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紅蓮の魔王 VS 黒剣の魔王

 私が剣を向けたのを切っ掛けに、ゲニウスも臨戦体制に入る。

 手に持つ漆黒の剣を、少し持ち上げたと思った次の瞬間、ぶれるように目の前の姿がかき消えた。

 擬態を解除したことで跳ね上がった身体能力と、手加減なしの魔力強化に物を言わせ、咄嗟に目の前に剣を構える。

 その直後、構えた剣の上から大岩でも降ってきたかのような衝撃が私を襲った。

 私が立つ地面はその衝撃でひび割れ、放射状に床が剥がれ飛んでいく。

 

 「さっすがに、重い、のぉ……!」

 

 そこらの魔族や人間相手なら、今の一撃で勝負がついていただろう。

 けれどその黒剣が私の頭を二つに両断する事は叶わず、ギリギリのところで押しとどめられた。

 

 「だが、その程度では私は倒せんぞ!」

 

 斬りかかってきたゲニウスを押し返すように、全力を込めて剣を振り抜く。

 剣に持ち上げられるようにはじき返されたゲニウスの身体は、私の強化された腕力によって天井まで一直線に運ばれていった。

 ずしん、と重い音をたてて頭上で土煙が上がり、ぱらぱらと天井が剥がれ落ちてくる。

 煙の向こうでは、天井に身体をのめりこませ、半身が埋まったゲニウスの姿があった。

 

 この絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。

 ゲニウスの姿を視界にとらえながら、大きく息を吸い込む。

 同時に私の顔の前に紅い陣が展開され、その魔法陣に吹き込むように息を吐き出した。

 陣を通った息は灼熱の焔弾となり、天井のゲニウスを燃やし尽くそうと襲い掛かる。

 着弾と同時に炎は天井を埋め尽くし、頭上が炎の海に飲み込まれた。

 

 真っ赤に燃え広がる炎の中で、黒い光が煌めいたのを私の眼が捉える。

 同時に口を閉じてブレスを止め、全力で身体をひねった。

 スカートを翻しながら宙を舞う私の真横で、漆黒の斬撃が地面を切り裂き、なお止まることなく深い谷間を作り出していく。

 

 「さすがにこれを真正面から受けたら私も真っ二つじゃな」

 

 一息ついて体制を整えたところで、ゲニウスも天井から脱出して地面へと落ちてきた。

 着地したその鎧姿には、焦げ目の一つもついておらず、大したダメージを負った気配もない。

 

 「今のブレス、結構本気じゃったというのに、傷一つ付けられんか」

 

 予想はしていたが、実際に目でみるとそれなりに衝撃を受ける。

 真っ向から今のを防がれるとなると、なかなかアレを倒すのは骨が折れそうだ。

 

 再びゲニウスの姿が掻き消え、一瞬で私の懐まで潜り込まれる。

 さすがにこれだけ早いと肉眼で追う事はできないが、魔法への適性が高い私は、魔力の流れを追う事でその動きについていく。

 目では一切捉える事のできない連撃が、私に容赦なく打ち付けられた。

 一撃一撃が必殺の威力を秘めるその攻撃を、最小限の動きで弾きかえす。

 

 私の剣とゲニウスの剣がぶつかり合うたびに生まれる衝撃が、暴れ狂う破壊の拳となって地面をえぐり、壁を破壊し、柱を崩壊させていった。

 地下の壁面には幾筋ものヒビが入り、私たちが剣を打ち付け合うたびに亀裂を大きくしていく。

 天井から降り注ぐ土や砂は徐々にその量を増し、もはやこの空間が崩れ落ちるのも時間の問題だった。

 

 「ユーリ、イオネ! ここはそう長くは持たん、すぐに塔から脱出しろ!」 

 

