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寝不足の朝

 カチャカチャと一定の間隔で金属がこすれ合う音が、朝日の差し込む食堂の中に響く。

 昨日来た時よりずいぶん人の数が少なく見えるのは気のせいではないだろう。

 重たい瞼をこすりながら、塩味のスープを口に運ぶ。

 口の中にひろがるしょっぱさが、少しだけ眠気を取り払ったような気がした。

 

 「眠そうですねエリーゼ様」

 

 「昨日から一睡もしておらんからな……」

 

 こうやって話している今も、気をぬくと欠伸がとまらなくなってしまう。

 目に涙を浮かべながら大きく息を吸い込み、噛みしめるようにそっと吐き出した。

 

 「おや、あんた達も寝不足かい?」


 「うむ、昨日はずいぶんと騒がしかったからの」

  

 別の料理を運んできた妙齢の女性が、大きく欠伸をしている私に話しかける。

 あんた達も、というからにはこの女性も寝不足なのだろう。

 そして今この食堂に人が少ないのも、私がどんぱちしたせいで寝不足に陥ったものがたくさんいるからだ。

 

 「昨日うるさかったあれ、なんでも時計塔が壊れた上に、壁の外でもすごい爆発があったんだってさ」

 

 まだ朝になってそう時間も経っていないというのに、情報を得るのが早い。

 やはり宿屋で仕事をしていると、そういった情報が出回るのも早いのだろうか、なんてとりとめもない事を考える。

 

 「そりゃ大変じゃったの」

 

 「本当よ。時計塔はともかく、外の爆発に至ってはまた大崩壊が起こる前触れじゃないかなんて噂まで立ってるもの」

 

 「まぁ大丈夫じゃろ、そうそう何度も世界の滅亡なんて起こってたら身がもたん」

 

 素知らぬ顔でそううそぶく私の顔を、すべての事情を知っているイルシアは苦笑いで見ている。

 そんな目で見られても、あの爆発は私が起こしたものです、なんて言えないじゃろ? と心の中で軽く言い訳をしてみた。

  

 「確かにね。とにかく、王都の騎士が派遣されてくるようだから、調査が終わるまではお嬢ちゃん達も気をつけなさいよ」

 

 「そうじゃな、注意するとしよう」

 

 親切に忠告してくれたおばさんに会釈をしながら、運ばれてきた料理を口にする。

 せっかく美味しい料理だというのに、こうも眠いとその魅力も半減だ。

 

 「……エリーゼ様。昨日のアレ、ものすごい騒ぎになっている気がするんですけど大丈夫なんですか?」

 

 今まで黙って話を聞いていたイルシアが、心配そうな顔で私の事を見てくる。

 正直言って全然大丈夫ではないけれど、相手も相手だったしこうなってしまったらもう開き直るしかない。

 

 「なんとかなるじゃろ。ユーリも私の事はどうにかしてくれると言っておったし」

 

 ぶっちゃけあのなんちゃって勇者には全然期待していないけれど、いまはユーリに頑張ってもらわないと困る。

 最悪正体が露見した時は、人間達に敵意をもたれないためにエルネルト教の悪事を世に広めてやるとしよう。

 そんな事をしたら最後、あの狂信者どもと全面戦争がはじまりそうだけど。

 

 「ふあぁ……」

 

 「ちょっとエリーゼ様こぼれてます! やっぱり一回寝たほうがいいんじゃ……」

 

 スープを掬ったまま夢の世界に旅立ちかけたせいで、ちょっとばかり粗相を起こしてしまう。

 慌てて拭き取ってから、眠気を追い払うようにぱしんと頬を叩いた。

 

 「大丈夫じゃ! 約束通り今日こそはちゃんと街の観光をするぞ!」

 

 こんなに眠いのに頑張って起きているのは、ひとえに昨夜イルシアとした約束のためだ。

 あまりにも目立ちすぎたせいで、ユーリになるべく早めにレイバールを出たほうがいいと言われてしまい、明日の昼にはもう街を出なくてはいけなくなってしまった。

 なので、ゆっくり街を回れる時間はもう今日しか残されていない。

 魔力を大量に消費した事もあって、一度寝たら夕方まで目が覚めないだろうし、イルシアの言葉に甘えて寝るわけにはいかないのだ。

 

 「私はエリーゼ様が無事に帰ってきてくれただけでも嬉しいですし、そんな無理しなくても」

 

 「そうつれない事を言うな、私も楽しみにしてたのじゃから」

 

 エリーゼ様は変なところでわがままですねとイルシアは困った表情を浮かべ、その後可笑しそうにくすりと笑った。

 

 

 

 

 夜中の騒音で私同様寝不足に陥った者が多いのか、昨日に比べて大通りを歩く人の数は少ない。

 前日のように人の波に流される事もなく、比較的快適に街を回れていた。

 

 「やっぱり人少ないですね」

 

 「あれだけの騒動があれば当然じゃろうな。寝不足の者はもちろん、王都の騎士とやらが原因を突き止めるまでは、警戒して外出を控える者も多いじゃろうし」


 その原因の一人はここで大手をふるって観光しているわけだが、それくらいは街を救った対価として許されてもいいだろう。

 

