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イルシアの想い


 「で、なんなのじゃこの者たちは」


  白装束たちを拘束し、ようやく一息ついた私たちは改めてユーリと名乗った青年を問い詰める。

 

 「それはちょっと職務上しゃべれないので、聞かないでいてくれると助かります」

 

 イラっとするほどさわやかな笑顔で、ユーリはそう言い放つ。

 頭の中を無理やり覗いてやろうかと思ったが、さすがに王国の騎士相手にそれをするのはまずいと思いとどまった。

 

 「勝手に助けた以上、深入りはよすとしよう。おぬしも気をつけるのじゃぞ」

 

 「えぇ、ご忠告ありがとうございます。そうだ、二人の名前を伺ってもよろしいですか?」

 

 「私の名はエリーゼじゃ」

 

 「えっと、私はイルシアです」

 

 私たちの名前を告げると、ユーリは満足そうに笑顔を浮かべる.

 

 「いい名前ですね。お二人はこれからどちらへ?」

 

 「レイバールに向かうところです」

 

 イルシアの言葉を聞くと、ユーリはふむと口に手を当てて考え込むそぶりを見せた。

 

 「最近、レイバールは何かと物騒な噂が絶えないので気をつけて下さい。僕が護衛でもしてあげられたらいいんですけど、これの後始末もしないといけないですからね」

 

 そういって親指で沈黙したままの白装束たちを指差す。

 

 「いらんいらん。私たちに助けられておいてその護衛など、寝言は寝てから言え」

 

 「ははっ、その通りですね。これは失礼しました。確かに、あなたほどの腕があるなら問題ないでしょう」

 

 どこか含みのあるその言い方に、私はほんの少し眉をひそめた。

 

 「それじゃあ私たちはこれで失礼するぞ」

 

 「えぇ、ありがとうございました。僕もこの後レイバールに行く予定なので、もし向こうであったらよろしくお願いします」

 

 そういって笑顔で手をふるユーリに、雑に手を振り返す。

 

 「覚えておったらな。じゃあの」

 

 そっけない私の態度に苦笑いしながら、最後に一つこれも覚えていってくださいと付け加えた。

 

 「僕はあなたの敵ではありませんので」

 

 意味深げなその言葉を無視し、もうこれ以上話すことはないと歩き出す。


 「あ、えっと、失礼します!」

 

 ユーリに背を向けて、早足でスタスタと街へ向かって歩いていく私の後ろを、駆け足でイルシアが追いかけてきた。

 ちらりと横目で後ろを振り返ると、まだその笑顔を崩さずユーリは私たちのことを見送っている。

 

 「あの、エリーゼ様、なんか冷たかったですけど、どうかしたんですか?」

 

 追いついたイルシアが、私の隣に来て囁くようにそう口にした。

  

 「……あぁいや、なんでもない。ただちょっと、あまり関わりたくない相手かもしれん」

 

 あのユーリと名乗った青年が腰にぶら下げていた剣、あれには見覚えがある。

 というか、忘れられるはずもない。

 私の腹に風穴を開け、利き腕を吹き飛ばした剣そのものなのだから。

 

 「敵ではありません、か。まるで私の正体を知っているような口ぶりじゃの、今代の勇者よ」

 

 イルシアに聞こえないように、そう一人言葉をこぼした。

 

 

 

 隣町に到着した私たちは、早速馬車の手配をしてのりこむ。

 本当はここで一泊する予定だったが、予想よりだいぶ早くついたおかげでレイバール行きの最後の馬車に乗ることができた。

 

 「馬車旅なんて初めてなのでちょっと興奮します」

 

 「私もじゃ。これから丸一日、じっくり堪能させてもらうとするかの」

 

 私とイルシアは二人でわくわくと馬車に開けられた窓から外を眺めつつ、馬車が出発するのを待つ。

 ユーリのことは気になるが、今考えても仕方がない。

 あそこで襲われていたのも含めて、あの男が何かしら企んでいた可能性もあるが、いまはこちらから手の出しようもない。 

 今代の魔王専用の勇者である以上、戦えば勝てる可能性はあるが、なるべく危険は犯したくなかった。

 それに本人が敵ではないと言っていたのだから、少なくとも向こうからこちらに危害を加える気はないと見ていいだろう。

 

 「あ、出発しますよエリーゼ様!」

 

 「おぉ、ついにか!」

 

 イルシアの声につられて、もう一度窓の外を見る。

 ゆっくりと動き出す景色に、年甲斐もなく気分があがっていくのを感じた。

 

 「だんだん速くなってきましたね」

 

 「うむ。座りながら流れるような景色を見るというのはいいものじゃな」

 

 これくらいの速度なら強化した足で走れば普通に出るのだが、その状態で景色を楽しむことはめったにないため、目の前の景色はとても新鮮だ。

 そろそろ日も傾きかけてきたため、だんだんとオレンジ色に染まっていく草原が美しい。

 

 「日が完全にくれたら夜営をするそうです。それまであと3時間ほどありますから、少しお休みできますよ」

 

