いざレイバール ! の前に温泉を
「見えてきましたよエリーゼ様! 」
「やっとか……」
二度にわたって痛めつけられたお尻がそろそろ限界を迎えそうな頃、ようやくレイバールへの到着を伝えられる。
疲労感で重い体を引きずりながら、窓の外をみるとそこには巨大な都市が広がっていた。
「おぉ、なかなか壮大な所じゃな」
都市全体を囲う壁の向こうには幾筋もの煙があがり、人々が活発に生活していることを伝えてくる。
そしてレイバールを象徴するように、町の真ん中には巨大な時計塔がそびえ立っていた。
「この街の話は村にくる商人の方から聞いてたんですけど、やっぱり実際に見ると全然違いますね……!」
感嘆の声をあげるイルシアとともに、私もその無骨さが魅力的な都市に見とれる。
文明としての豊かさは失われても、長い間の平和は別の成長をもたらしたようだ。
戦争時代はこれだけ巨大な都市が出来る前に戦いによって衰退してしまうため、王都を除いてこんなに大きな都市は一つもなかった。
魔族との停戦が実現し三百年近くもの間、平和が実現したからこその発展ぶりだろう。
「早速観光したいところじゃが、さすがに今日は無理じゃな」
まだ日が暮れるには少し早いが、このあと宿の確保をしてから観光をするのはさすがに無理がある。
それに馬車で負った疲労はかなりのものなので、ゆっくり休みたいという気持ちもあった。
「そうですね、レイバールを回るのは明日の楽しみに取っておきましょう」
すっかり観光気分の私たちを乗せ、馬車はレイバール入り口の門をくぐり抜ける。
中は交易都市というだけあって、そこら中に荷馬車が置かれており、商人たちが忙しそうに都市に入るための手続きをしていた。
「さすがは大都市、活気が違うな」
「本当全然違いますね。この一区画だけでもうちの村の人口と同じくらいの人がいそうです」
二人で馬車の中から、溢れかえっている人たちをみていると、御者の人がレイバールへの入場許可が出たという報告をしてくる。
荷物を手にして馬車を降り、数時間ぶりに大地を踏みしめた。
「乗る前は楽しみじゃったが、やはり自分の足で歩くのが一番じゃな! 」
「私ももう当分馬車は良いかもしれません……」
二人して痛めたお尻をさすりながら、改めて目の前を見る。
街を囲う防壁の外からは見えなかった街の全貌が、私たちの前にあらわになっていた。
どの建物も後から増築を繰り返したのか、建物の途中から別の建物をくっつけたように不自然に伸びているものも多く、まるで巣のように建造物が張り巡らされている。
下手に迷い込んだら最後出てこれなくなるんじゃないかと思うほどの、人工の迷路のような街並みが広がっていた。
「まずは今日泊まる所をみつけんとじゃな」
「はい。宿屋は一箇所にまとまっているみたいですし、まずはそこを目指しましょうか」
私よりもちゃんと地理を把握しているイルシアに案内を任せ、レイバールの中を歩いていく。
「すごい人じゃな。はぐれないように気をつけんと」
「私もエリーゼ様も小柄ですから、迷子になったらみつけられなくなっちゃいますもんね」
宿を見つける前にはぐれたらシャレにならないので、二人で身を寄せ合って人の波にながされないよう道をかき分けて歩く。
ようやく人混みを抜け出した頃、目当ての区画への入り口が見えてきた。
「エリーゼ様は泊まりたいところの希望とかありますか?」
「疲れもとりたいし、薬湯があるところだと最高じゃな」
薬湯ですか、とつぶやきながら、イルシアが区画の入り口にある宿屋の案内図を眺める。
「あ、ここなんてどうですか?」
何かを見つけたように指をさすイルシアの視線を追って、私も一つの案内を見つけた。
「ほう、宿の中に公衆浴場があるのか」
「薬湯も完備って書いてありますし、ここにしましょうよ」
