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屋敷に住まう幽霊

 護衛の冒険者と私たち、そして乗り合わせていた別の冒険者の集団も加えて、ボルクの指揮の元、異常な濃霧の調査が始まった。

 結構な人数が集まったため手分けして探すことになり、今は四人集まって霧でほとんど前が見えない森の中を探索している。

 

 「感知魔法も使えない、前も見えないって本当勘弁してほしいよ」

 

 「全くじゃな。あてもなく探し物をするのはもうこりごりじゃ」

 

 レイバールの広い街中を、ユーリを探して歩き回った記憶がよみがえりげんなりとした気持ちになる。

 しかも今の状況は魔力感知が効かない状況に加え、視界までおぼつかないとあの時よりも更に状況は悪い。

 

 「でもさっきより明らかに霧が濃くなってるし、これはあたりをひいたんじゃないか?」

 

 カルツの言葉を聞いて、私の腕にしがみついているイルシアがぎゅっとその手に力を込める。

 思いっきり爪が食い込んでいるけれど、振り払うのもかわいそうなので、しかたなくそのままにしておく。

 

 「エリーゼ様、本当に何も感じないんですか……?」

 

 明らかに普段よりも元気のない声で、ぼそりとイルシアがつぶやいた。

 意味深げな言葉に勘違いしそうになるが、幽霊的なものではなく魔力感知のことを言っているのだろうと推測し、他の二人には聞こえないようにそっと耳元で囁く。

  

 「ダメじゃな。満遍なく濃い魔力が漂っているだけで他にはなにもひっかからん」

 

 ウェルはともかく、私の感知魔法はこの濃い魔力の中でもまだギリギリ機能している。

 けれど、一箇所だけやけに魔力が濃い場所とかがあるわけでもなく、いまだに何の手がかりも掴めていない。

 ダメ元で歩いてみてはいるが、正直このまま進んでも異常の原因は見つからないだろう。

 二人に実力を隠している今の状況では、私の感知魔法のことも言い出しづらい。

 ある程度探したところで、カルツとウェルには何かしらの理由をつけて引き上げを提案しようと決める。

 

 「ただ一つ気になるのは、この下じゃな」

 

 誰に言うでもなくつぶやいたその言葉は、三人には届かなかったようで反応する者はいない。

 特定の何かを見つけることはできなかったが、私の感知魔法はある情報を拾ってきていた。

 

 魔力は満遍なく広がっている。

 それは今歩いている足元、この地面の下からもだ。

 レイバール時計塔のように地下に施設でもあるならともかく、ここはただの野山。

 地面の下に魔力が発生するような何かがあるとは考えづらい。

 そのことにきな臭さを感じつつも、地面を割ったりするわけにもいかないので今は様子見だ。

 何の手がかりも得られなかったらその時は、地下に向けて少しだけ爆発魔法を放ってみるのもいいかもしれないけれど。


 そんな少し物騒なことを考えていると、今まで何の反応もなかった感知魔法が、急激に上昇していく魔力を捉えた。

 ハッとして前を見ると、先頭を進んでいたウェルが何かを見つけて立ち止まる。


 「……カルツの言う通り、大当たりかも」

 

 そう口にしてこちらを振り返った彼女が指差す先では、薄っすらと家の影のようなものが白い霧に映し出されていた。

 

 

 


 「……こんな森の奥深くに屋敷、か。まさに噂通りの展開じゃな」

 

 呆然と目の前を見上げる私たち四人の前には、古びてはいるが立派な屋敷がそびえ立っている。

 霧の中に突如現れたその屋敷は、まるで私たちを待ち構えていたかのように姿を現した。

 

 「ねぇ、しかもこれ幻影じゃないよ」

 

 屋敷の壁に拳を当て、コンコンと軽く叩いたウェルがこちらを向いてそう言う。

 どうやら目の前のこの屋敷は魔法でかたどられた幻影ではなく、実体を伴った本物の屋敷らしい。

 

 とはいえ、この屋敷が現れる直前に魔力を感知したのは確かだ。

 誰かが何かの目的を持って、私たちの前にこの幽霊屋敷を出現させたのは間違いないだろう。

 

 「……どうする?」

 

 一通り屋敷の外壁を見て回っていたウェルが、意見を求めるようにこちらへと目線を向ける。


 「どうする? と言われてもの。行くしかないのではないか?」

 