 「昨日もあまり寝てなかったし今朝も早かったからそうしたいところじゃが、この揺れではの……」

 

 窓から見える景色は最高だが、いかんせん乗り心地はあまりよくない。

 あまり贅沢は言えないが、揺れる旅に硬い椅子がお尻を打ち付けるため、とてもじゃないが眠るのは無理そうだ。

 

 「あはは、ですよね……」

 

 イルシアも自分のお尻をさすりながら、苦笑いで返してくる。

 

 「まぁただ歩いていた時よりは退屈もしないじゃろうし、外を眺めて時間までまつとしよう」

 

 そうですねとイルシアも同意し、二人で再び窓の外を眺め始めた。

 

 

  

 

 「ありえんくらい尻が痛いんじゃが……」

 

 夜営地点についたため、私たちに割り当てられた場所に荷物をひろげつつ、慣れない馬車旅で痛めつけたお尻をいたわるように荷物の上に腰掛ける。

 

 「これは、予想以上でしたね……」

 

 イルシアもそうとうやられたようで、その声には力がない。

 

 「明日もこれが半日以上続くと思うと、なかなか気分が重いな」

 

 今日とは別の意味で辛いなとため息をつきつつ、夕食の用意を始める。

 あたりは他の旅行者や、護衛の冒険者なども夜営の準備を進めており、薄暗い森を炎の明かりが照らしていた。

 

 「エリーゼ様、火つけましたよ」

 

 「こっちも準備完了じゃ」

 

 馬車に乗る前に町で買い足した食材を準備し、イルシアが用意した火に掛けて料理を作る。


 「こうしているとあの猪の宴会を思い出すな」

 

 「そうですね。今日は飲みすぎちゃダメですよ?」

 

 「いやさすがに明日もあるし今日はのまぬよ……」

 

 実はちょっと向こうで始まりつつある酒盛りに参加したいなとか思っていたのだが、イルシアに先手を打たれてしまった。

 


 作り終えた料理を口にして談笑しながら、今日の疲れを癒す。


 「とりあえず初日は終わったが、村を出てみた感想はどうじゃ?」

 

 「そうですね、隣にエリーゼ様がいるからか、意外と寂しくありませんでした」

 

 村を出る時は、もっとみんなが恋しくなるかと思ったんですけどね、とイルシアが続ける。

 

 「それよりも、目に移るもの全てが新鮮に見えてなんだかとっても生きてる、って感じがします。エリーゼ様はどうですか?」

 

 「生きてる感じか、それは言い得て妙かもしれんな。私も、いままでで一番生きてるという感じがするかもしれん」

 

 物心つく頃にはすでに魔王になることが決まっていて、本当の意味での自由なんてなかった私には今すごしているこの時間はとても新鮮だ。

 彼女の言う通り、まさに生きている実感を得られた気分だった。


 「私、ずっとこういうのに憧れてたんです」

 

 「旅をするのに、か?」

 

 「それもあります。けど正確には、仲の良い誰かと同じ目的を持って何かをするってことそのものに、ですかね。ねぇエリーゼ様、少しだけ私の話を聞いてくれますか?」

 

 イルシアが自分のことを口にするのは珍しい。

 そういえばこの友人自身の話をちゃんと聞いたことはなかったなと思って、真面目な顔で向き合う。

 

 「もちろんじゃ。なんでもきくぞ」

 

 「……私、村長の娘ということもあって、あの村だと本当に仲が良い人っていなかったんです」

 

 「皆に慕われていたように見えたがの」

  

 「そうですね、みんな優しかったし、慕ってはいてくれたとおもいます。でも、どこか壁は感じてたんですよね」

 

 確かに、思い返してみればイルシアは村ではずっと一人でいた。

 皆イルシアと仲よさげに話してはいたものの、特定の仲が良い誰かはいなかったように思える。

 

 「あの村は良いところですけど、やっぱり閉鎖的なので。村長の娘というだけで、接し方がちょっと変わるのがわかるんです」

 

 「その気持ちは少し、わかるかもしれんの」

 

 私も、周りのものは皆、将来魔王になるものとして扱っていたため、特定の友人というのはほとんどいなかった。

 そんなことを気にせず話しかけてきて、最後まで一緒にいたのはそれこそフェルナくらいのものだ。

 だから権力をもつがゆえに、皆から遠ざけられるイルシアの気持ちは、少し理解できる。

 

 「だからあの夜、私を友人だと言ってくれて、こうして一緒に旅に行こうとまで言ってもらえて、本当に嬉しかった」

 

 そう言って、イルシアは大切な思い出を懐かしむような顔をする。

 

 「まだ一日しかたってないですけど、旅に出て本当によかったと思います。明日からも、よろしくお願いしますね」

 

 「無論じゃ。交易都市ではおぬしの常識がたよりじゃからな。よろしく頼むぞ親友」

 

 イルシアの言葉に応えるように、私も笑顔を浮かべて言葉を返す。

 彼女も少し照れたように笑いながら、はい! と嬉しそうに答えた。

 


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