 「それに場所によってはいつもより人が多いところもあるようじゃぞ」

 

 そう言って私は大通りの先を指差す。

 私の目線の先には、昨日ゲニウスによって倒壊させられた時計塔の残骸が無残転がっていた。

 その周りを、野次馬のように多くの人たちが取り囲んで興味深そうに見物している。

 ちなみに、先に避難していたユーリとイオネによって倒壊による街への被害は最小限に抑えられたようで、けが人は出なかったらしい。

 

 「あんな立派な建物が壊されるなんて、昨日の相手は本当に強かったんですね」

 

 「そうじゃな、あれは強かった」

 

 恐らく私が戦った中では、三番目くらいには強かったとおもう。

 ちなみに一番目は私を倒した勇者、二番目はフェルナだ。 


 「そんな相手をやっつけた人が隣にいて、それを知っているのは私を含めてほんの数人だけっていうのは、ちょっと誇らしいです」

 

 「もっと褒めてくれても良いのじゃぞ? 昨日は私もずいぶん頑張ったからの」

 

 少し自慢げな表情を浮かべるイルシアに、ちょっと胸を張ってそんな冗談を言ってみる。

 すると彼女は何を思ったのか、ぽんと私の頭に手を置いた。

 

 「偉いですね、エリーゼちゃん。がんばったがんばった」

 

 そう言いながらイルシアはよしよしと私の頭を撫でる。

 

 「……すまん、私が悪かったからやめてくれ」

 

 実年齢的には私の方がだいぶ上だが、見た目の年は私もイルシアもそう変わらない。

 そんな相手に、街中でこんなことをされるのはちょっと恥ずかしかった。

 

 「確かにすごいとはおもってますけど、私とっても心配したんですからね。もうあんまり危ないことには首をつっこまないでくださいよ」 


 「わかっておる。私もそう何度もこんな騒動に巻き込まれるのはごめんじゃしの」

 

 さすがに魔王クラスと戦うことはそうないだろう、と思いたい。

 相手はエルネルト教だし、世界魔法にも手を出してるし有りえるかも……、なんていう不吉な考えを首を振って振り払う。

 

 「そういってまた厄介ごと持ってくる気しかしません……」

 

 私もそう想うが、認めるのは癪なので黙っておく。

  

 「ここが目的地じゃな」

 

 そんな話をしているうちに、目当ての場所が見えてきた。

 大通りの一角であるそこでは、道の両端に隙間なく風呂敷が引かれ、その上に様々な商品がならべられている。

 宿で聞いた話では、各地から持ち寄られた珍しい品物の売買をここ一帯で行っているらしい。

 場所代さえ払えば誰でも店を出すことができるため、個人の行商人が多く店を構えていることで有名だそうだ。

 

 「昨日は結局大本命のここにたどり着けなかったからな」

 

 「レイバールにきて商店通りに行かなかったら大損だって、宿の人も言ってましたもんね」

 

 イルシアとともに並べられた商品をゆっくり眺め、何か惹かれるものがないかを探していく。

 珍しい宝石から、武器、手作りの雑貨、この辺りでは取れない果物など、本当にいろんなものが売り出されていた。

 

 「む、面白いものが売ってるではないか」

 

 数ある商店の中に魔法が込められた道具を売っている店を見つけ、軽く手にとって商品を眺めてみる。

 技術が衰退した時代ということもあってか、ほとんどはガラクタだったが、一つだけアタリを発見した。

 くすんだ銀の指輪を手に取り、そこに刻まれている模様をそっと指でなぞる。

 

 「おぉ、嬢ちゃんなかなかお目が高いね。それはアルガス方面にある遺跡から発掘されたもんだ」

 

 「アルガスって確か、私たちが次に行こうとしている所でしたよね」

 

 イルシアのそのつぶやきに、店主のおじさんはほう、と興味深げにイルシアのことを見た。

 

 「あんたら、アルガスに行こうとしてるのか?」

 

 「通るだけで目的地はその先じゃがな」

 

 私の答えを聞いてそうかそうかと軽く笑った後、おじさんはすっと私の近くに顔を寄せる。

 

 「俺はアルガスの方から来て、その途中で今お前さんが持ってる商品を買ったんだけどよ。今少しあの辺りは面白いことになってるんだ」 


 「面白いこと?」

 

 私が首をかしげると、おじさんは少し声を低くしてあぁ、と頷いた。

 

 「というわけでその商品、買ってくれたらおまけとしてその話もおしえてやるぜ」

 

 「何かと思えばそういう事か。まったく、商魂たくましいのぉ。しょうがない、買ってやるから話を聞かせるのじゃ」

 

 そう言って店主にお金を渡し、指輪を受け取る。

 もともと買うつもりだったから別にいいが、なんか乗せられた気がしてちょっと悔しい。

 

 「それで? 面白い話というのはなんじゃ」

 

 「まぁそう急かすなよ。実はな……」

 

 もったいぶりつつおじさんはニヤリと笑い、より一層低い声で言葉を口にする。

 

 「今アルガスの近くにいくと、幽霊が出るんだってよ」


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