 正直、これだけ見事な魔法の使い手がどんな相手なのかは興味があった。

 きっとこの霧を発生させた術者の手がかりも、この屋敷の中に行けば手に入るだろう。

 このまま眺めていたところで立ち往生するのには変わらないし、さっさと突入しようと提案する。

 

 「エリーゼ様、手を絶対に離さないでくださいね」

 

 「離したくともそんなにガチガチに絡みつかれておっては私には何もできんよ」

 

 イルシアは屋敷を目にした時から、さっきまで異常に全力で私の腕にしがみついていた。

 だんだん血の巡りが悪くなっていき、腕が重くなってきた気がする。

 

 「そんなに怖がらなくとも、これはただの魔法が起こした現象じゃ。幽霊なぞいないから安心せい」

 

 「わかってるんです、わかってるんですけど怖いんです!」

 

 頭でわかってはいても感情が追いつかないというやつだろうか。

 彼女の意外な弱点に可愛らしさを覚えつつ、それなら落ち着くまで掴まっておけと彼女に片腕を差し出したままにする。

 

 「それじゃあ中、入ってみよっか?」


 逆にノリノリのウェルは、真っ先に屋敷の扉に手をかけてすぐにでも突入しようとしていた。

 止める理由もないので、彼女に続いて屋敷の中へと足を踏み入れる。

 扉には鍵はかかっておらず、ギギギと耳障りな音を立てて扉が開かれた。

 中は薄暗いながらも明かりが灯っていて、霧の中に比べれば視界は良い。

 

 「外に比べて一段と魔力が濃いなこの中は」

 

 霧は屋敷の中にまで侵入してはこなかったが、相変わらず漂う魔力の量は多かった。

 

 「一体なんなんだろうねここ」

 

 きょろきょろと辺りを見回すウェルも、不思議そうに呟いている。

 屋敷の中は綺麗に絨毯がひかれ、家具も掃除したばかりのように綺麗だ。

 玄関に入ってすぐの広間には、何もなく人の気配もしない。

 私たちの横には二階に続く階段が見えており、その先は正面に見えるバルコニーにつながっているようだ。

 

 「すいませーん! 誰かいませんかー!」

 

 「ウェルさん! びっくりするので突然大声を出さないでください!」

 

 急に二階に向かって大声をあげはじめたウェルの背中を、涙目になったイルシアがバシバシと叩く。

 ごめんごめんとウェルがイルシアをなだめていると、まるでウェルの声に反応したようにギシギシと二階から人が歩くような足音が聞こえてきた。

 

 ハッとして私たちが音の方に目を向けると、階段の奥から一人の女が姿を表す。

 白い髪と黒いドレス、綺麗な青い瞳を携えたこの世のものとは思えない美しい風貌で、彼女は私たちに向かってニコリと微笑んだ。

 いや、正確には私たちではなく、私に向けて。

 

 「ちょっとエリーゼさん!?」

 

 彼女の姿を見た瞬間、体が勝手に動き始めていた。

 急に駆け出した私を見て、ウェルが驚きの声を上げる。

 その声に構わず、身を翻して再び階段の陰に隠れた女の姿を追った。

 女が姿を現した場所はそんなに遠くなく、走ればすぐにたどり着ける。

 

 全力で階段を駆け上がり、女の姿を探すがすでに影も形もない。

 階段の先の扉を開けたとところで広間のバルコニーについてしまい、眼下では呆然としているイルシア達三人の姿が見えた。

 

 「エリーゼさん、さっきの女の人は?」

 

 「……見失ったようじゃな」

 

 階段には身を隠せるような場所はなく、このバルコニーまでは一本道だ。

 皆の反応を見る限りここに姿は見せなかったのだろう。

 

 まさに幽霊のように、ふっと消えてしまったことになる。

 

 壁にもたれかかった私の脳裏によぎるのは、黒いドレスの女の姿。

 私はその女とよく似た人間を知っていた。

 

 ウェンリーと呼ばれていた彼女は、かつて私と敵対した勇者パーティの一員だ。

 当時人間としては間違いなく最高の腕を持つ魔法使いだった彼女の容姿と、先ほど目にした女の姿はよく似ている。

 けれどただの人間であるはずの彼女は、とうに寿命が尽きているはずだった。

 

 「これはひょっとすると本当に幽霊の仕業かもしれんの」

 

 本来ありえない人物の登場に、私は冗談めかしてそう呟いた。


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