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魔王エリーゼ

 「……わかった、任せたぞユーリ」

 

 「任されました。イオネをお願いします」

 

 ちらりと私の方に振り向いたユーリと目線をあわせ、コクリと頷く。

 再びデニルと向き合ったユーリは、光り輝く剣を手に力強く前へと踏み込んだ。

  

 「聖剣を扱えるようになっていたのは意外でしたね」

 

 「僕も王族もエルネルト教は信用してないからね。できるだけ実力は隠しておいたのさ」

  

 一気に距離を詰め、デニルを聖剣の間合いに捉える。

 目にも止まらぬ速さで剣を振るい、胴を両断しようと聖剣がデニルに迫った。

 だが聖剣はデニルの体に当たると同時に、甲高い金属音をたてて弾かれてしまう。 


 「なっ!?」

  

 「隠しておいた実力というのはその程度ですか?」

 

 確かに直撃したはずなのに、表情一つ変えることなくデニルは手に持った杖を振るった。

 同時に、幾つもの黒い玉がデニルの周囲に浮かび上がり、次の瞬間ユーリに無数の弾丸となって襲いかかる。

 聖剣で弾きながら後ずさり、なんとか事なきを得るが、再びデニルとユーリの間に大きな距離が生まれてしまった。

 

 「まだまだ、一息つくのは早いですよ」

 

 コン!と音を立てながらデニルが杖尻を床に打ち付けると、地面がめくり上がり黒い触手が何本も生えてユーリへと殺到する。

 襲いかかる触手を聖剣で叩き切るが、最後の一本を捌ききれず鈍い一撃を体に食らってしまった。

 

 「……無茶しおって」

 

 戦況を見守っていた私は、軽く舌打ちをする。

 ここで手助けをするのは簡単だが、それはユーリに失礼というものだろう。

 ユーリを信じ、後ろ髪引かれる思いを振り切りながら、隙を見て祭壇の方へと駆け出す。

 

 「おっと、そちらには行かせませんよ!」

  

 しかしそうやすやすと通してくれる気はないらしく、攻撃対象を変えた触手が私へと襲い掛かってきた。

 

 「よそ見をするなよデニル、お前の相手はこの僕だ」

 

 しかしその攻撃は私にたどり着く事はなく、すぐさま態勢を整えたユーリによって、全ての触手が切り落とされる。

 彼の表情からはいつもの飄々とした雰囲気は消え失せていて、目には確かな闘志がともっていた。

 

 「行ってください、エリーゼさん」

 

 敵を睨みつけたままそう口にするユーリの言葉に頷き、私は未だ意識を失ったままのイオネの方へと駆け抜ける。

 背後では再び戦闘が始まったようで、激しい金属音が鳴り響いた。

 

 祭壇に近づくにつれて、吐き気を催すほどの濃さを増していく魔力に耐えながら、イオネの元へとたどり着く。

 致命傷は追っておらず、ただ壁に打ち付けられた衝撃で気絶しているだけのようで、ほっと溜息をついた。

 急いで回復魔法をかけ、イオネの目を覚まさせる。

 

 「……あれ、エリーゼ、さん」

 

 「気がついたか。ここは危険じゃ、逃げるぞ」

 

 「……デニル、は?」 


 ゆっくりとまぶたを開けたイオネの体を抱きかかえ、ユーリの方へと向かせる。

 その先では、本気を出したユーリが徐々にではあるがデニルを圧倒し始めていた。

 

 「大丈夫、今ユーリが相手をしているところじゃ」

 

 「……ユーリさんなら、大丈夫ですよね」

 

 魔族である彼も、ユーリの事を信頼しているのだろう。

 デニルを追い詰めていくユーリをみて、少しだけ安心した表情を浮かべた。

 

 「まさか勇者が魔族の身を案じ、魔族が勇者を信頼するなんて光景を目にする時が来るとはな」

 

 不思議な事もあるものだとつぶやいて、イオネの小柄な体を抱き上げる。

 

 「……ゲニウスの復活は、もう止められないんですか?」

 

 「無理じゃろうな。発動した世界魔法に下手に干渉をすれば、もっと悲惨な事態を引き起こしかねん」

 

 ただでさえ制御ができない世界魔法に、外から手をだすのは自殺行為だ。 

 それならば、復活したゲニウスをもう一度死なせる方が確実だろう。

 どんどん加速していく魔力の流れを睨みつけながら、何もできない事を歯がゆく思いつつも祭壇を駆け下りる。 

 この魔力のペースならば、もう間もなくゲニウスの復活は完了するはずだ。


 「ユーリ、もう時間がないぞ!」

 

