出発にむけて
今日のイルシアの講義は、訓練同様休みにしてもらってる。
旅に出る前にいくつかやっておかないといけないことがあり、なるべく今日中にそれを終わらせておきたかったからだ。
「しっかし、雑な道具を使ってるの。もう少しまともな物があれば安心なんじゃが」
ヒューイ達と別れた後、私は一人で村の外を散策していた。
目的は、盗賊達によって壊された魔物よけの修理と強化だ。
一応、村人達の手によって応急処置は施されているため、最低限の機能は果たしている。
とはいえその効果は薄く、すこし強い力を持った魔物なら簡単に破れるだろう。
「まぁあの頃の技術はほとんど失われているようだし、仕方ないか」
私の強力な結界魔法で村を覆ってしまえば一番安全なのだが、それを長期間持続させるためには何かしらの触媒が必要になる。
魔物よけの装置にも同じような触媒が仕込まれているので使えなくはないが、質が悪すぎておそらく私の開発した魔法に耐えきれない。
とりあえず、何もしないよりはましと今ある魔物よけの装置を改良する。
この手の結界装置は、魔王時代に一度大規模な結界を張るのに研究したため、大体の構造はわかっていた。
装置を分解し、結界の動力源となっている魔石を取り出す。
魔石には魔力を蓄積し、魔法を記憶する効果があるので、それを利用して結界魔法を維持している。
魔物よけ装置の効果はこの魔石に記憶されている魔法の物なのだが、もう随分長いこと使われっぱなしなのせいでほとんど力を失っていた。
「……本当よくこれで今まで襲われなかったなこの村は」
中に込められている魔法も必要最低限の物で、あまりいい物とはいえない。
まずは込められている魔法を書き換え、魔石が壊れないよう慎重に魔力を充填していく。
弱々しく、今にも消えそうなくすんだ光を灯していた魔石は、徐々に青く力強く輝き始めた。
魔石の中では私が込めた結界魔法の陣がきらめき、ちゃんと魔法を記憶しているようだった。
「こんなもんかの」
あまり無理をして魔石を壊してしまっては元も子もない。
私の不在を任せるにはいささか不安が残るが、これが今できる精一杯だろう。
装置の中に魔石を戻し、正常に機能しているかを確認する。
「あと三つ、さっさと済ませてしまうとしよう」
魔物よけの装置は、村を囲うように等間隔で四箇所並べられている。
残りの三つも改良しなければ、結界は正常に動作しない。
日が暮れる前には終わらせようと、次の装置へと向かった。
「エリーゼ様ここにいたんですね」
「イルシアか。どうかしたか?」
四つ目の装置を修理している最中、どうやら私を探していたらしいイルシアが声をかけてきた。
「父と、話をしてきました」
「……やっぱり、反対されたようじゃの」
少し浮かない表情のイルシアを見て、村長に渋られたことを察する。
「えぇ、それはもう、大反対されました。……でも、最後には私がしたいようにすればいいと言ってくれたので」
「ではどうしてそんな顔をしておるのじゃ?」
ちょっと困ったように笑って、イルシアは私に背を向けて村の方を振り返った。
「私、一生この村で過ごすと思ってたんです。外に出るなんて考えもしなかった。だから、いざ村を出ることを決心したら、少し寂しくなっちゃって」
「……無理はしなくて良いんじゃぞ。私はまた帰ってくるし、それまで待っていてもらっても」
その言葉に応えるように、イルシアは再びこちらを向いてじっと私の目を見る。
「大丈夫です、私もう決めたので」
短く、それでいて力強い彼女の答えに、これ以上何か口にするのは野暮だと感じた。
「そうか、ならばもう私が言うことはないな」
「ふふ、ありがとうございます。……ところでそれ、何をしてるんですか?」
魔石に魔法をこめる作業を見て、イルシアは不思議そうに首をかしげる。
「魔石の魔法を更新して、魔力を補充してるんじゃ。私がいない間、この村の守りの要はこの装置じゃからな」
そう言って魔力を注ぎ込み終わり、本来の光を取り戻した魔石をイルシアに見せる。
「すごい、これってこんなに光るんだ」
