知らない魔法
馬車が完全に止まるのと同時に、前方を走っていた馬車の方から騒がしい音が聞こえて来る。
どうやら魔物との戦いを始めるようで、武器を持った人影が数人、大声で指示を出しながら魔物の相手をしていた。
冒険者の数は五人、対して魔物の数は十数体といったところか。
運の悪いことに群れと当たったようで、白い毛に包まれた巨大な二本のツノを持つ魔物が列を組んで押し寄せてきていた。
「ポーケゴートの群れか。今の時期餌場の移動が起きやすいし、ちょうどそれに当たったみたいだね」
「素通りしてくれればいいものを、とりあえず目につく相手は襲ってくるのが魔物の厄介なところじゃな」
魔族と同じように魔物にも闘争本能があるのか、自分たちに利害はなくとも襲ってくることがある。
この襲撃もおそらく、群れの移動をしている最中にたまたま馬車の隊列が目に入ったため攻撃を仕掛けてきたといったところか。
「それにしても今回の護衛はあんまり腕が良くないみたい。あれ押し切られるよ多分」
「ふむ、やはりあれはウェルから見ても稚拙なのじゃな」
私の目線の先で戦う冒険者たちの動きは、お世辞にも褒められたものではなかった。
一人一人の力が大したことないというのもあるが、せっかく複数人いるのに連携とは程遠い動きをしている。
今はまだなんとかポーケゴートを押さえ込んでいるが、押し切られるのは時間の問題だろう。
あれなら多分、私が鍛えていた村の自警団たちの方がマシな戦いができそうだ。
なんてことを考えているうちに、一人の魔法使いと思われる冒険者が、急に前に躍り出てきた剣士に間違えて魔法を放ってしまう。
直撃を受けた剣士は、軽くないダメージを負ったようで、ふらりと膝をついた。
その隙をついて、ついに何頭かのポーケゴートが冒険者たちの防衛ラインをくぐり抜ける。
「だめだめではないか」
「常に同じ面子で行動してる冒険者もいれば、寄せ集めで今日始めて顔を合わせた人と共闘することもあるのが冒険者だからな。後者の場合は、うまく連携がとれなくて今みたいになるのはよくある」
「あー見てらんないなぁもう」
その様子を眺めていたウェルが、仕方ないといったように手に杖を持って席を立った。
「ちょっと漏れたやつだけ始末してくるね」
「む、ウェルが出るのじゃな。一人で大丈夫か?」
自信はあるようなので問題なさそうだが一応聞いてみると、彼女は大丈夫大丈夫と軽く手を振り返した。
そして私から視線をそらし、奥にいるイルシアと目を合わせる。
「ちゃんと魔物倒してくるから、しっかりみててよイルシアさん」
「さっきの気にしてたんですね……。わかりました、ちゃんと見てるので頑張ってきてください」
わかった! と笑顔で答えて、ウェルは杖を持ったまま馬車から飛び降りた。
視線を馬車の隊列へと猛然と向かってくる数体のポーケゴートに向け、着地したウェルはすぐさま魔法の準備を始める。
「風よ、集いて切り刻め! ウィンドカッター!」
口早に短い詠唱を紡ぎ、杖を走り続けるポーケゴートへと向けた。
今にも先頭の馬車へと体当たりをかまそうとしていたポーケゴートは、ウェルの魔法によって足を切断され、勢いもそのままに地面へと激突する。
「言うだけのことはあるようじゃな」
馬車の中からその様子を見ていた私は、予想以上のウェルの腕前に思わずそう呟いた。
威力はそこまででもないが、魔力の扱いの精密さはかなり優れている。
ポーケゴートまでかなりの距離があるにもかかわらず、一発で魔法を命中させるとはなかなかのものだろう。
「ウェルの魔法はいつ見ても美しいな」
「悦に入っているところ悪いが、おぬしは戦わないのか?」
尊いものでも見るかのような目でウェルの戦いを眺めているカルツにちょっと引きつつ、気になったことを尋ねてみる。
「俺が行くまでもなく、これだけの距離があったらウェルに近づく前に魔物も全滅するだろうしな」
信頼しているからそこの物言いなのか、カルツは淡々とした口調でそう答えた。
そして実際の所、そんな質問をしている間にウェルの手によって、漏れたポーケゴートは全て無力化されている。
「ただいまー。あれだけ倒してあげれば、あとは護衛の冒険者たちでもなんとかなるでしょ」
特に疲れたそぶりも見せず、笑顔で馬車の中に戻ってくるウェル。
同じ時代の冒険者といえど、ウェルと先頭の方で戦っている冒険者たちとはかなりの力量差があるようだった。
「見事な腕前じゃなウェル。おぬし、実は結構有名な魔法使いだったりするのかの?」
「別に有名なんてこともないなぁ。そりゃそこらの冒険者に負ける気はないけど、ボクくらいの魔法使いなんていくらでもいるからね」
この時代の平均がよく分からない私は、そんなものかと納得して頷く。
確かにウェルの魔法の腕は悪くないが、それもこの時代の基準で言えば、だ。
