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今代の勇者

 時計塔の最上部に取り付けられている扉を蹴破って塔の中へと侵入する。

 塔の内部には壁伝いに螺旋状の階段があるだけで最下層まで何もなく、暗がりの向こう側にうっすらと地面が見えた。

 

 「入口があるならわざわざ外からかけ登らなくてもよかったんじゃないか?」

 

 「私はまどろっこしいのは嫌いなんじゃ。というわけで先に行くぞ」

 

 ユーリとイオネを置いて、私は暗い塔の内部へ身を投げ出した。

 風が髪を巻き上げ、頬が押し上げられる感覚を感じながら、急速に近づいていく地面を見つめる。

 床にぶつかるすれすれのところで魔法を発動し、衝突の衝撃を殺して着地した。 


 「ここが一番魔力の濃度が濃いようじゃが、ぱっとみ何もないのお」

 

 外から入ってくるわずかな光を頼りにあたりを見回すが、変わったところはない。

 人影もないようだし、もちろん遺骨らしきものもなかった。

 だが依然足元からは通常ではありえない濃度の魔力が感じ取れるし、ここが一番怪しいのには間違いない。

 

 「エリーゼさん、なにかおかしなものはありましたか?」

 

 遅れて階段を駆け下りながら声をかけてきたユーリの問いに、私は首を振って答える。

 

 「何もないようじゃな。となると、おそらくもっと下じゃ」

 

 「下?」

 

 ユーリが首をかしげるのと同時に、私は拳に力を込めて思いっきり地面を殴りつけた。

 地響きを鳴らしながら裂けるように私の前の地面が割れ、隠されていたらしい階段とぽっかりと空いた空間が現れる。

 中からは立ち込めるように魔力が溢れ出ていて、思わず眉をしかめるほどだ。

 

 「大正解のようじゃな」

 

 「……魔族がみんな脳筋だって噂は、本当だったんだな」

 

 「おいユーリ、今すぐその不名誉な呼び方を撤回するのじゃ」

 

 誰が脳筋かと文句をいいつつ、現れた地下へと続く階段を一段一段降りていく。

 壁には蝋燭が備え付けられていて、ゆらゆらと暗がりを照らしていた。

 

 「これは、すごいな……」

 

 あたりに蔓延する異常なほど濃密な魔力にユーリも気がついたようで、顔をしかめながら後ろを歩いている。

 魔力に対する感知能力がある者にとっては、この空間は強烈な匂いで満たされているようなものだった。

 

 「これだけの魔力があれば、魔王クラスとて蘇らせることも可能じゃろうな」

 

 魔力による感知に期待ができないため、五感に頼りながら探り探り階段を降りていく。

 どうやら地下はかなりの広さがあるようで、蝋燭の炎に照らされて見える場所を見る限りでは、神殿のような作りになっているようだった。

 

 「ここに、ゲニウスの遺骨があるのか」

 

 「うむ、そして術者である首謀者もここにおるじゃろうな」

 

 「……ついに決戦ですね」

 

 最後の一段を降り、地下の広大な空間へとたどり着く。

 地面にはまるで誘導するかのように蝋燭が置かれていて、部屋の奥へと続いていた。

 

 「さて、最後の仕事じゃ。準備はいいな二人とも」

 

 「いつのまにかすっかりエリーゼさんが仕切ってるのが気になるけど、僕は問題ないよ」

 

 「……同じく、ばっちりです」

 

 お互いに準備が整ったのを確認し、部屋の奥へと歩みを進める。

 だんだんと目が慣れてくると、奥の方に祭壇のような物が設置されているのが見えてきた。

 

 「あれか」


 祭壇にはいままでと同じ白装束が数人控えているのが見て取れる。

 だがその衣装は街道や街の地下にいた物たちと違い、装飾が施され豪華な物となっていた。

 その中でただひとりだけ、フードをとって素顔をさらしている物がいる。

 その人物は私たちの存在に気がついたようで、ゆっくりとこちら側を向いた。

 

 「これはこれは、お待ちしておりましたよユーリ様」 


 「デニル卿、あなたが裏で糸を引いていたのか!」

 

 ユーリが熱のこもった声でそう叫んでいるのを、私は冷めた目で眺める。

 

 「なぁユーリ、盛り上がるのは構わんが、私はあのおっさんを知らんのでノリについていけんのじゃが」

 

 「……彼はデニル卿といって、エルネルト教の重鎮のひとりです。僕も何度か顔を合わせたことがある」

  

 思いっきり緊張感をぶち壊されたユーリが、ぶすっと不満げにそう答えた。

 なるほどと納得し、改めてデニル卿と呼ばれた眼鏡のおっさんを睨みつける。

 

 「おいそこの眼鏡! 貴様身の程も知らずに禁忌魔法を使おうとしているらしいな!」

 

 「勇ましいお嬢さんですね。そこまでわかっていて怖気つく気配もないとは、さすが勇者のお仲間といったところだ」

 

 誰が仲間だと文句の一つも言ってやりたいところだが、それを言い始めると面倒なことになりそうなのでぐっと押し黙った。

 

