始まりの朝
「いよいよ出発じゃな」
旅支度を終え、荷物を手に玄関へと向かう。
「おはようございますエリーゼ様。用意、終わりましたか?」
先に用意を終え、私の家の前で待っていたイルシアと合流する。
「ばっちりじゃ。それではいくかの」
時刻は早朝、次の目的地までは徒歩で丸一日歩かないといけないため、朝早くの出発を決めた。
朝日に照らされ淡い橙色に染まった村を目に焼き付けながら、村の出口へと向かう。
「さすがにこの時間だと、まだ誰も起きていないですね」
「そうじゃな。昼間に出発だった盛大に見送ってもらえたかもしれないのに、残念じゃの」
その代わり、昨日のうちにたくさんの人が私の家に来て、お礼や激励の言葉を言いに来てくれた。
あまり私が物を持っていないため、旅に必要そうなものをわざわざ持ってきてくれたり、この村を出たらまずどこへ向かえばいいかなどを丁寧に教えてくれる人もいた。
改めて、自分がこの村でそれなりに慕われていたことを実感する。
「イルシアのところも昨日はたくさんの人が訪ねてきたのじゃろ?」
「えぇ。だから昨日はいろんな人と話をしてて、珍しく夜遅くまで起きちゃいました」
「私も昨日は夜が更けるまで村の者たちと酒盛りをしていたからの。寝坊しなくてよかったわ」
「やっぱりそうですよね、エリーゼ様少しお酒くさいです」
そんなに匂うか? と自分の体を嗅いだりしているうちに、村の出口が見えてくる。
同時に、何人かの村の人たちが私たちを見送るために集まっているのも視界に入ってきた。
その中にはヒューイの姿や、村長の姿もある。
「みんな……!」
「まったく、昨日あれだけ話したというのに、こんなに朝早くから集まるなんぞ酔狂なやつらよの」
それをみて、イルシアは感極まったように少し目を潤ませた。
私もそんな彼らの姿に、嬉しさまじりの苦笑いを浮かべる。
「旅たちにふさわしい、いい朝ですな」
「あぁまったくじゃ。それにしても、今生の別れでもあるまいに少し大げさすぎないか?」
「村の恩人と愛娘が短い間とはいえ旅に出るのですから、これくらいは当然というものです。それに、あなたに渡したいものもあるので」
渡したいもの? と首をかしげると、村長の後ろから私の背丈ほどの剣を持ったヒューイが現れ、私の前に立った。
「まだ、村としてを助けてもらった礼をちゃんとしていませんでしたから。その代わりと言ってはなんですが、この剣をエリーゼさんに」
「礼などいいというのに。だが、そう言ってもらえるならばありがたく受け取ろう」
丁寧に布で包まれたその大剣をヒューイから受け取り、剣を覆う布を取り去った。
中からは所々魔石がちりばめられ、黒くくすんだ銀の剣身が姿を現す。
「これはただの鉄剣ではないな。……いいのか? 間違いなく相当貴重なものじゃぞ」
「おっしゃる通り、それは大崩壊前から村に伝わる物で、この村で最も価値があるものです。だからこそ、村を救ったあなたに渡すのが相応しいと判断しました」
村長の言葉に、集まった他の村人たちも、同意するように頷く。
「それにその剣を振るえる者はここにはいません。あっても飾りにしかならないので、あなたが持っている方が剣も報われるというものでしょう」
「……感謝する」
大剣は、魔族である私でなければ満足に振るうのは難しいであろうほど重く、その身に秘めた破壊力を伝えてくるようだった。
上質な魔石が使われているようで、この剣ならば私がある程度本気で魔力を流し込んでも持ちこたえるだろう。
村人たちから少し距離を取り、一振り大剣を横に薙ぐ。
昔使っていた愛剣ほどではないが、長い間握っていたかのようにしっかりと手になじむ感触があった。
「お気に召して頂けたようですね」
「あぁ、言葉にし難いほど良い剣じゃなこれは。大切に使わせてもらう」
一緒にもらったベルトとをつかって、背中に剣を固定する。
ずしりと重い感触が、村の人たちの感謝の気持ちを表しているようだった。
「イルシア、こっちにきなさい」
私とのやりとりを終えた村長は、次にイルシアに声をかける。
そっと歩み出た彼女の頭に手を乗せ、村長としての顔ではなく、親としての顔で話しかけた。
「お前は私の自慢の娘だ。できる限り、エリーゼさんを助けてあげなさい」
「ありがとうお父さん。私、行ってくるね」
そう言葉を交わし、再び距離を取る。
短い会話だったが、この親子にはそれで十分なのだろう。
「さて、あまり時間を取らせては悪いですな。それでは、気をつけて」
村長の言葉を合図に、あつまった人たちが道を開けた。
その真ん中を通って、私とイルシアは村の外へと出ていく。
「「「いってらっしゃい!」」」
「おう、いってくる! 皆も気をつけるのじゃぞ!」
「いってきます!」
村人たちの声に送られながら、手を振り別れを告げて、私たちは旅立ちの一歩を踏み出した。




