魔法で吹き飛ばされたばかりの扉の破片があった。

 燃え残ったその欠片を手で拾うと、木片はみるみるうちにその形を崩し、粘性を伴った液体へと変わっていく。

 どろりとした液体はそのまま私の手からこぼれ落ち、地面の奥へと染み込んでいった。


 

 

 原因を突き止めることは結局できなかったが、結果的に邪魔な霧は姿を消したので私たちは馬車のあるところに戻ってきた。

 どうやら私たちが一番最後だったようで、馬車はもう出発の準備を終えている。

 

 「お疲れ様、やっぱりあんた達が霧を晴らしてくれたのか」

 

 唯一馬車の外で私たちのことを待っていたらしいボルクが、労いの言葉をかけてきた。

 

 「いや、原因みたいなものは見つけたんだけどね。なんで霧が晴れたのかはボク達にもちょっとわからないんだ」

 

 困ったように目線を明後日の方向に向け、頬をかくウェル。

 どういうことだ? と首をかしげるボルクに、彼女に代わってイルシアが答える。

 

 「霧の奥で大きなお屋敷をみつけたんです。それで中に入ったみたら急に屋敷がくずれはじめて、急いで出てきたら霧は全部なくなっていました」

 

 「屋敷、ってのは噂のアレか……。その屋敷、案内出来るか?」

 

 ボルクの問いかけに、ゆっくりと首を振った。

 

 「無理じゃ。屋敷は私たちが外に出たのと同時に姿を消した。今いっても雑草が生えてるだけじゃろう」

 

 「それも噂通りか。わかった、教えてくれてありがとう。そろそろ馬車が出発するらしいから急いで乗り込んでくれ」

 

 「謝礼金が出るという話は?」

 

 「あぁ、それは街についてから渡されるそうだ。なんで馬車が街についてもすぐに降りずに、少し待っててほしい」

 

 ボルクの返答にカルツがわかったと頷き、自分達が乗っていた馬車へと戻る。

 ウェルにクッションを出してもらい、ようやく腰を落ち着けた私たちは全員同時に大きくため息をついた。

 

 「なんだったんでしょうね、あれ」

 

 「本当にねー。幽霊屋敷入ってみたいとはいったけど、あそこまで現実味がない物を見せつけられるとさすがに怖くなってくるよ」

 

 呪われたりしてないよね? と自分の体のあちこちを見回しているウェル。

 最初はあんなにノリノリだったのに、この数刻で随分と怖気ついたようだ。

 

 「なに、心配せずとも大丈夫じゃろう。それに、もし幽霊に襲われでもしたらカルツを頼ればいいのではないか?」

 

 そう口にしながら、私は口角を上げてカルツの方を見る。

 

 「しかしあの時、咄嗟にウェルを抱えて飛び降りたのはさすがじゃったな。おぬしなかなか男として見所があるではないか」

 

 「惚れた女を危険な目にあわせるわけにはいかないからな」

 

 真面目な顔でそう言い切るカルツに、ぶれないなぁなんて思いつつも、顔を真っ赤にしているウェルを見てそれも一つの強みかと思う。

 幽霊屋敷の探索は結局何の情報も得られなかったけれど、二人の仲を進展させるという意味では大いに役立ったようだ。

 

 「私も最初はどうかとおもいましたけど、なんだかんだでカルツさんはいい人だと思いますよウェルさん」

 

 「イルシアさんまでなに言い出すの!?」

 

 イルシアの追撃に、ウェルは赤い顔をさらに赤くして涙目になる。

 さっきまで幽霊屋敷の一件で私たちの間に漂っていた暗い雰囲気が、一気に和らいでいく。

 その平和な様子を満足いくまで眺めた後、私はそっと視線を窓の外へと移した。


 無事に帰ってはこれたものの、問題はなにも解決していない。

 あの屋敷の正体がなんなのか、霧を発生させたのが誰なのか、あの時姿を現したのは本当にウェンリーだったのか、何一つ情報は明らかになっていないのだから。

 それでも、全く収穫がなかったわけではなかった。

  

 最後に拾った木片を見る限り、屋敷は本当に姿を消したわけではないのだろう。

 おそらくあの粘性の液体が屋敷をかたどっていて、私たちが外に出るのと同時に地面の中にひっこんだというところか。

 あの液体がなんなのかはまだわからないけれど、少なくとも幽霊の類ではないのは確か。

 となれば、やはり誰かが明確な意図を持って、あの屋敷を私たちの前に出現させたのは間違いない。

 

 「さて、いったい誰が裏で糸を引いているのやら」

 

 他の3人に聞かれないように小さく呟いた私は、目に涙を浮かべ、真っ赤な顔でイルシアとカルツの口撃に悶えているウェルの方へと、再び静かに視線を向けた。



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