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惑いの霧

 翌日。

 昨日のようにモンスターに襲われることもなく、盗賊の襲撃等もなかったため馬車の行程は順調そのものだ。

 私たちも昨日同様馬車の中で談笑し、楽しいひと時を過ごしていた。 


 「あれ、なんか霧が出てきましたね」

 

 けれどそんな順調な旅路は、イルシアのその言葉を皮切りに少しずつ雲行きが怪しくなり始める。

 膝の上に乗せたエンを手で撫で回していたウェルが、その言葉につられて窓の外を見た。 


 「本当だ。もうそろそろ今日の野営地だし、それまであんまり濃くならないといいけど」

 

 すでに日は傾き始め、もうすぐレイバールを出てから二階目の夜が訪れる時間だ。

 今は森の中の街道を走っているため、日の高さに対して普段よりも日のあたりが弱い。

 薄暗くなっていく景色も相まって、外は少し不気味な雰囲気を放っている。

 

 「霧といえば、あの商人が言っていた幽霊屋敷が出る場所というのは、このあたりではなかったか」

 

 私の言葉に、イルシアがそういえばと少し顔を青ざめさせた。

 対照的にウェルは、もしかしたら幽霊屋敷をこの目で見れるかも! と高めのテンションで叫んでいる。


 「もし幽霊屋敷を見つけたら、みんなで中に入ってみようよ」

 

 「噂通りならそのまま帰ってこれなくなるやつですよそれ。それに、幽霊屋敷ってそもそも中に入れるんでしょうか?」

 

 ウェルの提案に露骨に嫌そうな顔をしつつ、そう言ってイルシアが首をかしげる。

 

 「幽霊というぐらいだし実体はないのではないか?」


 「中に入った者は誰も帰ってこなかったという噂もあるんだろう? なら、入ることもできるんじゃないか」

 

 「そもそも誰も帰ってこなかったのになんでそんな噂があるんだって話ですけどね」

 

 イルシアの言葉にそれもそうだと私たちは頷く。

 本当のところがどうかは、実際に見てみないことにはわからないだろう。

 幽霊屋敷が実在してればの話だけど。

 

 「……待って」

 

 それまで楽しく話をしていたウェルが、何かに気がついたように、真剣な顔でじっと窓の外を見つめる。

 その表情は時間が経つにつれてだんだんと険しくなっていった。


 「どうしたのじゃ。本当に幽霊屋敷でも見つけたか?」

 

 「いや、そういうわけじゃないんだけど。ちょっと外がおかしいかも」

 

 あれ見てとウェルが窓の外を指差すので、私も席を立って彼女が示す方向に目を向ける。

 その先には大きく分かれた三つの道が広がっていて、馬車は迷わず真ん中の道を通りぬけた。

 

 「あれがどうかしたか?」

 

 「もう少し待ってて」

 

 ウェルに言われた通り、外をぼーっと眺めていると、エリーゼさんあっちとウェルが今度は前方を指差した。

 

 「ほら、あれ見て。あの三叉路、さっき通ったのと同じじゃない?」

 

 「……確かに」

 

 彼女の言う通り、だんだん近づいてくる分かれ道はさっき通り過ぎたばかりの場所に見える。

 その光景をみて私もウェルと同じように眉をひそめた。

 

 「さっきからずっとこうなんだ。まるで同じ場所を何回も通っているみたいに」

 

 いつのまにか後ろで見ていたイルシアも、その様子を見てぎゅっと私の手を握っている。

 どうやら彼女はこう言った怖い話が苦手なようだし、おかしなこの現状に少しおびえているようだ。

 

 「大丈夫じゃイルシア。これは多分、魔法の一種じゃろう」

 

 そんなイルシアを安心させるように、耳元でそっと囁く。

 幽霊なんているなら是非見てみたい者だが、少なくともこの異常を引き起こしているのは、そのような不確かな存在ではない。

 外に漂っている霧からは微量の魔力を感じるし、霧が濃くなるにつれて魔力の強さも上がってきているようだった。

 

 「幻視の魔法じゃなこれは。こんな大規模なものはみたことがないが」

 

 幻視の魔法は、イオネが使っていた不可視の魔法に近い、認識に干渉して幻影を見せる魔法だ。

 おそらくその魔法によって本来通るべき道を隠され、同じ道を何度もなんどもぐるぐる回らされているのだろう。

 

 「幻視の魔法ってこの霧の中全部!?」

 

 「とても信じられないな。俺も幻視の魔法をみたことがあるけど、せいぜい術者を直接見ている相手に幻を見せる程度が精一杯だったはずだ」

 

 私の時代ですらこれだけ広範囲に渡る幻視の魔法を使える者は数える程しかいなかったし、この時代に生きる二人の反応も当たり前だ。

 これだけ規模が大きいと必要な魔力量もさることながら、とてつもなく繊細な魔力の制御が必要になってくる。

 とても、技術の低下したこの時代の者に扱える魔法とは思えない。

 

 「とはいえ、こうして目の前で見せつけられてはの」

 