 安全なところまでイオネを運び、いまだデニルと激闘を繰り広げるユーリに声をかける。

 さすがに返事をする余裕はないようで、わかっていると頭を上下に揺らして答えた。


 「息が上がってきていますよユーリ様!」

 

 「こっ……のぉっ……!!」

 

 押しつ押されつ、双方の実力はまさに互角といったところだ。

 デニルが放つ触手をユーリが切り飛ばし、ユーリの剣を変質したデニルの体が防いで、再び攻撃に転じたデニルの魔法をユーリが避ける。

 二人の攻撃がぶつかり合うたびに空気は揺れ、魔力が迸り、あたりの地面はえぐれていった。

  

 片や聖剣の奇跡に選ばれた者、片や禁忌の魔法に手を染めた者。

 お互い人間を超えた力を振るう二人は、一歩も譲らずその力をぶつけあう。


 「……バカな、なぜ倒れないのですか。なぜまだ力尽きない。なぜ、一太刀ごとに強くなっていく!」

 

 けれど、その拮抗状態は長くは続かない。

 より眩しく、より力強く輝いていく彼の聖剣のように、ユーリの動きもまたどんどんと洗練された物になっていく。

 それにつられるように、デニルの声にも焦りが滲み始めた。


 「戦いの中で成長する、か。勇者というのはどいつもこいつも、追い込まれないと本気になれないのが玉に瑕じゃな」

 

 その光景に、かつて戦った男の顔を思い出す。

 魔王城で私に立ち向かい、戦いの中でさらなる高みへ上り詰め、ついには最強と呼ばれた魔王を封印して見せた彼を。

 

 「ユーリ! この私が保証してやる、お前は強い! いまこそ最弱と呼ばれた汚名を返上して、その男を斬り伏せるが良い!」

 

 人間たちが軒並み力を失い、勇者もまた力を衰えさせたこの時代。

 確かに全盛期に聖剣を振るった勇者達と比べれば、ユーリの力はまだまだ弱いと言わざるを得ない。

 けれど強敵に果敢に立ち向かうその姿は確かに、私が唯一恐れた勇者という存在、その一片を宿している事は間違いなかった。


 「はぁっ!」

 

 傷だらけになりながらも、ついにユーリはデニルの攻撃をくぐりぬけ、その片腕を切り落とす。

 硬質化した体すら両断して見せたユーリに、デニルは苦悶の表情を浮かべ一歩後ずさった。


 「たしかに、少しユーリ様を甘く見ていたようです。ですが……」

 

 ぜいぜいと肩で息をし、血まみれになりながらもデニルはまだ倒れる様子を見せない。

 切り落とされた腕も、さきほどイオネに胸を突かれた時と同じように、時間を巻き戻すように回復し始めた。

 

 「持久戦になれば私の勝利は必至、初めからあなたに勝ち目などないのですよ!」

 

 再生した腕を振るい、狂ったように笑い声をあげながらユーリに魔法を放つ。

 

 「そんなこと、僕だってわかっているさ」

 

 だが再生に用いたほんの少しの時間、それがデニルに致命的な隙を与えていた。

 向かってくる魔法に臆しもせず、ユーリは真正面に聖剣を構える。

 存在するだけで空気を震わせ、魔王すら滅ぼす力を秘めた聖剣を、デニルにむかって振り抜いた。

 

 聖剣から放たれた極光が視界を埋め尽くし、膨大な破壊力を秘めた光の奔流が、向かってきた魔法ごとデニルの体を飲み込む。

 それでもなお勢いはとどまることを知らず、眩い斬撃は神殿の一部を削り取りながら壁に大穴をあけて突き進んだ。

 

 「見事じゃ」

 

 光の奔流が収まった後には、回復する隙すら与えられず、一片の肉片も残さず消し飛んだデニルという敗者と、目を閉じ、己の持つ全てを出し切ったユーリという勝者の姿があった。

 魔力の枯渇でふらりと地面に倒れそうになるユーリに駆け寄って、その体を抱きかかえる。

 

 「よくやったなユーリ。おぬしの勇姿、私もイオネもしっかり見届けたぞ」

 

 「それは、光栄です。……少し力を使いすぎたみたいだ、迷惑かけてすみません」

 

