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一夜明けて

 魔族は人間に勝てない。

 正確に言うならば、魔王は絶対に勇者に勝つ事ができない。

 それは世界によって定められたルールであり、決して覆る事のない鉄の掟だ。

 私がそのルールの存在に気がついたのは、魔王として選ばれてすぐのことだった。


 力こそが正義という価値観をもつ魔族の中では珍しく、私は頭が回る方だったと思う。

 だから魔王に選ばれてからまず最初に、歴代の魔王たちはなぜ勇者に幾度も破れてきたのかを調べた。

 私をよく知る周りのものには意外だと言われていたが、最初のうちは積極的に魔王として人間をどう攻略するかを考えていたのだ。

 魔王になりたくてなったわけではないけれど、選ばれたからには魔族の皆を率いる責任があるし、なにより自分自身まだ死ぬのはごめんだったからというのもある。


 けれど、魔族と人間の戦いの歴史を読み解くうちに私は一つの事に気がついた。

 人間の強さは一定ではない。

 過去には人間同士で戦争をしていたせいで疲弊していたり、疫病が流行ったことで大幅に戦力が減っていた時期もあった。

 にもかかわらず、そんな時期でさえ魔族たちは人間に負けている。

 それを怪訝に思った私は、過去の魔族軍の戦力と、人間の戦力を残っている資料をもとに数値化していった。

 その結果、人間側の戦力が落ちると魔族軍側の戦力も落ち、逆に人間が強くなれば魔族も強くなることをみつけた。


 勇者の力についても同じことが言える。

 強力な魔王が存在した時には、強力な勇者が現れ、逆に勇者の力が弱い時は魔王の力も弱い。

 まるで勇者がギリギリ魔王に勝てるよう、作為的に力を調整されているかのようだった。

 そこまで調べて私は、この世界にあるルールの存在に気がついた。

 思い返せば、そもそも誰が魔王と勇者を選んでいるのかという疑問に行き着く。

 魔王も勇者も誰かから後継を告げられるわけではなく、ある日突然体に証となる紋様が浮かび上がることで選ばれるからだ。

 魔族の中で最も才あるものが魔王、人間の中で最も才あるものが勇者になると言われているが、それすら本当かどうかはわからない。

 もし、魔王と勇者を選んでいる存在がいるとするならば、都合よく両者の力を調整することも可能なのではないか。

 そう考えた私は、戦争の勝利ではなくどうやって私を殺そうとする魔王と勇者のルールを騙すかを考え始めた。



***



 解放された村人と共に村の鎮火作業を手伝い、おおよその作業が終わった頃にはすでに空の端が白みはじめていた。

 復元魔法を使えばすぐに村を元に戻せるだろうけれど、盗賊を相手にした感じからいってそのレベルの魔法を使うと間違いなく目立つ。

 というか正体がばれてもおかしくない。

 放っておくわけにもいかないので、あくまで一人の冒険者として村人たちを手伝った。


 盗賊から助けたということもあって、鎮火作業中は村の人たちから引っ切り無しに感謝を言われ、誰かとすれ違う度に握手を求められた。

 魔王でいた頃には経験したこともないような状況に、思わず頬を赤らめてしまう。

 意外と褒められるのに弱いのかと自分の中の弱点を新しく発見してしまった。


 ちなみに盗賊たちは縛り上げて広場に転がしてある。

 首領を一撃で葬られる様をみせつけられた残党たちは、特に目立った抵抗をするでもなくおとなしく全員降参した。

 さすがに、歯向かって勝てる相手かどうかを判断するくらいの頭はあったらしい。

 今後の処遇は、この村の村長によって決められるということで、今の処分は保留ということになっている。

 

 寝起きの戦闘につづけて鎮火作業と、更には村人のお礼攻撃によって結構疲弊したため、よいしょと近くにある燃え残った生垣に腰掛けた。

 一息ついていると、私の姿をみつけてこの数時間で見慣れた人影が駆け寄ってきた。


 「ありがとうございますエリーゼ様。皆を救って頂いただけでなく、こんなことまで手伝ってもらって……」

 「イルシアか。おぬしの願いは村を救ってほしいだったからな、これもその願いの範疇じゃろう」 


 唯一私の出所を知るイルシアが、他の人に気づかれないようそっと近寄って私に声をかけてくる。

 イルシアという名前はむすめむすめと呼んでいたら呼びづらいだろうからと、娘の方から教えてくれた。

 

 「本当、どれだけ感謝すればいいか……。村が落ち着いたらこのお礼は必ずいたしますので」

 