「どうやら魔法の更新も魔力の補充も今の時代ろくにやり方が伝わってないようじゃな。いったいどれだけ酷使したのかというほど弱まっていたぞ」
イルシアから魔石を返してもらい、魔物よけの装置にはめ込んだ。
四つ全ての装置が起動したことで結界が発動し、村を囲むように淡い光の壁が包み込んでいく。
「よし、完璧じゃな」
「エリーゼ様って強いだけじゃなくて、こんなこともできるんですね」
イルシアがそう言いながら、感心したように貼り直された結界を眺める。
「まだ私が封じられる前、強力な結界を研究してたことがあってな。そのおかげでこれくらいなら朝飯前じゃ」
正常に結界が維持されていることを確認し、作業をやめて腰をあげた。
「これで出発前にやるべきことは終わったかの」
「それじゃあ、ついに村を出るんですね。少し不安ですけど、同じくらい楽しみです」
そう口にするイルシアに、そうじゃなと私も頷きかえす。
まだこの時代のことはこの村の中しかしらない。
いろいろ話は聞けたが、村の外がどうなっているのかを自分の目でみたいという好奇心は、私もイルシアに負けないくらい持っていた。
「出発は明後日じゃ。それまでに準備をすませておいてくれ」
「わかりました。それじゃあ私は、家に帰りますね」
手を振って帰っていくイルシアを見送り、私も帰ろうと踵を返した。
家に着くと、意外な人物が扉の前で私を待っていた。
明日私から出向こうと思っていた相手だったのだが、どうやら向こうから訪ねてきたようだ。
「お待ちしておりました、エリーゼさん」
「私もおぬしに話があったのじゃ村長。……とりあえず家に入ろうか」
鍵を開けて村長を自宅へと招き入れた。
ひとまず椅子に座っておいてもらい、茶の準備をする。
「イルシアのことじゃな」
「えぇ、娘から村を出る話を聞いたときは、本当腰を抜かしましたよ」
私がいれた茶を飲みながら、冗談を言うように腰をさすって村長が笑う。
「……やはり余計な誘いをしてしまったか?」
「いえ、あの娘もあなたに声をかけていただいて本当に嬉しがってました。それに旅の供があなたであれば、この村にいるよりも安全でしょうし」
親子そろって全幅の信頼をよせられ、少しむず痒い気持ちを覚えた。
「おぬしらに自分の正体すら明かさぬ私を、よくまぁそこまで信じられるものじゃ」
「なんの根拠もないわけではありません。あなたの人柄の良さは、今ではこの村の皆が知ることですから」
ただ、と村長は少し言い淀むように付け加える。
「あなたが魔族である、ということについては、正直少し心配はしています」
「……まぁ、さすがにそれくらいはバレバレじゃよな」
旅の行き先は魔族領と人間界の境目、真っ当な人間ならば決して用事があるような場所ではない。
これまでの私の行動からいっても、私が魔族であることくらいは気がつくだろう。
「大崩壊以降、魔族との交流は完全に途絶えているのでどんな方達なのかは、正直伝聞程度で詳しくはありません」
「だがいい話は聞いていないだろう」
「そうです、ね。だから実際の魔族であるあなたをみて、人伝えの情報がいかに信用できないかがわかりました」
そう言ってくれることに、有り難さすら覚える。
最初は利害が一致しているか助けているだけのつもりだったが、ここで暮らすうちに私もだいぶ毒されたようだ。
「おぬしの言う通り、私は魔族じゃ。戦うことを本能とし、人に仇をなすもの。それを知ってなお、大切な娘を私に預けるのか?」
「娘がそれを望むのなら。それに私たちにとってあなたは、魔族である前に村の英雄エリーゼさんですから」
「本当におぬしら親子は似ておるな。妙に芯が強いところといいそっくりじゃ」
私の言葉に、村長は嬉しそうに頬を緩める。
「周りからはよく似てないと言われるのですが、そう言ってもらえるのは新鮮です」
「そうか? 村の連中は見る目がないの」
私の軽口に、村長もそうですねと笑って返す。
「……娘を、よろしくお願いします」
「任された。どんなことが起ころうとも傷一つとしてつけさせん」
娘を思う父の気持ちに応えるように、私も誇りをかけて彼女の安全を約束した。