 ゲニウスの苛烈な攻撃を受け流しながら、ユーリ達に避難するよう叫ぶ。

 さすがにこの規格外な相手と戦いながら二人の面倒を見ている余裕はなかった。

 横目でユーリが頷いたのを確認し、再びゲニウスの攻撃を捌くのに集中する。 


 「疲れ知らずも、いいところじゃな!」

 

 額に汗を浮かべる私とは対照的に、ゲニウスはその動きに一寸の衰えさえ見せていない。

 このまま打ち合いを続けれれば、いずれ致命的な一撃が私に叩き込まれるのは目に見えていた。


 「まったく、そもそも私は近接戦は苦手なんじゃ」

 

 そう文句を言ってはみても、蘇生魔法の反動で理性が完全に吹き飛んでいるゲニウスは聞く耳を持たない。

 容赦なく私を壊そうと剣を振るい続ける。

 

 「……そろそろじゃな」

 

 ひたすら防戦に徹していた私は、ユーリとイオネが地下から脱出したのを確認して、反撃の準備が整った事を理解する。

 今までゲニウスの攻撃をひたすらさばき続けてきた私が、この打ち合いで初めて自分から攻撃を仕掛けた。

 私の頭を狙って放たれた攻撃を弾き飛ばし、片手をゲニウスの腹へと当てる。

 

 「喰らえ、エクスプロード」

 

 準備していた魔法が発動し、至近距離で放たれた手加減なしの魔法がゲニウスの身体を襲った。

 指向性を持った爆発が一点に叩き込まれ、旧種の魔物すら一撃で葬った破壊力が黒鎧を吹き飛ばす。

 爆煙に煽られ、目にも留まらぬ速さで吹き飛ばされたゲニウスは、凄まじい破裂音を響かせて壁に叩きつけられた。

 その衝撃で地下の空間に入っていた亀裂はさらに広がり、もはや崩壊一歩手前といった感じだ。

 

 「ほら、おぬしの目当てははこっちじゃ、ついてこい!」

 

 今の一撃で倒れてくれればと思いはしたが、案の定ゲニウスは何事もなかったかのようにその身体を起こす。

 それを確認してから私は、地上へと繋がる階段に向かって駆け出した。

 

 地下の出口にたどり着いた私は、階段に足をかけ、強化した脚力を使って全力で跳ぶ。

 悪寒を感じるほどの魔力が、猛スピードでこちらに突っ込んできているのを感じていた私は、間一髪でゲニウスの突進をよけた。

 その衝撃で階段も崩れていくが、気にせず残った足場を使って螺旋状の階段を駆け上がる。

 

 「あんな場所で戦っていては、おちおち魔法も使えんからな」

 

 生き埋めにされるのを恐れながらでは、全力を振るおうにも振るえない。

 ゲニウスを狩るには、もっと相応しい戦場を用意する必要があった。

 

 私が通った足場をたどるように、ゲニウスも階段をかけ上がってくる。

 思惑通り、彼は私にしか興味がないようで、滅茶苦茶に塔の壁を壊しながらもちゃんとついてきていた。

 後ろを向き、ゲニウスの攻撃を弾き返しながら、バックステップで階段をのぼる。

 攻撃の余波で壁は崩壊し、足場は崩れ、どんどんと時計塔はその原型をなくしていった。

 足場を踏み外さないようにだけ注意をしながら、その他の神経を全てゲニウスの攻撃を防ぐことに割き、ギリギリのところで剣を避け続ける。

 

 かなりの時間を費やしながらも死の鬼ごっこを逃げ切り、ようやく塔の頂上が見えてきた。

 ほっとしたのも束の間、今までで一番大きな破砕音が塔の下の方で鳴り響き、ついに限界を迎えた時計塔が崩壊を始める。

 辺り一面に亀裂が入り、壁も足場も、有無を言わせず崩れ落ちていく。

 ここまできたら腹をくくるしかないと、残った足場を使って全力で塔の上の方へと跳んだ。

 