 「いらんいらん。言ったじゃろう? これは私からおぬしに対する、封印をといてもらった礼じゃと」

 

 本人はわかっていないだろうが、私にとってその意味はとても大きい。

 今日ここでイルシアがあの封印石を頼っていなかったら、私はまだあの中で眠ったままだったのだから。

 

 「それに、おぬしの願いはまだ完全に叶えられたわけじゃないしの」

 「どういうことですか?」


 私の言葉に不思議そうに首をかしげるイルシアに対し、見てみろと焼け崩れた村を指差す。

 

 「このまま私が去れば、ろくに防壁も残っていないこの村は瞬く間に魔物に蹂躙されるじゃろう。それに、また別の盗賊団に襲われでもしたら今度こそ全滅しかねない」

 

 「それって、つまり……」

 

 「この村が復興し、自力で安全を手に入れられるまで面倒をみてやる。だからもし礼をもらうとするならば、その後じゃな」

 

 そう告げた後、イルシアに向けて片目をパチンと閉じて片手を差し伸べた。

 

 「だからそれまでの間、よろしく頼むぞ」

 

 「えっと、その、はい、よろしくお願いします」

 

 おどおどと、それでいて安心したような笑顔を浮かべて、イルシアはそっと私の手を握り返す。

 それを見届けた私はうんうんと笑みを浮かべて、よしと声をあげた。 


 「やるべきことは盛りだくさんじゃ。これから忙しくなると思うが、気合をいれるのじゃぞ」

 

 「はい! がんばります!」

 

 私の言葉に目を輝かせ、イルシアは今日一番、力のこもった言葉を返した。


  

 

 

 再び復興の手伝いに戻ったイルシアと別れ、付近の魔物の偵察という名目で私は一人村の周りを歩く。

 ついでにいくつか情報を整理したかったので、このタイミングで一人になれたのはありがたかった。

 

 「あの盗賊団が弱いだけかと思ったが、魔物の弱さも相当なものじゃな」

  

 先ほどからなんども襲いかかってくる猿型のモンスターが、私が進むのを邪魔しようと目の前に躍り出る。

 周りの目もないので、他のお仲間と同じようにすぐ魔法を発動して真っ二つに切り捨てた。

 

 「この魔物、封印される前にも生息していたはずじゃが資料でみた限りではもっと強力じゃった。となると、やはり弱体化してるとみるべきじゃろうな」

 

 盗賊団との戦い、そして数は少ないが魔物との戦いを経て一つの仮説を立てる。

 私が封印されている間に人間達に何かがあり、今の人間たちの戦力が大幅におちている、そして忌々しいあのルールによって力を調整された結果、魔物たちも弱体化しているのだろう。

 

 そう思う根拠は他にもあった。

 あの村の施設、私が魔王をしていたころは、村一つ落とすのもそれなりに苦労するほど、どの村も防御施設がしっかり整っていて、村人たちもそれなりに戦闘能力を持っていた。

 けれど、今日見たあの村にはそのような防御施設は影も形もなく、村人たちも何の力も持っていないように見える。

 

 「一度落ち着いてから、イルシアか村長あたりに私が眠っていた間のことを聞く必要があるな」

 

 気になることはもう一つ、調整の影響を受けず、私の力が封印された全盛期のままだということ。

 思い浮かぶ理由はいくつかある。

 そのうちの一つは、あのルールは生まれる瞬間にだけ適用されるため、一度能力が固定してしまえば生きてる間に人間側の戦力がどう変わろうとも関係ないというもの。

 実際に知り合いである長寿の魔族から、一生のうちで不自然な能力の変動はなかったという話を聞いていたことがあるため、それなりにあり得る説だと思う。

 

 「考えようにも情報が足りんか。ま、時間はたっぷりあるしゆっくり調べるとしよう」

 

 魔王をやっていたころと違い、今はのんびりしていたところで死ぬわけではない。

 せっかく自由の身になったわけだし、この世界を満喫しながらゆっくり謎を解いていこうじゃないか。

 

 「村の復興がひと段落ついたら、前からやってみたかった人の世界の観光をやろうかのう」

 

 聞けば人の世界には魔族の世界とちがって美味い料理や美しい建物、綺麗な音楽など様々な文化が芽吹いているらしい。

 魔王という任を解かれた今、人間世界を観光していたところで誰も咎めるものはいない。

 今から楽しみじゃと小さく笑いを零して、村周りの偵察を再開した。

 


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