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二度目の馬車で

 

 「ついに来てしまいましたね……」

 

 「できればもう来たくなかったんじゃがな……」

 

 憂鬱さがにじみ出た声でそう呟いた私たちの前にあるのは、ここに来る時散々痛めつけられた馬車だ。

 またあの尻の痛みを味わうのかと思うと、気分も落ち込むというものだろう。

 

 「お二人は見つかりましたか?」

 

 「いや、さっきから探してはいるんじゃが見当たらんの」

 

 馬車の出発時刻まではもう少し余裕があるが、なかなか見えない姿に少し不安を覚える。

 別に会えなくても問題はないのだが、出発する前に挨拶くらいはしておきたかった。 

 

 「エリーゼ様、あれみたいですよ!」

 

 私と一緒にきょろきょろと周りを見渡していたイルシアが、目当ての人影をみつけて指をさす。

 視線をそちらにむけると、いつも通りの笑顔を浮かべたユーリと、ぺこりとお辞儀をするイオネの姿が見えた。

 

 「遅刻じゃぞユーリ。女を待たせるとは中々の神経をしとるな」

 

 「これは失礼。ちょっと立て込んでて手が離せなくてさ。間に合ってよかったよ」

 

 申し訳そうに頭を下げるユーリをみて、ふんと鼻をならす。

 もう少し文句を言ってやりたいところだが、事後処理で忙しい中で会いに来る時間を割いてくれたわけだし、これくらいで許してやろう。

 

 「ユーリさんとイオネさんは、まだレイバールに残るんですか?」

 

 「さすがにあれだけの騒動が起きてしまった以上、放置しておくわけにはいかないからね。落ち着くまではこの街にいるよ」 


 イルシアの問いにそう答えるユーリの顔には、隠しきれない疲労感が現れている。

 というのも、結局今回の騒動の原因は、表向きユーリということになったからだ。

 

 旧種の魔族がレイバールに潜り込んだので、秘密裏に対処するために勇者が奮闘していたという筋書きにしたらしい。

 もっとも、広い意味では私も旧種の魔族な訳だし、あながち嘘は言っていない。

 

 「面倒ごとを押し付けてしまってすまんな」

 

 「これぐらい任せてくれ。エリーゼさんには、僕たちは感謝しても仕切れないんだから」

 

 ユーリにしては珍しく真面目な顔で、私への感謝を口にする。

 それに気を大きくした私は、ちょっと意地悪なことをユーリに言ってみることにした。 


 「良い心掛けじゃな。なにせ私がいなければこの街は今頃消滅してたからの。して、それだけの働きをしたのじゃから、すこしくらい礼があってもいいのではないか?」

 

 「それはもちろん。お礼もなしに英雄を送り出すなんて、勇者の名が廃る」

 

 ほとんど冗談で言ったつもりだったのに、準備万端といった様子でユーリは懐から麻袋を取り出す。

 硬貨らしきものがこすれ合う音を鳴らしながら、かなりの重みがあるそれを私に手渡した。

 

 「こ、これ全部金貨ですか!? これだけで数年遊んで暮らせますよ!」


 ユーリに渡された袋の中身を見たイルシアが、驚いたように声を上げる。

 

 「……本気で言ったわけではなかったのじゃが」

 

 「言われなくても渡すつもりだったからね。旅にはお金もかかるし、これくらいは支援させてもらおうじゃないか」

 

 この旅に出る前、村長たちからもらった旅銀もまだかなり残っている。

 正直もらわなくても旅は続けられるのだが、ここはありがたく受け取っておこう。

 

 「なら、素直にいただくとしよう。正当な報酬ももらったし、もしまた窮地に陥ったらいつでも私を頼るが良い」

 

 「勇者が魔族に頼りきりというのも格好がつかないけどね。いずれその時が来たら、お願いさせてもらう」

 

 なかなか素直にならない勇者に苦笑しつつも、成長盛りの若者らしくていい、なんていうちょっと年寄りじみたことを考えてしまった。

 デニルとの戦いでもその伸び代の大きさを見せていたし、今代の勇者様はこれから伸びていくのだろう。

 その先を見るのが、魔族として今から少しだけ楽しみだ。

 

 「……エリーゼさん。今回は助けてもらって本当にありがとうございます。フェルナ様に会ったら、僕の分も挨拶しておいてください」

 

