闇夜に紛れて
ピリッと、体に電流が走ったような痛みを感じて目がさめる。
たいした時間眠っていたわけではないようだが、隣のベッドではいつの間にか戻ってきたイルシアが寝ていた。
「今のは、魔法をレジストした……?」
私は魔族の中でも魔法の扱いに長けているため、逆に魔法を使われることへの耐性も高い。
特に呪いのような相手に異常を付与する系統の魔法は、よほど高練度でない限り自動で無効化する。
「魔法をかけられた覚えはないんじゃがな」
周りには人の気配はなく、誰かが私に危害を加えられるとは思えない。
隣で寝てるイルシアが私に呪いをかけたのならありえるかもしれないが、彼女が魔法を扱えるなんて話は村にいた時も聞いたことがなかった。
「どうにも胡散臭いなこの街は」
ここにくる途中、ユーリがレイバールには物騒な噂が絶えないと言っていたことを思い出す。
もしかすると面倒なタイミングで来てしまったのかもしれない。
「首をつっこむのもどうかと思うが、私狙いだった場合は火の粉を振り払わなければいけないしの」
イルシアを起こさないようにそっとベッドから立ち上がる。
「来い、火焔蜥蜴」
私がそう呟くと同時に、手のひらに人の顔くらいの大きさをした炎の玉が生まれ、その中から全身を赤い鱗で覆った蜥蜴が這い出てきた。
火焔蜥蜴はそのまま私の肩まで這い登り、頬に頭を擦り付ける。
その頭をよしよしと指でなでたあと、そっとイルシアの隣に置いた。
「彼女に何かあったら守ってやるように。頼んだぞ」
火焔蜥蜴は了解したというように小さく鳴き声を上げる。
それを見届けてから、私は静かに扉を開けて部屋を後にした。
イルシアはぐっすり眠っているようだし、当分は起きないだろう。
彼女が目を覚ます前に、少し街の様子を見に行ってこなければ。
日が落ちたレイバールは少し肌寒く、旅館着のまま出てきたのは失敗だったかと少し後悔する。
「しかし本当に迷路みたいじゃなここは」
真っ当に地面を通っていると近くを見て回るだけでも相当な時間がかかるため、パズルのように複雑に絡み合っている家屋の上を直接歩いていた。
私に魔法をかけた相手を見つけられないかと、宿屋があつまっている区域を一通り探してみたが、それらしき影はない。
「昔から悪事を働く者は日の影を嫌うというし、あそこもいってみるか」
高いところからだとよく見えるが、この区画には一箇所やけに暗い場所がある。
下を歩いていた時は気がつかなかったが、あからさまに怪しさ満点といった感じだ。
すこし距離はあるものの、ちょっと覗いて帰ってくるくらいならイルシアが目を覚ます前に戻れるだろうと踏んで、その方向へ行くことにした。
なるべく下の人間に気付かれないよう、物陰に身を隠しながら足音を殺して夜の町並みを駆けていく。
こうしているとむしろ悪事を働いているのは自分の方じゃないかと言う気がしてくる。
「元魔王が何を今更といった話じゃが」
暗殺者気分を味わいながら、屋根伝いに目的の場所を目指す。
だんだんと明かりが減り、あたりが一段と暗くなってきたところで一旦足を止めた。
「あれは……、不可視の魔法?」
暗がりに違和感を感じ、目を凝らしてよくみると、だんだんと空間が揺らぎ始める。
不可視の魔法は文字通り自分の姿を他者から隠すことができるが、その原理は自分の姿を見た人間全員に対して認識をそらさせる呪いのようなもの。
相手に直接働きかけている以上、今のように抵抗されれば無効化されるため、格上相手にはあまり意味のない魔法だ。
だがこの不可視の魔法は相当出来がよく、私でなければなかなか見破れないだろうと思えるほどだった。
「この時代にあの練度の魔法を使えるとは、なかなかの腕のようじゃな」
とはいえ怪しいことに間違いはない。
相手は自分の姿が見えてないと思っているせいか油断しているようで、背後からゆっくり近づく私の姿にはまだ気づいていないようだった。
そのまま一気に距離を詰め、屋根の上から人影に向かって急襲をかける。
「動くな、声もあげてはならぬぞ」
一瞬で相手を地面に組み伏せ、すこしドスを効かせた声で耳元で囁いた。
相手も最初のうちは抵抗していたが、私の姿を確認するのと同時に抵抗をやめ、私の言う通りにする。
「っておぬし魔族ではないか」
直接体に触れてわかったが、目の前の人物には人間の体にはあり得ないものが生えている。
首から下は指の先まで全身真っ黒な羽毛で覆われており、どうやら魔物としての特徴を解放した状態のようだった。
「魔族がこんな人間の街のど真ん中でなにをこそこそやっておるのじゃ」
「……話しますから、少しどいてもらえませんか」
答えが返ってくるとは思わなかったのですこし拍子抜けするが、言われた通り体をどける。
声の感じからいってまだそんなに年のいっていない男の子のようだった。
「……ここはまずいです。人通りのあるところまで行きましょう」
小さな声で短くそう告げた声にすこし緊迫したものを感じ、不信感は残しつつも少年の言う通りにする。
誰にも気づかれないように音を立てず、足早に曲がりくねった暗い裏路地を抜けていく。
ようやく明かりが見えてきたところで、少年は安心したように小さくため息をついた。
どうやら擬態化しているようで、先ほどまで体を覆っていた黒い羽は姿を消し、人間と変わらない肌を見せている。
街を行き交う人々の喧騒も戻り、先ほどまでとは打って変わって明るい場所まで来たところで、ようやく魔族の少年は足を止めた。
「……ここまで来れば大丈夫かな。……その燃えるような深紅の髪と瞳、あなたがエリーゼさんですね」
少年が口を開くのを待っていた私は、紡がれたその言葉に少しだけ驚いて目を丸くする。
「……僕は魔王軍の偵察担当、イオネと言います。あなたが来るのを待っていました」
今日はもう一回投稿します、多分




