交易都市に潜む影
「私を待っていたというのは、どういうことじゃ?」
「……フェルナ様からあなたの話は聞いていました。エリーゼさんなら魔族領に行く前に必ずここを経由するだろうから、困ったら頼るといいと」
またあいつか、とため息をつきながら頭を抑える。
「で、フェルナの思惑通りの展開になっているというわけか。それで、おぬしはあんな場所で何をしてたんじゃ」
「……僕はフェルナ様の命令で、人間の協力者の手引きを受けながらエルネルト教を探ってます」
エルネルト教、という言葉に嫌な予感がますます増えて行く。
どうやらこれは完全に厄介ごとに巻き込まれたようだ。
「現在魔族は人間と停戦中と聞いたが?」
「……表向きはそうなっています」
表向きは、ということは裏ではややこしいことになっているらしい。
それ以上口にしないということは、何かしら言えない理由があるのだろう。
「その辺り、そのうち詳しく聞かせてもらえるかの?」
「……今は協力者がこの街を離れているため、僕からは何も言えません。その方が戻ってきたら話せると思います」
「そうか、それじゃあその時に色々きくとしよう」
同族相手をこれ以上脅しても仕方ないと、一旦語気を緩める。
それに今は他にも聞かないといけない大事なことがあった。
「おぬしの手伝いとやらをする前に一つだけ聞くぞ。今日、私に魔法をかけたりしたか?」
「……いえ、さっき裏路地で上から襲いかかられた時に、初めてエリーゼさんと会いました」
そう言われると私が悪者に聞こえてくるから訂正して欲しいところだが、案の定イオネは外れらしい。
「他に私に対して危害を加えそうなものに心当たりは?」
私の問いかけに、イオネは二度三度と首を振る。
「……エリーゼさんの存在を知っているのは、僕と協力者の方だけです。他にエリーゼさんの正体を知っていて、狙いに来る相手はいないと思います」
「ふぅむ……。というか、その協力者とやらは本当に信用できるのか」
「……はい、人間の中では一番信用できるかと。エリーゼさんも、会えば納得していただけると思います」
魔族がそこまで人間を信用するなんて珍しいこともあるものだと感心する。
そんなこと言ったら、一時的にとはいえ人間にものすごく信頼してもらっていた私はどうなんだという気もするが。
「わかった、ひとまずその協力者とやらに会ってから判断するとしよう。それで、私に何を手伝って欲しいんじゃ」
「……今、このレイバールでエルネルト教の配下が何かしらの裏取引をしているという情報があり、僕の仕事はそれを阻止することです」
「ま、魔族のくせに凝ったことを……! 感動で少し涙がでそうなんじゃが」
これもフェルナと教育の賜物なのだろう。
彼女と二人で暴走する魔族たちの手綱を握っていたあの頃を思い出し感慨深くなる。
まぁハイリを見る限り全員に効果があったわけではないみたいだが。
一人同胞の進歩に打ち震えている私を置いて、続けますねとイオネは再度口を開く。
「……そして奴らの潜伏場所を突き止めたので、今夜忍び込んで情報を得る予定だったのですが」
「唐突に現れた私に見事にじゃまされたと。なるほど、すまんかったな……」
申し訳ないと謝る私に、気にしないでくださいとイオネは首を振る。
「……エリーゼさんには僕たちでどうにもならなくなった時に、力を貸してもらいたいのです」
「保険というわけか。しかしそんなに長く居る予定はないぞ?」
「……取引時間はすでに掴んでいて、三日後の深夜です。それまで居てもらえれば大丈夫ですので」
イオネの言葉にそうかと頷く。
当分馬車には乗りたくないし、三日くらいは滞在したところで誰にも文句は言われないだろう。
言うとしたらフェルナあたりだが、彼女の部下の手伝いをするんだからそこは見逃して欲しいところだ。
「わかった、滞在中はなにかあったらいつでも頼れ。私の力でどうにかなることなら協力してやる」
「……そう言ってもらえると助かります。それでは僕はまた情報を集めに行くので」
「またあそこに戻るのか」
「……はい、情報は多いに越したことはありませんし」
「そうか、気をつけるんじゃぞ」
情報の大切さを理解しているという、私の時代よりだいぶ優秀な偵察担当に激励の言葉をかけ一旦別れる。
別れ際に宿泊先の場所を教えておいたので、何かあれば向こうから尋ねに来るだろう。
「遅くなってしまったな、イルシアに怒られてしまう」
もう目覚めているであろうイルシアになんて言い訳しようかを考えながら、宿屋への帰路に着いた。
「……で、おぬしらは何をしているんじゃ」
「あ、エリーゼ様! ちょうどいいところに! ちょっと助けてもらいたいんですけど!」
部屋の扉を開けると出迎えてくれたのは、しっかりしがみついて頭の上から離れようとしない火焔蜥蜴と、それを必死に引きはがそうとしているイルシアの姿だった。
「随分と懐かれたようじゃな」
呆れながらも火焔蜥蜴のそばに近寄り、額の部分を拳でコンと軽く叩くとすぐにイルシアの頭を離す。
「ご苦労。イルシアには何もなかったな?」
私の問いかけに火焔蜥蜴は問題ないというように小さいく鳴いた。
「その子、一体何なんですか?」
火焔蜥蜴にせいで崩れた髪型を直しながらイルシアが尋ねる。
「使い魔みたいなものじゃよ。私の魔力で作られてるからいろいろと便利な奴での。今後はイルシアの護衛をこやつに頼もうと思ってる」
「この子が、ですか」
頭の上に乗られたこともあって、苦手意識があるのかイルシアは若干嫌そうな顔をしたが、すぐに表情を変えて火焔蜥蜴と向き合った。
「長い付き合いになりそうですね。火焔蜥蜴さんだと呼びづらいのでエンさんと呼んでもいいですか?」
今まで名前なんてつけられたことがなかった火焔蜥蜴もといエンは、その名前を気に入ったとでも言うように小さく炎を吐いた。




