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禁忌の魔法

 「……内容次第ではここで叩き切るがな」

 

 「そんなに声色では、せっかくの美人が台無しですよ? 後ろの彼女も怯えてますし」

 

 言われて後ろを少し振り返ると、豹変した私の雰囲気に押されてかイルシアが困った顔をしていた。


 「私は別にそんなことは…… ! ただ、ここにいるとちょっとお邪魔かなって思ってただけで……」

 

 急に話を振られるとは思っていなかったようで、イルシアはおろおろと狼狽えながらユーリの言葉に返答する。

 その様子を見て毒気を抜かれた私はガリガリと頭をかいて、もういい! と吐き捨てた。


 「話なら聞いてやるからイルシアを巻き込むな」

 

 「そう言っていただけると助かります。イルシアさん、すぐ終わるので少しだけ彼女を借りていってもいいですか?」 


 「あ、はい。じゃあ私はここで待ってますね」

 

 一瞬だけイルシアは寂しそうな顔をした気がするが、すぐに笑顔を取り繕って答えた。

 せっかくの観光に水を差されてしまったが、ここでユーリを無視するわけにもいかず、仕方なく彼の提案に従う。


 「すまんイルシア、すぐ戻る。というわけじゃユーリ、手短かつ簡潔に話せ」

 

 「わかりました。それではこちらへ」

 

 イルシアに声を聞かれない程度に距離を取り、再びユーリとの話を再開する。

 

 「では手短に。イオネからこの街でエルネルト教の者が暗躍しているという話は聞きましたね?」

 

 「なにかしら怪しげな取引をしているというやつじゃな。それで?」

 

 「その取引内容がわかりました。彼らの目当ては、数代昔に葬られた魔王ゲニウスの遺骨と、その遺品です」

 

 それを聞いておもわず、魔王の遺骨ぅ? と素っ頓狂な声をあげてしまった。

 

 「そんなもの手に入れてどうするつもりじゃ。エルネルト教は私が寝ている間にゲテモノ収集家にでもなったのか?」

 

 だったらよかったんですんけどね、とユーリは困ったように肩をすくめる。


 「彼らはどうやら、このレイバールでゲニウスを蘇らせる気のようです」

 

 「いくら強力な力を持った魔王といえど遺骨を集めた程度で復活なんぞするものか。奴ら、なにをするつもりじゃ」

 

 胸中に広がる嫌な予感もそのままに、ユーリに核心の部分を問いただす。

 私の知識の中で、死者を蘇る手段はたった一つだ。

 もしそれをエルネルト教の連中がしようとしているのならば、さすがに私も見過ごすわけにはいかなくなってくる。

 

 「禁忌魔法、あるいは世界魔法と、あなたは呼んでいたそうですね。彼らはそれを用いて、死した魔王を蘇らせるつもりです」

 

 「……はっ」

 

 私の予想通りの言葉がユーリの口から出てきて、思わず呆れた笑いがこみ上げてきた。

 

 「禁忌魔法じゃと? あんな割に合わない魔法使って何がしたいんじゃ奴らは」

 

 禁忌魔法、またの名を世界魔法。

 私がたどり着いた魔法の極地にして、最も使えない魔法の総称だ。

 世界魔法とは文字通り世界の理に直接関与する魔法であり、死者の蘇生のような奇跡と呼ばれる事象さえ引き起こすことができる。

 が、もちろんそんな奇跡が何の代償も払わずに得られるはずはなく。

 

 「世界魔法を行使すればそれ相応の反動が世界のどこかで必ず発生する。それを制御することなんて誰にもできないし、使うだけで世界を滅ぼしかねない魔法じゃぞあれは」

 

 蘇りの魔法、それも魔王クラスを蘇らせるとなればその反動で世界にどんな影響が起こるか測り知れない。

 最悪、このレイバールの街そのものが欠片も残さず消し飛ぶ可能性すらある。

 世界魔法は得られる効果に対してその代償が全く釣り合っていない、これ以上ないほどの欠陥魔法だ。

 

 「同感ですね。教会の方たちはいつから破滅願望者になったのか。ですが、彼らは本気のようですよ」

 

 馬鹿げてますよまったく、と呆れ返ったようにつぶやくユーリに、珍しく私も心の底から同意した。

 

 「僕が掴んだ情報は以上です。そして僕はここからあなたに聞きたいことがある」

 

 「蘇生魔法について、か」

 

 私の問いに、えぇと言ってユーリは頷く。

 

 「フェルナさんから聞きました。先々代魔王エリーゼは、歴代最強の魔法使いであり、唯一世界魔法の制御に成功した人物だと。そのあなたならば、蘇生魔法についても知っているのではないですか」

 

 フェルナも余計な事を、しかも微妙に間違った情報をよりにもよって勇者に流すとは、相変わらずいい根性していると思う。

 

 「先に言っておく。私は世界魔法の制御になんて成功していない。ただどこで引き起こされるかわからない反動を、自分の近くで起こせるようにしただけじゃ」

 

 簡単に言えば、世界のどこかでランダムに発生する爆発を、絶対に自分の目の前で爆発させるように変えただけだ。

 結局爆発する事に変わりはないし、なんなら必ず自分が巻き込まれるという点では後者の方が悪化しているとさえ思う。

 

 「蘇生魔法についてもそうじゃ。私が考案した蘇生魔法では、蘇らせた死者は反動を受けて、ただひたすら目の前のものを破壊するだけの存在に成り果てる」


 再生の反動は破壊。

 その体現をしているわけだが、全くもって使い道のない魔法だと自分でも思う。

 せっかく蘇らせた相手がまず自分をぶち殺しにくるんだから笑い話にもならない。


 「……ではこの場合、もしゲニウスが復活させられたら」

  

 「手当たり次第目に付いたものを壊して回るじゃろうな。理性もないし街を破壊し尽くすまでとまらんじゃろう」

 

 エルネルト教がこのまま計画を推し進めていけば、待っているのはこの交易都市の崩壊。

 魔族である私には、人間が作った街の中で同じ人間がそれを破壊しようとしている滑稽な現状を理解することができなかった。

 

 「彼らの目的はそれなんでしょうか……」

 

 「わからん。人間については私よりおぬしのほうがよくわかってるじゃろ」

 

 私の言葉にユーリは、そうですねと困ったように笑って返す。

  

 「ちなみに、その蘇生魔法を使うのに何か条件は?」

 

 「特に必要なものはないが、とにかく膨大な魔力が必要じゃな。私ですら理論的に可能というだけで、扱える魔力の量的に発動させるのは無理じゃ」

 

 「では彼らは少なくともそれだけの魔力を集める方法を何かしら持っている、ということですか」

 

 「……今回の件、どうやら私も無関係ではなくなってきたようじゃしな。どう魔力を集めてるかは、私が調べよう」

 

 顔も知らない人間たちがどうなったところで興味はないが、私が作った魔法のせいでそうなるのは気分が悪い。

 エルネルト教には個人的に恨みもあるし、嫌がらせをしてやるのも悪くはないだろう。

 

 「では共闘ということで。少しの間、よろしくお願いしますエリーゼさん」

 

 そう爽やかに言って差し出してきたユーリの手を、けっと舌打ちしてから引っ叩くように握り返した。


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