 力なく私に体重を預けるユーリを、仕方ないなとおぶってイオネの隣へと運んだ。


 と、その時だ。


 ユーリを地面に寝かせるのと同時に、祭壇の方から悪寒を伴うような魔力が溢れ、地鳴りのようなうめき声が聞こえて来る。

 首を絞められるかのような圧力が私たちを襲い、息をすることすらためらうような圧倒的な存在感が地下の空間を支配した。

 

 「こ、れは……」

 

 脱力しきり、力の入らない体でユーリが絞り出すように声を上げる。

 イオネは真っ青な顔で震え上がり、とても動けるような状態ではないようだ。

 

 「ようやく最後の敵がお出ましのようじゃぞ」

 

 「ありえない、こんな、僕たちの想像をはるかに超えてる……!」

 

 今しがたデニルという強敵を下し、圧倒的な力を見せつけたユーリでさえ、その声には怯えが混じっている。

 力を出し切った今はもちろん、全快の状態ですら勝負にならないだろうという絶望感が、ユーリを呑み込んでいるようだった。

 

 そしてついに復活した魔王ゲニウスは、祭壇を破壊しつくしその姿を表す。

 黒い甲冑で身を包み、手には漆黒の剣を持ち、全身に死の気配を纏ったその姿は、まさに死神とでもいうべきか。

 魔王と呼ばれ恐れられるに相応しい風貌を私たちにみせつけるように、ゆっくりとこちらに向かって歩き出す。

 

 「あんなやつ、どうしろっていうんだ……」

 

 絶望に顔を歪ませるユーリの顔を見ながら、私はそっと立ち上がる。

 ここから先はイオネとユーリには少々荷が重い。

 ようやく、私の出番が回ってきたといったところか。

 

 村でもらった剣に魔力を宿し、背丈ほどの大剣を構える。

 押しつぶすような威圧感にも一歩も引かず、私は二人をかばうようにゲニウスの前に立ちはだかった。

 

 「無理だエリーゼさん! いくらあなたでもあれ相手に一人だけでは!」

 

 「そんな状態で何を抜かすのかと思えば。私にできなければ誰がこれを止めるというのじゃ」

 

 その言葉に、ユーリは俯いて口を紡ぐ。

 どれだけ無謀だとわかっていても、ここで止めなければならないということは痛いほどユーリもわかっているだろう。

 イオネも何かを言いたそうにしているが、この状況で口にすべき言葉が見つからないようで、不安そうな目で私を見ていた。 

 そんな二人の様子に、私は小さく苦笑を浮かべる。

 

 「全く、三百年ぶりに目覚めてみれば、この時代は本当に、魔族も人間も雑魚ばかりで世話がやける」

 

 無論、こんなところで命をかける気などさらさらない。

 まだまだやりたいことが残ってるし、フェルナにも会わなければならない。

 なにより明日は、イルシアと出かける約束をしているのだ。

 こんな奴に、負けてやるわけにはいかない。

 

 「擬態、解除」

 

 押さえ込んでいた力を全て解放し、淡々とした口調で呟いた。


 同時に、私の額から髪をかき分け、天を衝く一対の角が生える。


 背中からは真紅の翼が服を破ってその姿を現し、腰の付け根から伸びた力強くしなる尻尾が地面を叩いた。

 

 魔物としての特徴を解放し、私の真の姿をさらけ出す。

 

 「この姿は、私を倒した勇者にすら見せたことのないとっておきじゃ」


 体の底から溢れ出る真紅の魔力は、ゲニウスの圧倒的な威圧感すら押し返し、私という存在の強大さを知らしめる。

 変貌した私の姿を見て、今度こそユーリとイオネは完全に言葉を失ったようだった。


 久しぶりに感じる、体中をめぐる熱い魔力の奔流に心地よく身を委ね、私はニヤリと口角を吊り上げる。

 目の前の敵は過去の魔王、強者との戦いを求める魔族にとって、これ以上の好敵手は他にいない。


 それは蘇ったばかりのゲニウスも同じようで、黒い甲冑の中で怪しく光る瞳は、完全に私へと狙いを定めていた。

 その瞳に射抜かれ、ぞくぞくとした感覚が背筋を駆け上がる。


 魔族の本能が叫ぶまま、私は剣をゲニウスへと突きつけた。 


 「そこで大人しく見ておけ二人とも。最強と謳われた魔王の本気、しかと目に焼き付けるがいい!」


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