特に断る理由もないのでイルシアの提案に賛成し、その宿屋を目指す。
目的の場所は、宿屋が集まっている区画の一番奥にあり、着いた頃にはいい感じに日も暮れはじめていた。
宿についてすぐに受付に向かい、早速部屋の確保をする。
「二人で泊まりたいのじゃが、部屋は空いているか?」
「はい、空いてますよ。二人部屋一つで大丈夫ですか?」
イルシアに目線で確認をとると、問題ないというように頷く。
それを確認してから、受付の人に二人部屋で頼むと返事をした。
「ではこちらが鍵になります。浴場は朝までやっていますので、お好きなときにどうぞ」
「うむ、わかった。それではいこうかイルシア」
鍵を受け取り、割り当てられた部屋へと向かう。
目当ての場所にたどり着き、部屋を開けてすぐに私はベッドへと疲れ切った体を放り投げた。
「あぁ、馬車の椅子と違って柔らかい……。やはりベッドは最高じゃの」
「エリーゼ様、せめて荷物はちゃんと片付けてからにしてください」
イルシアに叱咤され、しぶしぶ荷物を部屋の隅へと片付ける。
「まだ夕食には早いし、一風呂浴びに行かぬか?」
「いいですね。それ目当てでここにきましたし、早速堪能しましょうか」
私の提案にイルシアも賛同し、部屋に備え付けられてあったタオルを手にして早速浴場へと向かった。
「いい湯じゃな、これはなかなか掘り出し物だったかもしれん」
「気持ちいいですね。薬湯なんて浸かったことなかったですけど、これは癖になりそうです」
あたり一面に湯気が立ち込める中、私とイルシアは隣あって肩まで湯船に浸かっていた。
独特の薬剤の匂いが鼻をくすぐるが、今はそれも心地がいい。
ちょうど今は夕飯前で人がいないのか、贅沢なことに浴場には私達二人しかいなかった。
「薬湯の文化が途絶えてなくて本当に良かったの」
「薬湯って昔からあったんですか?」
「うむ、仕事終わりには毎日浸かっているくらいには好きじゃったんでな」
「毎日薬湯に……。エリーゼ様って、実は良いところのお嬢様とかだったりするんですか?」
「お嬢様、か。そんな優雅なものではなかった気がするが、似たようなものかもしれん」
人間的に言うならばお嬢様よりはお姫様の方が近いだろう。
もっと正確に言うならば女王だが、まぁ実態はその言葉のきらびやかさからはほど遠かった。
毎日誰かしら鉄拳制裁してたし。
「しかしこの薬湯はなかなかきくな。さっきまでの腰回りの痛みが随分と引いた気がする」
「疲労回復をうたっているだけのことはありますね。ここに泊まっている間は毎日ここに入れるんだから、ちょっと感動しちゃいます」
「ふふ、イルシアも薬湯のとりこになったようじゃな。どうじゃ、村に戻ったら村長の許可を貰って公衆浴場を作るのは」
「いいですね、そしたら私も毎日薬湯に入れますし」
そんないつかくるかもしれない未来の話をしているうちに、だんだんと体が熱くなってきた。
どうやらのぼせてきたようなので、火照った体を冷やすため湯船から体を出す。
「ふぅ、随分さっぱりしたの。そろそろ上がろうと思うのじゃが、イルシアはどうする?」
「私はせっかくなのでもうちょっと入ってようかと思います。エリーゼ様は先に部屋に戻っててください」
イルシアの言葉にわかったと了承して風呂場を後にした。
脱衣所にあった旅館着を借り、いつもより身軽になった体で自分の部屋に戻る。
「良い湯じゃったな、やはり人間界もなかなか捨てたものではない」
久しぶりの薬湯を満足いくまで堪能でき、良い気分のまま部屋に備え付けられたベッドに寝転んだ。
イルシアを待って夕飯に行くつもりだったが、薬湯であたたまった体と旅の疲労も相まって、だんだんと瞼が重くなってくる。
まぁイルシアが起こしてくれるかと思い、じわじわと襲って来る眠気に身を委ね、眠りの世界へと落ちていった。




