待ち受ける罠
25話(この一個前の話)終盤の展開を変更しました。
そのため改稿前の展開からだとつながりがわかりづらくなっているかもしれません。
だいぶ日も傾きかけ、街が夕日で染まる時刻、私は一人で街の中を駆け回っていた。
「いらんときに現れるくせに、必要な時におらんなあいつは」
目当ての相手であるユーリを探して、広い街中をあてもなくさまよう。
なまじ勇者なだけあって魔力の扱いがうまく、必要な時以外は魔力を押さえ込んでいるためか私の感知にも引っかからない。
おかげでこうして肉眼で探すしかなく、怪しい場所を一通り回ってみたがその姿は見つからなかった。
「なんで私はこんなことをしてるんじゃろうな……」
建物の影が伸び、暗くなってきた裏道をとぼとぼと歩く。
さすがにこの広い街をなんの手がかりもなく探して回るのは無謀だったようだ。
「……随分とお疲れのようですねエリーゼさん」
背後から聞き覚えのある声をかけられて振り向くとイオネの姿が目に入る。
「おぉイオネか! おぬしらを、というかユーリを探しておったんじゃがどこにいるか知らぬか?」
「……知ってます。僕たちもエリーゼさんを探していたので」
「なんじゃと」
聞けばイオネも私に用があり、とりあえず教えてもらった宿屋をたずねたところ、ちょうど一旦戻ってきたイルシアと鉢合わせて私がユーリを探していることを教えてもらったらしい。
「……とんだ骨折り損じゃな」
なにもせず部屋で待っていれば向こうから来てたのかもしれないと思うとどっと疲れが押し寄せてくる。
街中を駆けずり回ってた私の時間を返して欲しい。
「それで、私に用件とはなんじゃ」
「……遺骨が街に運び込まれたという情報を手に入れました。エルネルト教の手に渡る前に、今夜すぐにでも襲撃をかけるそうです」
「ほう、意外と早かったな」
ユーリと別れてから、まだ半日ほどしか経っていない。
事が進展するまではもう少し時間がかかるかと思ったが、予想が外れたようだ。
「私はその襲撃に付き合えばいいのか?」
「……もし手が空いているのなら、お願いします」
ユーリは任せておけと言っていたから放っておいてもなんとかしそうだが、どうせ奴にも用があるしついていってもいいだろう。
それにもし私の考えが正しいのならば、イオネの持つ情報は罠である可能性も高い。
「わかった、そちらに向かおう。案内を頼むぞ」
快諾した私の申し出に、イオネはこくりと頷き返した。
「やぁ、半日ぶりだね」
「随分と早い再会じゃったな」
複雑に入り組んだ建造物達の奥、陽の光も届かない暗がりにひっそりと連なる怪しげな建物の一室で、ユーリは一人私とイオネを待っていた。
「……なにか変わりはありましたか?」
「何人か出入りはしているようだけど目立った動きはないな。教会の連中っぽいのはまだ見てないから引渡しは予定どおりまだ先のようだね」
イオネの問いかけに窓の外を眺めながらそう答える。
どうやらこの建物の向こう側に、遺骨を持ち込んだ連中の根城があってそこを見張っているらしい。
「ユーリ、一つ聞きたい事があっておぬしをさがしていた」
「なんだい?」
「この大都市レイバールの建造に、エルネルト教は関わっているか」
私の問いかけの意味がわからないというように、ユーリは眉をひそめる。
だが詳しく理由を尋ねることはせず、私の疑問に答えてくれた。
「エリーゼさんの言う通り、この街にはエルネルト教もかなり出資していたはずだし、当然関わっていると思う。でもそれは大昔の、それこそ大崩壊の直後とかの話だよ」
そう、だから私もあり得ないと思っていた。
だが組織として数百年も続いているエルネルト教ならば、長い時間をかけて私の考えているものを準備するのも不可能ではない。
これで必要な情報の一つは手に入れた。
残るもう一つの鍵は、イルシアに期待といったところだろう。
「まだ確信は持てないが、おそらく魔力の供給方法はわかった」
「本当か!?」
私の言葉に、ユーリは驚きを隠せないといったように声をあげる。
「確信は持てんといったじゃろ。だがまぁここを襲撃し終わった頃くらいには、必要な情報は揃うはずじゃ」
「随分ともったいぶるな。ま、そういう事なら目の前の件にカタをつけてからゆっくり聞くとするよ」
ここにきたからには君も手伝ってくれるんだろう? というユーリの問いに、嫌々ながらも私は頷く。
「フェルナさんも言っていたけど、なんだかんだ世話焼きだというのは本当らしいね」
「おぬしもフェルナも後で一回ぶん殴るから覚悟しておけよ」
ユーリもだいぶ慣れてきたようで、私の殺意を込めた睨みつけも肩をすくめてサラッと流されてしまう。
ろくに話もきかず、頭も硬かった私の代の勇者もどうかと思ったが、こういうタイプもそれはそれで苦手だ。
「ようやく日も暮れたようだね。それじゃあ二人とも準備はいいかい?」
馬鹿な話をしているうちに完全に日が沈んでいくのを見届けた後、ユーリの問いかけに私とイオネは静かに頷いた。
根城にされていると思われる建物の入り口には、見張りと思われる男が二人立っている。
私とユーリが見守る中、男達はまるで首の後ろを何かに殴られたかのように頭をのけぞらせ、そのまま音もなく倒れこんだ。
倒れた男達の背後で空間が揺らぎ、体を黒い羽毛で覆ったイオネが姿を表す。
認識阻害によってバレる事なく男たちに近づいたイオネによって奇襲をかけられ、あっという間に見張りは無力化されてしまった。
「私の時にもあぁいう小回りの効く部下がほしかったな……」
「イオネと君が敵に回るのは、僕も考えたくないね」
私のぼやきに、かつて魔王だったという素性を知るユーリは、苦笑まじりにそう呟く。
時が時なら私もイオネもユーリと殺し合いを演じていただろうし、全く運命の巡り合わせというのは面白いものだと思う。
「私が味方についている事に感謝するんじゃな。それでは行くぞ」
イオネが辺りを偵察し他に敵影がない事を確認して合図を送ってきたのを目で捉え、そのまま急いで建物の中にもぐりこんだ。
建物の中は何もなく、宿屋と同じくらいの空間が広がっている。
「随分狭いな。本当にこんな場所に保管してあるのか」
「……狭いのは上の部分だけで、どうやら本拠地は地下のようです」
中を見てそう漏らした私に答えるように、イオネは地下への階段を指差しながら答える。
「下手に暴れると生き埋めになりそうなのが怖いな。エリーゼさん、頼りにしてるけど建物壊すのはやめてね」
「おいユーリ、おぬしはもう少し礼節というものを知った方が良いぞ」
失礼な物言いに腹を立てつつも、ここで暴れる程私も子供ではない。
はよいけとユーリを蹴り飛ばしながら、地下への階段を静かに降りる。
階段の先には扉があり、三人で目線を合わせた後、一気に蹴破って部屋の中へと飛び込んだ。
「全員動くな!」
「それはこちらのセリフだよ勇者殿」
扉の先で私たちを待ち構えていたのは、以前街道でユーリを襲っていたのと同じ白装束の集団の姿。
そしてその集団は全員が手に武器を構え、私たちを囲うように魔法を放つ準備をしていた。




