夜明け前に輝く太陽
解き放たれた魔力の奔流は、灼熱の熱風となって私の周囲に吹き荒れる。
ただの人間であれば近づくだけで命を落とすであろう空間が広がり、足元の草原を焼き払った。
そんな燃え盛る地獄の中においてさえ、傷だらけの黒鎧は決して怯むそぶりをみせない。
「エンチャントヴォルケーノ」
私がそう呟くのと同時に、手に持つ大剣が猛火を纏い、真っ赤に染め上げられていく。
「いくぞ」
防戦一方だった先ほどまでとは違い、今度は私から打って出る。
高熱を纏った剣をゲニウスの正面へと叩きつけ、構えられていた黒剣とぶつかり合った。
次の瞬間、地面を揺るがすほどの爆風がゲニウスを襲う。
途方もない熱風と衝撃に曝され地面に叩きつけられたゲニウスは、その反動で身体中から黒煙をあげて宙を舞った。
しかし、それで手を休めるほど私は相手を過小評価はしていない。
ゲニウスが地に落ちてくる前に次の一手を打つ。
地面に巨大な魔法陣が描かれ、煌々と赤い光を溢れさせる。
私がぎゅっと手を握りしめると、地面から生えた巨大な炎の柱がゲニウスの体を呑み込んだ。
その柱は空高くまで伸び、夜空を赤く照らしていく。
だがその火柱は、ゲニウスに放たれた黒い斬撃によって真っ二つに切り裂かれた。
火柱を散らし、地を裂きながら私を両断しようと迫り来る黒き刃を、真正面から受け止める。
何重にも重ねて展開した防御魔法が、嫌な音を立てて次々と破られていく。
「……こっのぉ!!!」
最後の一枚が破られるぎりぎりのところで、強引に斬撃をはじき返した。
明後日の方向に進路を変えたゲニウスの一撃は、草原に深い谷を作り出す。
「フレイムテンペスト!」
次の攻撃がくる前に急いで態勢を立て直し、用意していた魔法を発動させた。
私の周りを吹き荒ぶ熱風がうねりを増して、火炎を纏った竜巻へと姿を変えていく。
魔力によって生み出された三本の竜巻が、重なり合ってゲニウスへと殺到した。
ゲニウスの放った二発目の斬撃と、私の魔法が拮抗する。
けれど武に秀でたゲニウスと、魔法に秀でた私が魔力で勝負をすれば、どちらが有利かは考えるまでもない。
徐々に斬撃は押し返され、ついには夜の闇へと霧散していく。
防ぐ手立てをなくしたゲニウスは、そのまま炎の竜巻に呑まれその体を焼き尽くされていった。
「……これなら、どうじゃ」
大規模魔法を連続で行使したせいで、さすがに私にも疲れが見えてきた。
肩で息をしながら、そろそろ倒れて欲しいと薄れていく竜巻の中を睨みつける。
だが私のそんな期待もむなしく、ゲニウスは体のあちこちを焦がしながらも、一歩、また一歩とこちらへ近づいてきていた。
「本当にタフじゃのお……」
その耐久力に呆れたため息をつきながらも、これだけ力をぶつけてなお倒れない相手に、敬意と感動の念がこみ上げる。
この戦いが終わってしまうことに一抹の寂しさを感じつつも、私は最後の魔法を練り上げ始めた。
いくらタフとは言え、ゲニウスもそろそろ限界のようで、その動きはかなり鈍くなっている。
おそらく相手も、次の一撃が最後の攻撃となるだろう。
「魔王ゲニウス。我が偉大なる前任者よ。そろそろ、決着をつけようではないか」
「……」
理性がないはずのゲニウスは、まるで私の声に応えるように足を止め、剣を空へと掲げた。
黒剣に集められた魔力の量は今日感じた中でも最大のもので、ゲニウスが最後の力を振り絞っている事がわかる。
それに応えるように私も翼を広げて空へと飛び立ち、残った魔力の全てを注いで、最強の威力を誇る魔法を紡いでいく。
「おぬしとの戦い、久しぶりに血が踊った。感謝するぞ」
そう口にするのと同時に、星空に向けて掲げられた私の手の平の上で、小さな火球が生まれた。
初めは小さかった火球は私の魔力を吸い上げ、止まる事なく膨張していく。
やがて膨れ上がった炎の塊は、まるで陽光のごとくあたりをてらし、夜の闇を取り払った。
その光に抗うように、ゲニウスの剣が纏った闇も、その暗さを深く濃くしていく。
お互い準備が整った事を確認するように一瞬の間が空き、そしてついに決着の時は来た。
「これで終いじゃ。クリムゾンカタストロフィー」
私の放った魔法と、ゲニウスの打ち出した斬撃がぶつかり、せめぎ合う。
太陽のごとき火球を斬り伏せようと、漆黒の斬撃がもがき暴れるが、ついにその刃が通る事はなかった。
巨大な炎は黒い魔力を跡形もなく飲み込み、最後の一滴まで力を使い果たしたゲニウスもろとも地を焼き尽くす。
辺り一面を焦土に変えながら熱風を撒き散らし、私の目に映るもの全てを紅蓮に染めていった。
原型がわからないほど地形を変え、辺り一面が焦土と化した地を、一歩一歩踏みしめるように歩く。
その先では、あれだけの魔法の直撃を受けてなおその姿を保ったままのゲニウスの姿があった。
けれどもはやその体は動く事なく、未だ止まる気配のない煙を空へと立ち上らせている。
「見事じゃった。同胞よ、今度こそ安らかに眠るといい」
煙を上げながら佇むゲニウスへ近づき、こつんと鎧に軽く拳を当てた。
それを合図に、黒い甲冑に亀裂が入っていき、やがて砂のように崩れ落ちていく。
さらさらと風に流されていくゲニウスだったものを見つめながら、全てが終わった事にほっと息を吐いた。
「これにて一件落着、じゃな」
ふと顔を上げれば、先ほどまで満天の星空だった夜空の彼方が、薄っすらと色づいてきている。
その向こうからは、私の方へと向かってくるユーリとイオネの姿もあった。
こちらに駆け寄ってくる二人に見せつけるよう、私は拳を空高くあげて、この戦いの勝利を示す。
魔力を抑えて擬態化をほどこし、いつも通りの装いとなった私は、満面の笑顔を浮かべる二人の元へとゆっくり歩いて行った。