 おそらく、幽霊屋敷とやらもこの魔法が見せている幻影なのだろう。

 誰が何のためにそんな事をしているのかはさっぱりわからないが、少なくとも誰かが明確な意図を持ってこの現象を引き起こしているのは確かだ。

 

 「エリーゼ様、どうにかできないんですか?」

 

 他の二人に聞こえないように、イルシアが耳元でそっと囁く。

 その言葉に私は首を振って答えた。

 

 「私一人なら余裕で抜けられるじゃろうが、この馬車隊すべてを霧の中から逃す事は難しいじゃろうな」

 

 なりふりかまわなければ霧ごと吹き飛ばす事もできるかもしれないが、さすがにこれ以上騒ぎは起こしたくない。

 ゲニウス戦の時は全力を出さなければこっちが殺されていたため仕方なかったが、あれぐらい切迫した状況にならない限りできるだけ目立つ行動は控えたかった。

 とりあえずは様子見をしつつ、まずい状況になったら私が手を出そうと決める。

 

 「どうやら前の方の馬車も異変に気がついたみたいだね」

  

 外を見ていたウェルの言葉通り、前方の馬車から順番にゆっくり速度を落として止まっていく。

 このまま走っていてもらちが開かないという事で、この現象の原因を探す事にしたのだろう。

 御者からしばらく待機していて欲しいと頼まれたので、言割れた通り座って待つ。

 その間にもどんどん霧は濃くなっていて、もう二台先の馬車すら見えなくなるほどだ。

 

 霧が濃くなるにつれて、魔力の濃度も上がってきている。

 さすがにレイバールの時計塔地下ほどまでひどくはないが、人にしろ魔族にしろ一人で出せるような魔力の量ではない。

 

 「この魔力から言って集団の仕業じゃろうな。またエルネルト教かの」

 

 とはいえゲニウスの件があってから、ユーリ主導でこのあたり一帯のエルネルト教の動きは調査されたばかりだ。

 その調査によれば多くの教会関係者は王都に引き上げたらしいし、仮に残っているものがいてもこれだけ凝った魔法を準備しているならユーリ達が気がつくはず。

 残る可能性としては、旧種の魔族か魔物の存在だけど、これは現時点ではなんとも言えない。

 やはりさっき決めたように、今は様子を見るしかないだろう。


 そんな事を考えていると、外からコンコン、と誰かが馬車の扉をノックした。

 その音にびっくりしたイルシアがびくっと身体を硬直させ、持ち上がった彼女の肩が背中を丸めて考え事をしていた私の顔を撃ち抜く。


 「あぁっ!? ごめんなさいエリーゼ様!」 

 

 「だ、大丈夫じゃ……」

 

 ちょっと涙目になりつつ、鼻を押さえて気にしてないと笑いかける。

 一連のやりとりを見て爆笑しているウェルに軽く蹴りを入れ、痛みが引くのを待ってから馬車のドアをゆっくり開けた。


 「あれ、あなた護衛の冒険者の一人だよね?」

 

 扉の向こうに現れた人影を見て、ウェルがそう呟く。

 言われてみれば、訪ねてきた人物は昨日ポーケゴートと戦っていたうちの一人の格好とよく似ていた。

 あの後わざわざ冒険者たちはウェルのもとに礼を言いに来ていて、確か目の前の男もそのなかにいたはずだ。

 

 「突然訪ねて悪いな。そこの嬢さんの言う通り、俺は護衛隊の責任者をつとめてるボルクっていうもんだ」

 

 「用件は外の霧についてかの?」

 

 私の問いに、ボルクはそうだと頷く。

 

 「もうわかっていると思うが、この馬車隊はおかしな霧に包まれてる上に、進んでも進んでも同じ場所に戻って来ちまう異常事態に陥ってる。それで原因を探るために俺たちが出ることになったんだが、正直人手が足りないんだ」

 

 「それでボクたちに手伝って欲しいってことかな?」

 

 「あぁそうだ。昨日はあんたの魔法に助けられたからな。その腕を見込んでぜひ探索を手伝ってもらいたい。もちろん馬車隊からは謝礼がでるし、もし良かったら頼まれてくれないか?」

 

 言われたウェルは少し考えてから、顔を上げて私たちの顔を見る。

 

 「みんなも一緒に来てくれるなら、ボクは構わないよ」

  

 みんな、というのはカルツだけでなく、私やイルシアも含まれているようだ。

 もし幽霊屋敷を見つけたら全員で入りたいと言っていたし、本気で乗り込むつもりなのだろうか。

 

 「私はイルシアを守らんといけんからの。イルシアが行くならついていっても構わんぞ」

 

 「俺はもちろん、ウェルが行くところにならどこにだってついていくさ」

 

 私とカルツがそう口にして、最後の一人に目線を向ける。

 あからさまに嫌そうな顔をしていたイルシアだったが、ウェルとカルツと私、三人の眼差しに観念したようで、じゃあ行きますよと小さな声で呟いた。


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