 「それは構わんが、イオネもまだこの街に残るのか?」

 

 私とユーリの話がひと段落ついたタイミングを見計らって、後ろにいたイオネが声をかけてくる。

 

 「……僕はフェルナ様に頼まれた仕事がまだのこっているので。少しの間はユーリさんと行動を共にする予定です」

 

 フェルナに頼まれた仕事とやらが気になるが、下手に首をつっこまないとイルシアとも約束したばかりだし、膨らみかけた好奇心を抑え込む。

 

 「そうか、なら元気にやっていることはフェルナに伝えておく。ユーリの周りは何かと物騒じゃろうが、気をつけるんじゃぞ」

 

 「……わかりました、エリーゼさんも道中気をつけて」

 

 「わかっておるよ。私だけならともかく、イルシアもいるしな」

 

 そう口にしたところで、あたりがにわかに騒がしくなった。

 どうやら馬車の発車時間が近づいてきたようで、周りの人々が荷物を積み込み始める。

 

 「エリーゼ様、そろそろ時間みたいです」

 

 「ん、そうじゃな。それではユーリ、イオネ。短い間だったが世話になった」

 

 「こちらこそ。無茶に付き合わせてしまったどころか街まで救ってもらって、本当に感謝してるよ」

 

 「……お世話になりました、お気をつけて」

 

 「また機会があれば、今度はゆっくり話でもしたいものじゃの。それでは二人とも、達者でな」

 

 見送ってくれる二人に手を振りながら、荷物と共に馬車に乗り込む。

 今回の馬車は複数人用だったので、先に二人の乗客が乗っていた。 

 

 「準備はいいですかお客さん達。それじゃ出発しますよ」

 

 私たちが頷くと、それを確認した御者は馬車を動かし始める。

 窓の外から徐々に遠ざかっていくユーリたちに改めて手を振って、最後の別れを惜しんだ。

 彼らの姿が見えなくなってから、窓から離れて硬い椅子に座り直す。 


 「ふぅ、慌ただしい街じゃったの」

 

 「もっとゆっくり観光する予定だったんですけどね」

 

 イルシアの言葉に全くじゃと返し、背もたれに体重を預けた。

 

 「村を出てすぐの時は何も起きなくて退屈じゃなんて言っておったが、しばらくはのんびりした旅を送りたいの」

 

 「次の街までは三日間くらい馬車旅ですし、ちょっとは気を休めると思いますよ」

 

 「揺れさえ、揺れさえなければ言うことないんじゃがな……」

 

 いっそ馬車に魔法をかけて浮かせるかなんてことを考えていると、イルシアがふと思い出したようにポンと手を叩く。

 

 「そういえばエリーゼ様、昨日の話おぼえてます?」

 

 「あぁ、行商人が言ってた幽霊の話か」

 

 昨日商品を買ってくれたお礼にと私に噂話を教えてくれた商人が言うには、この先に丸一日ほど走った先で幽霊屋敷が出るらしい。

 その屋敷はいつもあるわけではなく、霧の深い夜に唐突に姿を表すそうだ。

 その中に取り込まれると二度と帰ってこられないらしく、あの辺りを通るものは皆怖がっていると言っていた。

 だいたいこんな感じだったと思うが、どうにも胡散臭い話のため話半分程度に覚えている。

 

 「本当にそんなものがあるなら、是非見てみたいものじゃ」

 

 「もう、そんなこと言ってるとまた変なことに巻き込まれますよ。ちょうど商人さんが言ってた場所って、明日通る所ですし」

 

 「これで巻き込まれたら私は完全にトラブルメーカーじゃな」

 

 自嘲気味にそう口にしてから、ふと顔を上げると、興味深そうにこちらをみていた同乗者の女と目が合う。

 その女は私の方を見て、ニコリと笑顔を浮かべると、おもむろに席を立ってこちらの方へ近づいてきた。

 

 「ねぇねぇその幽霊屋敷の話、ボクにも詳しく聞かせてもらいたいんだけど」

 

 どうやらイルシアの言う通り、早速面倒ごとが寄ってきてしまったようだ。

 口は災いの元とはよく言ったものだと苦笑する。

 とはいえこれもまた旅の一興というものだろう。

 今度はどんな事に巻込まれるのかと少しだけ期待しつつ、興味深々の女に向かって、私はしょうがないなと口を開いた。


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