ウェルの過去
ポーケゴートによる襲撃の後は、特に何の問題もなく休憩地点へとたどり着くことができた。
足止めされたせいであたりはうす暗いを通り越し、そろそろ前が見えなくなってしまうほどの暗さになっていて、皆急いで野営の準備をしている。
私たち四人も手分けして、火おこしと寝床の確保を行っていた。
「二人とも、そっちは準備大丈夫?」
「うむ、荷物と寝床はばっちりじゃ。ウェルたちも終わったようじゃの」
向こうの方が一足先に準備が済んだようで、ウェルたちはすでに焚き火を囲み夕食の用意をしている。
彼女たちが用意してくれた席に腰掛け、だいぶ暖かくなった保存食に手を伸ばした。
「レイバールで美味しいものを食べていたせいか、前に食べた時よりも味気なく感じるのぉ」
「さすがに宿の食事と比べたら味は劣りますよ。でもたまにはこういう食事も好きです私」
そんなやりとりを交わす私とイルシアを、向かいに座るウェルがにやにやと眺めている。
「二人とも、本当に旅慣れしてないって感じだね。会話の内容が完全に新米冒険者のそれだよ」
「ウェルの言う通りじゃ。私もイルシアも旅らしい旅をするのはこれが初めてだからの」
「イルシアさんはわかるんだけど、エリーゼさんは結構場慣れしてそうなんだけどね。実は王国の元騎士とか、そんな感じなのかな?」
「ま、あたらずとも遠からずといったところじゃな」
やはり私の経歴が気になるのか、探ってくるウェルの言葉をのらりくらりと交わす。
あまり突っ込まれたことを聞かれると困るな、と考えていると、ウェルの隣に座っていたカルツが彼女を手で制した。
「冒険者同士でお互いに詮索し合うのはご法度だぞウェル」
「ん、そうだった。ごめんねエリーゼさん」
意外と言う時は言うんだなと自分の中でカルツの株を少し上げつつ、助かったと感謝する。
「私としてもそのあたりは探らないでもらえると助かる。そんなことより、早速酒を飲もうではないか」
これ以上痛いところを突かれないように、持ってきた酒を掲げて強引に話題を切り替えた。
「うん、そうしよっか。はいグラス」
ウェルが投げたグラスを片手で受け止め、レイバールでイルシアの目を盗んで買った果実酒を注ぐ。
並々と透明なグラスを満たしていく赤い液体を見て、頬が緩んでいくのを感じながら、ゆっくりと酒瓶を傾けた。
「ウェル、グラスをもう一つくれるかの」
自分のグラスに酒をついだ私は、ウェルから新しいグラスをもう一つ受け取る。
そしてそのグラスを手に持ったまま、イルシアに向けて空のグラスを二回、三回と振った。
「そんな顔をしておらんで、イルシアもどうじゃ?」
「えっと、それじゃ一杯だけ……」
ちょっと不満そうな顔で私のことを見ていたイルシアは、少しだけためらいを見せつつも、いただきますといって私からグラスを受け取った。
「ほれ、グラスをこっちにむけるのじゃ」
イルシアが傾けたグラスの口に、果実酒を注いでいく。
とくとくとく、と耳心地のいい音がグラスの中から聞こえてきた。
「それじゃ、四人の出会いと私たちの旅に乾杯!」
ウェルが四人全員が酒を手にしたのを確認し、乾杯の音頭をとる。
その声を合図に、乾杯、と焚き火の上で四つのグラスが打ち合わさり、カチンと言う音が響いた。
そのままグラスに口をつけ、中の液体を胃の中へと流し込んでいく。
「くぅ、この感覚はたまらんの」
「うん、美味しいですねこのお酒」
どうやらイルシアも気に入ってくれたようで、酒を飲みながら笑顔を浮かべている。
事前に彼女の好きな味を聞いておいてよかったと、ちょっと安心した。
「やっぱり旅の醍醐味と言ったら夜の酒盛りだよね」
「そうだな。今日会ったばかりの人と酒を飲み交わす、なんて贅沢は冒険者の特権だろう」
二人の言葉にうんうんと私も頷く。
魔王城に缶詰だった頃に私が思い描いていた旅路は、まさに二人が口にしたような物だった。
「やはり旅はいいな。色々頑張った甲斐があったというものじゃ」
300年前、あのまま諦めて運命を受け入れて勇者に殺されていたら、こんな経験もできなかっただろう。
足掻くだけ足掻いて良かったと今更ながら実感する。
「ん、どうしたウェル」
ふと視線をあげると、じっと私を見つめるウェルと目があった。