 「その企てもここまでだデニル卿! あなたを打ち倒し、ゲニウスの復活は阻止させてもらう!」

 

 どうやら空気を取り戻したらしいユーリが、再び熱のこもった声でそう叫ぶ。

 だがデニルはその言葉がおかしくてたまらないというように顔に手を当て、高らかに笑い始めた。

  

 「無駄ですよユーリ様。あなたたちは勘違いをしている。ゲニウス復活の準備は、とうの昔にすんでいるのですから!」

 

 「それはどうかのう、やれイオネ!」

 

 私の掛け声と同時に、姿を消してデニルに近づいていたイオネが攻撃に転じる。

 回避する間も無くイオネが持つ短刀に胸を貫かれ、デニルは口から鮮血を溢れさせた。

 

 「……油断大敵」

 

 イオネがそう呟くのと同時にデニルの体は崩れ落ち、彼の付き人であろう白装束たちが慌ててイオネを捕らえようと手を伸ばす。

 だがその手が届く前に、私が放った炎の矢が寸分たがわず彼らの頭を打ち抜いた。

 

 「これにて一件落着、じゃな」

 

 「……僕の出番、なかったんだけど」

 

 啖呵を切ったものの何もせずに終わってしまい、ユーリがしょんぼりと肩を落とす。

 それを笑ってやろうとユーリに近づこうとしたとき、おぞましい気配が祭壇の方から溢れ出してきた。

 

 「まずい! そこからはなれるんじゃイオネ!」

 

 「……え?」

 

 だがイオネが反応するより早く、彼の体は見えない何かに殴られたように吹き飛び、壁に叩きつけられた。

 その衝撃で意識を失い、ズルズルと地面に倒れこむ。


 「イオネ!」

 

 焦って飛び出そうとするユーリを手で制し、そのまま貫かれたはずのデニルを睨みつける。

 

 「禁忌魔法、とまではいかないようじゃが、それに近い魔法をつかっているようじゃな」

 

 そう呟く私の前では、時間が巻き戻るようにこぼれ落ちたはずの血が体の中に戻っていき、恐ろしいほどの速さで傷口がふさがっていくデニルの姿があった。

 

 「残念、私を殺したいのでは胸ではなく頭を狙うべきでしたね」

 

 ふう、とため息をつきながら何事もなかったように立ち上がるデニルの姿を見て、思わず舌打ちをする。

 

 「それでは改めて、魔王ゲニウス復活の儀を執り行うとしましょう」

 

 そう言い放ち、デニルがパチンと指を弾いた瞬間、あたりに漂っていた濃密な魔力が渦を巻いて祭壇の方へと集まっていく。

 

 「なんとかしないと、このままじゃゲニウスが復活してしまう!」

 

 「無駄じゃ、もう魔法は発動した。ゲニウスの復活は止められんじゃろう」

 

 淡々としたその言葉に激情にかられたユーリが詰め寄ろうとするが、私の表情を見てその手を止めた。

 

 「落ち着けユーリ。貴様は勇者、人間達の希望なのじゃぞ。ここで取り乱してどうする」

 

 「……感情に任せても事態は好転しない、か。エリーゼさんの言う通りだ」

 

 落ち着くようにふうと深呼吸し、理性を取り戻した目でユーリは改めて祭壇の方へと向き直る。

 

 「おや、止めなくていいのですか?」

 

 「挑発は無視するのじゃユーリ。ゲニウスを叩くのは復活した直後、それまでに何としてもあの眼鏡を片付けるぞ」

 

 「わかりました。デニル、覚悟しろよ」

 

 私たちが自分の挑発にのってこないとわかったのか、デニルはやれやれと首を振って祭壇から降りてきた。

 

 「仕方がありませんね。魔法は発動しても復活まではもう少し時間が掛かる。その間は、私が遊び相手になってあげましょう」

 

 そう言いながらデニルは、聖職者とは思えない邪悪な笑みを浮かべ私とユーリの前に立ちはだかる。

 

 「よし行くぞユーリ、さっさとこいつを片付けて……」

 

 「待ってくださいエリーゼさん」

 

 攻撃をしかけようとしたところで、ユーリが私を遮るように前に立った。

 そのまま剣を構え、デニルを睨みつける。

 

 「エリーゼさんはゲニウスとの戦いのために力を温存しておいてください。それに、人間が引き起こした非道の責任は、人間がとるべきだ」

 

 「ほう、あなた一人で私の相手をすると? 歴代最弱の勇者と呼ばれたあなたには、少々荷が重いと思われますが」

 

 デニルのその言葉に、ユーリは初めて私に見せる挑発的な笑みを浮かべた。

 

 「歴代最弱、か。今の面倒な情勢だと力を誇示してもいいことなんてなにもないんでね」

 

 ユーリが言葉を紡ぐのと同時に、彼が持つ剣が徐々に光り輝いていく。

 忘れもしない、かつて私が勇者相手に敗れた時と同じ力が、輝く剣からほとばしり始めた。

 

 「いくぞデニル。今代の勇者を敵に回したこと、後悔させてやる」

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