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交易都市の正体

 薄暗い街中を、イルシアの待つ宿屋に向けて私たち三人は全力で走っていた。

 こちらが探りをいれていたことが筒抜けだったことに加え、白装束から情報を得られなかった以上、もはや一刻の猶予もないだろう。


 「それにしても本当にエリーゼさんの言う通りだったね」

 

 「あぁ、待ち構えられていたことか? 私の中では五分五分といったところじゃったがな」

  

 突入前、私はユーリとイオネに対して、遺骨取引の情報はわざとつかまされた情報の可能性が有ることを話していた。

 私の考えている魔力の補給方法は、とんでもなく長い時間をかけて準備をする必要があるため、遺骨だけを今更になって運び込む必要性が見えなかったからだ。

 むしろ遺骨は最初からこの街のどこかに保管されていて、邪魔をされないようわざと勇者達に偽の情報を流し、あわよくばユーリを始末しようとしていたのではないかと睨んでいる。

 

 「白装束からの情報は得られなかったけど、エリーゼさんの推測が当たってる裏付けはとれたわけだ」

 

 「じゃな。あとはイルシア次第といったところか」

 

 イルシアの働きに期待し、私たちが泊まっている宿屋を目指す。

 最後の決定打をイルシアが掴んでくれてさえいれば、芋づる式にゲニウスの遺骨の在り処もわかるはずだ。

 

 「……イルシアさん、でしたか。ただの人間の彼女に何を頼んだんですか」

 

 今まで無言で後ろを走っていたイオネが、不思議そうに疑問を口にする。

 その言葉の中には、この危険な案件の中に彼女ができることが有るとは思えないという気持ちがにじみ出ていた。

 

 「少々調べごとをな。村の危機に私を呼び起こしてみせた勘の良さを、今回も見せてくれることを期待しよう」

 

 

 

 ようやく見えてきた宿屋の入り口では、私たちの帰りをずっとまっていたのか、きょろきょろと辺りを見回しながらイルシアが立っていた。

 彼女の視線が私たちの姿をとらえると、その表情にぱぁっと明るい笑顔が広がる。

 

 「待たせたイルシア! どうじゃ、頼んでいたものを見つけられたか?」

 

 「はい、ばっちりです。多分間違いないはずと思います」

 

 私の問いに、イルシアは自信満々といったように頷いた。

 その反応に思わず私も笑顔を溢れさせる。

 

 「そろそろ何を探していたのか、教えてくれてもいいんじゃないかな?」

 

 隣で話についていけないとユーリが愚痴をこぼす。

 イルシアによって確証もとれた以上、もう隠しておく必要もないだろう。

 

 「その前に魔力の供給源がなんなのかを教えてやる。それは、この街に滞在している人間全員じゃ」

 

 「……なんだって?」


 私の言葉にユーリの顔が険しくなる。

 

 「なに、ゲニウス復活と同時に住民全員の魔力が吸い取られて死ぬ、なんてことはないから安心せい」

 

 イルシアが住民全員信徒という話をした時に、私も真っ先にその可能性を疑ったが、さすがにそれだけの大規模な魔法を行使していれば私も気がつく。

 私にも感知されないほど地味で、かつ大量の魔力を貯めるならば長い時間をかけるしかないと考えて至った結論だ。

 

 「私が想像するに、エルネルト教の連中はこのレイバールを建設し始めた時から今回の計画を考えていたのではないかと思う。この街そのものに仕掛けを組み込み、魔力を集める方法を確立したのじゃ」

 

 「そしてそこまで考えたエリーゼ様は、その仕組みを暴くため、私にあるものを見つけて欲しいと頼みました」

 

 私の言葉の続きを、イルシアが引き取って口にする。

  

 「頼まれた探し物は、一見無造作に増築されたこの街で計画的に配置されている建造物。街中走り回った結果、確かにエリーゼ様の言う通り不自然に整って配置されている物が一つだけありました」

 

 そう言ってイルシアは、私たちの後ろを指差した。

 その先には、暗い街中を一際強い明かりで照らしている街灯がある。

 

 「あの街灯だけは、この街で必ず一定の間隔を置いて設置されてます」

 

 そう言ってイルシアは手に持っていた街の地図をみせ、街灯があった場所の印が書き込まれたそれを私に見せた。

 

 「さすがに全部は調べきれませんでしたが、わたしが回ったところだけでもこれだけ綺麗に設置されていました」

 

 地図に書き込まれた印の配置を見て、わたしはニヤリと唇の端を持ち上げる。

 

 「でかしたイルシア!」

 

 街灯が明かりを発するためには、確か魔石を用いているはずだ。

 これで私の考えていた方法を実現するために必要な物は全て揃った。

 

 「ごめん、話がさっぱりみえないんだけど」

 

 いまだに理解していないユーリと、同じくよくわかっていないらしいイオネは、少し非難の視線を込めて私を見る。

 

 「しょうがないの。論より証拠というしな、実際に行ってみようではないか」

 

 「行くってどこに?」

 

 ユーリの問いに、私はある方向を指差し自信を込めて宣言した。

 

 「ゲニウスの遺骨が眠る場所、この件の黒幕のもとにじゃよ」

 