 空中に浮いた私を捉えたゲニウスは、凄まじい魔力を秘めた黒剣を構え、この勝負に決着をつけようとばかりに腰を落とす。

 その姿に今日一番の死の気配を感じつつも、この体勢ではもはや避けることもままならないと覚悟を決め、ゲニウスの攻撃を迎え撃つため全力の防御魔法を前方に張った。

 

 瞬間、私の視界は真っ黒に染まり、今まで経験したこともないような衝撃によって何の抵抗もできずに弾き飛ばされた。

 身体はやすやすと塔の天井を突き破り、眼下には夜の闇と、煌めくレイバールの街並みが広がる。

 暗闇に溶け込むような黒い魔力をまとったゲニウスの突きは、塔を貫いてなお衰えを見せず、私の身体をさらに高くへと押し上げた。

 

 急速に小さくなっていく街の光と、崩れ落ちていく時計塔を見つめながら、勝利を確信した私は笑みを浮かべる。

 ゲニウスの渾身の一撃でさえ、私の防御魔法を打ち破ることは叶わず、すでに私を打ち上げる力も失速し始めていた。

 必殺の一撃を防ぎきってみせた私は、今度はこちらの番だとばかりに身を翻し、夜空を落ちるように舞う。

 

 ある程度の位置まで高度を下げたところで、翼を広げ空中に身体を固定する。

 見上げた視線の先では、魔力による推進力を失い、落下に転じたゲニウスの姿があった。

 肘を引き、落ち行く黒鎧に狙いを定め、私は拳に魔力を込める。

 

 迸る魔力を握り締めた拳にまとい、紅蓮の焔が燃え上がるように腕を包む。

 拳の先には幾重にも魔法陣が展開され、煌々と輝きを放っていた。

 

 「喰らうがいいゲニウス。幾多の魔族を地に沈めてきた、私の拳を!」

 

 そしてついに、ゲニウスの高度が私と同じ位置まで下がる。

 そのタイミングを見計らって、禍々しい黒鎧に全力を込めた拳を撃ち込んだ。

 振り抜かれた拳は鎧をえぐり、先ほど私に放たれた黒剣による突きと同じくらいの威力をもって、ゲニウスの身体を吹き飛ばす。

 紅い筋を描きながら、ゲニウスはレイバールを囲う城壁を超え、遥か先の草原へと着弾した。

 地を揺るがすほどの轟音とともに、崩壊する前の時計塔と同じくらいの高さまで土煙が上がる。

 

 だがこれだけではまだゲニウスを討ち取るには足りない。

 あくまで今のは、私が全力を出すための条件が整っただけだ。

 

 それを証明するかのように、土煙があがった方向からは、強大な魔力が未だ健在であることが伝わってきた。

 その感覚をたどりながら、翼をはためかせて、ゲニウスが飛んで行った方に向かって急降下する。

 

 ゲニウスが地面と衝突して出来たであろう大穴が、私の視界に入ったと同時に、煙の中から何本もの黒い斬撃が夜空に向かって放たれた。

 翼で旋回しながらその全てをかわし、まだ原型をとどめている地面を見つけて降り立つ。

 

 「なかなかのタフさじゃ。それでこそ、倒しがいがある」

 

 煙をかき分け、あちこちがひしゃげた鎧姿を晒しながらも、ゲニウスはしっかりとした足取りで再び私の前に姿を表した。

 その姿を目にして、まだまだ激闘に身を溺れさせることができる事に、心が震えるほどの感動が胸中を焦がす。

 

 「さぁゲニウス、仕切り直しといこうではないか」

 

 再び剣を構えなおし、ゲニウスと相対する。

 この広い草原では、もはや周りを気にする必要もなく、住民を巻き込む心配もない。

 心置きなく、私の本領である魔法の力を振るうことができる。

 

 「覚悟しろ黒剣の魔王。ここから先は、私の番じゃ」

 

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