不思議に思って声をかけると、彼女はなんでもないと首を振って私から目線をそらす。
その挙動に何か引っかかる物を感じながらも、それ以上かける言葉が思い浮かばなかった私は気のせいだろうと軽く流した。
「こうして皆でお酒飲んでると、昔を思い出すなぁ」
「ウェルはカルツと会うまでは一人旅をしていたのではなかったか?」
「最近はね。でもそれよりもっと前に、ちょっとの間だけ他の人とパーティを組んでた事があったんだ」
彼女が口にしたその言葉に、カルツがぴくりと反応する。
そんな彼を見つつ、やはり惚れた女の過去は気になるのだろうか、なんて邪推をしながら酒を煽った。
「その様子からしてよほど良い記憶のようじゃな」
あの時は楽しかったと昔を懐かしみ、尊ぶようなウェルの表情を見て、彼女がその思い出を本当に大切にしている事を察する。
現在一方的に押しかけて、成り行き上パーティを組んでいるカルツの扱いとはえらい違いだ。
「そうだね、ボクが一番幸せだった時の思い出だから」
そう口にした彼女の声からは、懐かしさだけではなくどこか寂しそうな思いまで伝わってくるようだった。
「変な時間に目が覚めてしまったの……」
ふあぁと大きく口を開けてあくびをしつつ、目からこぼれかけた涙を拭う。
だんだんはっきりしていく視界で周りを見ると、転がった酒瓶と寝袋にくるまって眠るウェルとイルシアの姿があった。
まだ酔いが抜けきらないため、少し重い体を起こしつつ、ぱちぱちと音を立てて燃え続ける焚き火の方へと足を運ぶ。
そこには、寝ずに火の番をしているカルツの姿があった。
「こんな遅くまでご苦労な事じゃの」
「寝付けなかっただけさ。それに美人三人の寝顔を眺めながら世を明かすなんて役得だろう?」
「なんじゃおぬし、あれだけ言っておいてウェル一筋というわけではないのか」
軽口を叩くカルツに皮肉で返しつつ、彼の隣に座る。
近くにあった枝を拾って炭をつつきながら、カルツに向かって話しかけた。
「カルツ、おぬしなぜあそこまでウェルに執着するのじゃ」
「一目惚れだったからなぜって言われても困る。追いかけた理由も、なんとなく彼女を一人にしちゃいけないと思ったからだしな」
勘違い男の痛い言葉かなんて思いながらも、カルツの言っている事もなんとなくわかる気はする。
「それは、ウェルの過去の話を聞いたからかの?」
酒を飲み交わしている時に思ったが、ウェルが過去の話をする時の表情には引き込まれるような物があった。
いつも明るい彼女が一瞬浮かべる物憂げな表情は、そこらの男なら一撃で落とせるだろう。
実際目の前にも落とされた男がいるわけだけど。
「……そうだ。ウェルは俺に、過去の思い出だけが心の支えだと言っていた。その言葉がどうも忘れられなくてな」
カルツの答えに、なるほどなと言葉を返す。
そんな彼女を見て、放って置けなくなったから無理を通してついてきたということらしい。
「おぬしはウェルの過去になにがあったか、どうして一人旅をしているのかは知っておるのか」
「知らない。ウェルはあんまり昔の話をしたがらないしな」
カルツも知らないのなら、今日会ったばかりの私が彼女から聞き出すのは難しそうだ。
まぁ私にも探られたくない腹はあるし、本人が喋りたくない事を無理に詮索する気はないけれど。
「おぬしもなかなか難儀な女に惚れた物じゃな。あれを落とすのは難しそうじゃぞ?」
からかい気味の私の言葉に、カルツはわかってるさと唇を持ち上げて笑う。
「それでも、過去じゃなくて今が一番幸せだって言ってもらえる日が来たら、男冥利に尽きるってもんだろ?」
「間違いない。その恋路、うまくいくことを祈っておるよ」
眠気覚ましにとちょっかいを出しに来てみたが、思っていたより面白い話をきけたようだ。
カルツの青臭い覚悟に、少し気恥ずかしさを覚えつつも、そのまっすぐな気持ちは快い物だと思う。
「さて、私はもうひと眠りしようと思うが、おぬしはまだ寝ないのか?」
「あぁ、もう少しこうしてる。おやすみエリーゼさん」
「うむ、カルツもほどほどにな」
持っていた枝を火の中に放り込み、よいしょと腰をあげる。
再び寝袋の元に戻った私は、もう一度大きくあくびをした後、もぞもぞと寝袋の中に潜り込んだ。