 その言葉に、イルシアは心配そうな眼差しでこちらを見る。

 私の力を知ってはいても、今回の相手が非常に危険なことは彼女もよくわかっているようだった。

 

 「行って、くるんですね」


 「うむ。ひとっ走り、いけ好かない教会の企みを挫いてくる」

 

 イルシアは不安げな表情を浮かべつつも、私の言葉を遮ることなく小さく頷いて顔を上げる。

 

 「わかりました。薬湯にはいってゆっくり待ってますので、いつも通りぱぱっと解決してきてください」

 

 「任せておくがよい。そして明日こそはちゃんとレイバールの観光をするからな、よく体を休めておけよ」

 

 「はい! ……いってらっしゃい、エリーゼ様」

 

 「あぁ、行ってくる」

 

 送り出してくれたイルシアに背を向け、ユーリとイオネを引き連れて歩き出す。

 向かう先は、この街のど真ん中。

 ここに来る時、外壁の外から見えたほどの大きさを誇る時計塔だ。

 

 

 

 「で、ここで何を見せてくれるんだ?」

 

 「そう急ぐでない。ユーリ、イオネ、ちょっと首が締まるが覚悟しておけよ」

 

 時計塔の真下に着いた私は、そびえ立つその建物の下でがしりとユーリとイオネの襟首をつかんだ。

  

 「ちょっとエリーゼ、さん? なにをするつもりで」

 

 「……嫌な予感しかしない」

 

 私の手から逃れようとする二人の意見を無視し、全力で地面を蹴って宙へ跳ぶ。

 

 「ぐえっ」

 

 「……ぐっ」

 

 蛙が潰れるような声が両隣から聞こえたきがするが、気にせず時計塔の壁を蹴り上げながら塔を登っていく。

 壁をくり抜いて作られた窓に足をかけ、どんどん上に上がっていくと、徐々に街全体が見渡せるようになっていった。

 隣の二人はそんなものを目にしている余裕はないようだが、私は眼下に広がる光景をみて自分の予想が当たっていたことを確信する。

 

 「ほれ、ついたぞ」

 

 時計塔の頂上、この街で最も高い所にたどり着いた私は、顔を青ざめさせて震えている二人を地面に解放した。

 

 「む、無茶苦茶な……」

 

 「……死ぬかと思った」

 

 襟で締め上げられた首を抑えながら、ユーリとイオネはげほげほと咳き込んでいる。

 情けない奴らだとしばらく眺めていると、ようやく落ち着いたのか二人は涙目になりながらもなんとか立ち上がった。

 

 「見てみるがいい。これがこの街の正体じゃ」

 

 「……これは!!」

 

 真下に広がるのは、このレイバールの全体像。

 雑多に増築された町並みの中で、街灯の光り輝く灯りだけが規則正しく並んでいる。

 それは一見すると見落としてしまうほどの些細な違和感。 

 しかし、見るものが見れば意味のある配置だということはすぐにわかる。

 

 「随分と、気の長い話だとは思わんか」

 

 この計画を考えついたものの呆れるほどの気の長さに、思わず皮肉じみた笑みがこぼれた。

 

 「冗談だろ、なんだよこれ」

 

 「まるで魔力を集めるためだけにつくられた街みたいだ、か?」


 呆然と呟くユーリの言葉の続きを推測し、言葉にする。

 そして実際、いま口にした言葉通りのことが行われたのだろう。


 イルシアの村にあった魔物よけと原理は同じ、この街灯は魔石を使った常設型の魔法陣を維持する役割を持っているはずだ。

 街中に点在する街灯を一つずつ線で結んでいけば、とある効果を持つ魔法陣が浮かび上がってくる。

 私の知識が指し示す、その魔法陣に込められた魔法は、吸魔の魔法。

 眠っている相手から気がつかないようにじわりじわりと魔力を奪いつづける、呪いの一種だ。


 「私がこの街にきてすぐに掛けられた呪いは、これじゃったんじゃろうな」

 

 すぐに後を追った所で、魔法を使った相手が見つからないはずだ。

 この魔法は街に足を踏み入れたもの全てを無差別に対象とし、誰か特定の人物を狙って発動するものではないのだから。

 

 「確かに、これだけ昔から準備がされていたのなら、いまさらゲニウスの遺骨を運び込むはずがない、か」

 

 「そういうことじゃ。おそらく、この街の建設計画が立った時点で、すでにエルネルト教の連中は遺骨を手にしていたのではないか?」

 

 そしてようやく準備が整った今、ゲニウスを使って勇者を抹殺するためここの情報をわざと流したといった所か。

 勝ち目がなくても勇者という責を負っているユーリは、破壊の化身となった過去の魔王相手に戦わなくてはならないのだから。

 最も、その目論見も私という彼らが想定していなかった存在によって、これから打ち砕かれるわけだけど。

 

 「……それじゃ、ゲニウスの遺骨の在り処は」

 

 「まさにこの真下、時計塔のどこかじゃろう」

 

 イオネの疑問に私は親指で地面を指してそう告げる。

 街灯が作り出す魔法陣の中心は、同時に街の中心であるこの場所に他ならない。

 ならば、吸い出された魔力が集まるのもこの場所のはずだ。


 そしてそれを証明するように、少し前から足元の方で魔力が徐々に膨れ上がっていく気配を感じ取っていた。

 


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