私からしてみたらまだまだだし、非常識な強さを持っているようには見えなかった。
けれど他の二人の認識は違うようで、カルツとイルシアは嘘を言うなという表情でウェルを見ている。
「私冒険者に関してそこまで詳しくはないですけど、ウェルさんはかなり強い方だと思いますよ」
「ウェル並みの魔法使いは、街に一人か二人いればいい方だ。どこかの街で腰を据えて活動すれば、すぐにでも街の看板魔法使いになれるくらいの実力は持ってる」
ウェルの意見とは少し食い違うが、おそらく二人が言っていることの方が正しいのだろう。
褒められっぱなしのウェルは恥ずかしそうに肩をすぼめながら、そんなことないよと少しだけ頬を赤く染めている。
このちょろさならカルツももしかしたらチャンスはあるのでは、なんて考えが頭をよぎった。
ウェルが何体かポーケゴートを減らしたおかげで、前線で戦っている冒険者たちにも少し余裕が出てきたようだ。
連携が不慣れという事もあったのだろうが、どうやら単純に魔物の数が多すぎたらしい。
崩れ気味だった戦線を立て直し、徐々に魔物の群れを追い詰めていく。
「これなら大丈夫そうだね」
「ウェルのおかげじゃな。あとで謝礼でもふんだくってくるといい」
あのままでは死人は出ずとも、結構なけが人が出ていただろう。
ウェルの働きによって被害が最小限に抑えられたのは間違いない。
「冒険者の先輩としてちょっと手助けしてあげただけだからそんなことできないよ。ボクこれでもそれなりに高ランクの冒険者だから、後続の監督義務とかもあるしね」
聞きなれない言葉に、ランク? と首をかしげる。
「あれ、知らない? その格好からしてエリーゼさんも冒険者だと思ったんだけど」
「なにぶん田舎から出てきたばかりで世間に疎くての。よければ教えてくれないか?」
生きていく上で必要な常識はイルシアが教えてくれるからいいものの、彼女もさすがに冒険者の常識までは持っていない。
今後冒険者を騙る事も多いだろうから、なるべく早めに最低限の知識はつけておきたかった。
「ランクっていうのは、冒険者の力の目安みたいなものかな。まぁ簡単に言っちゃうと高ければ高いだけ強いっていう指標」
「戦いは力の強さだけで決まるわけではないから、ランクはあくまで参考程度、だけどな」
私の時代にはそんなものがあったというのは聞いた事がなかったから、この三百年程の間にできたのだろう。
「なんとなくわかったが、しかし力といっても色々あるじゃろうに」
「うーん、まぁそうなんだけどね。ボクも詳しい仕組みとかはわからないからなー」
「ちなみにどうやってそのランクとやらは測るのじゃ?」
「あぁそれはね、ランクを測るための道具があるんだ。水晶みたいな形しているんだけど、それに手を乗っけるとぴかーって光って、その色でどれくらいのランクかわかるの」
体内にある魔力の測定でもしているのだろうか。
恐らくなんらかの魔法を使っているのだろうけど、いまいち該当しそうなものが思い浮かばなくて好奇心が湧く。
「アルガスにいけば冒険者の組合所もあるし、エリーゼさんもそこで調べてみたら?」
「ふむ、興味もあるし行ってみるかの」
私がそう口にすると、肘でコンコンと脇腹をイルシアがつついた。
彼女の方に視線を向けると、小声で下手な事してバレたらまずいですよと囁かれる。
まぁたしかに、魔力を測る機器だった場合、私がそんなものを使えばとんでもないランクを叩き出すだろう。
とはいえ、色で判断するなら幻影魔法でも使って周りには誤認させればいい。
抜け道は色々とあるし、なんとかなるだろうと楽観的に考えていた。
「お客さん達、前の馬車から出発準備が終わった合図がきました。そろそろ出ますよ」
御者のおじさんが声をかけてきたので、ふと窓の外を見るといつのまにかポーケゴートの群れは狩り尽くされていた。
血の匂いにつられて他の魔物が集まってくるかもしれないので、急いで出発するのだろう。
乱れた隊列を組み直し、すぐに馬車隊が出発する。
「ずいぶん足止めされちゃったし、この調子だと今日は森に入る手前あたりで野宿かもね」
「野宿ですか。それならせっかくですし、今夜はウェルさん達も一緒にご飯たべませんか?」
イルシアの提案に、ウェルがいいねー! と嬉しそうな声を上げる。
そしてカバンをごそごそと漁った後、長いガラス瓶を取り出した。
「じゃーん! レイバールで買ったレアものの果実酒だよ! 後で飲もうと思ってとっておいたんだけど、そういうことならみんなで飲もうよ」
「お、良いものをもってるの。私も何本か買っておいたし、今宵は酒盛りじゃな」
いつのまに酒なんて買ってたんですかと睨んでくるイルシアとは決して目線を合わせないようにしつつ、久しぶりの宴会を楽しみに待つことにした。




