芽生えた五つの可能性
早朝、まだ薄暗いうちに村を出るハイリを送り出すため、村の入口へと来ていた。
「フェルナによろしくな。くれぐれも帰り道で誰かに襲いかかったりしてはならぬぞ」
「大丈夫大丈夫! 来る時は誰とも勝負しなかったしな!」
もう不安しかないが、こいつをよこしたフェルナの判断を信じるしかないだろう。
それで戦争が再開したとしても、私のせいじゃない。
「私もしばらくしてからそちらに向かうが、ひとり人間も連れて行くため少し時間がかかる。そのこと、しっかりフェルナに伝えておいてくれ」
「おう任せとけ! じゃあまた向こうで!」
ハイリはそう言っているが全く信用できないので、一応フェルナへの返事にもイルシアを連れて行くこと、辿り着くまでに時間がかかることは書いてある。
手紙をちゃんと届けてさえくれれば大丈夫だと思うが……、大丈夫だろうか。
「頼むから手紙だけはちゃんと渡してくれよ。道中、気をつけて帰るのじゃぞ」
「わかってるって。またな!」
そう言って、最後まではた迷惑、もとい元気一杯だったハイリは村を出て歩き出す。
その姿が見えなくなるまで見送ってから、もう一眠りしようと自宅に戻った。
二度寝から目覚めた後、いつも訓練をしている村はずれの荒れ地へと足を運ぶ。
本来今日の訓練は休みなのだが、昨日イルシアとの話を終えた後、実践練習をしていた五人には明日も来るように伝えてきた。
「全員揃っているようじゃな」
「おはようございますエリーゼさん」
約束していた時間に到着すると、すでに五人は全員揃っていた。
「さて、今日はおぬしらに伝えることがあって集まってもらった。私は少しの間村を空けるというのは昨日伝えたな?」
全員がコクリと頷くのを確認してから話を続ける。
「そこで私がいない間、自警団の訓練をおぬしらに任せたい」
その言葉を聞いて、五人の言葉に少し動揺が広まった。
「……それは、私たちに務まるでしょうか」
五人の中で紅一点、ユリミナという名の少女が不安そうに声をあげる。
「私が来る前は自分たちで訓練をしていたのじゃろ? それに、はっきり言うがおぬしら五人には才能がある」
「そう言っていただけるのは、嬉しいのですが……」
ここにいる五人は、私が面倒を見た自警団の中でも群を抜いて優れているもの達だ。
正直、他の面々との実力差は本人達が思っている以上についている。
今の彼らならば、あの盗賊団くらいとならいい勝負ができるはずだ。
けれど本人達にはまだその自覚がないようで、自信なさげな目をしていた。
「仕方ない。ほれ、いつも通り木剣を持つのじゃ」
そう言って念のため持ってきていた木剣を渡すと、五人は不思議そうな顔をする。
「魔力の扱いを覚えてどれだけ戦えるようになったのか、実感させてやろう」
私も木剣を握り、五人に向かって剣先を向けた。
それに呼応するように、彼らも剣を構える。
「今日は五人全員でかかってこい。その代わり、私も少し気合を入れて行くぞ」
「……よろしくお願いします!」
最初にしかけてきたのはヒューイだった。
五人の中でも最も成長している彼の攻撃は、あの夜戦った盗賊よりもはるかに正確で力強い。
日を重ねるごとに成長しているため、一番面倒を見ていて楽しい相手だ。
真正面から私に向かって剣を振るい、体格差を利用して覆いかぶさるように剣を押し込んでくる。
「昨日も言ったじゃろ、攻撃が素直すぎる」
「身に沁みてわかってますよ……! グレイス!」
ヒューイは声をあげると同時に、強化した脚で地を蹴り勢いよく身を翻す。
私の視界を塞いでいたヒューイの向こう側では、五人の中で一番大柄な青年が大剣を振りかざしていた。
すっと目を細めて剣の軌道を見切り、半歩体を横にそらして大剣の一撃をかわす。
直後、木剣のものとは思えない衝撃が私のすぐ横の地面を揺らし、砂煙をあげた。
本来この大きさの剣を軽々と振るうのは無理があるが、それも魔力による身体強化のおかげで小枝のように扱えている。
グレイスと呼ばれた彼は、長年鍛えてきた体と身体強化の相性がいいようで、瞬間的な破壊力ならおそらく一番強い。
魔力の扱いが雑なのと、持続時間が短いという点でまだまだ課題が残ってはいるが。
「五人で来いという意味はわかっているようじゃな。さぁ次はキッカか?」
巻き上げられた砂煙に紛れ、いつの間にか後ろに回りこんでいた小柄な少年が、私の死角をつくように鋭い突きを繰り出す。
私相手に戦いを引き伸ばしても勝てないと踏んだのか、一気にたたみ込むことにしたようだ。
決めにかかってきたその攻撃を背後に剣を回すことで防ぎ、硬い木と木がぶつかりあう乾いた音が荒地に響いた。
衝撃も決して軽くなく、しっかり魔力による強化が出来ていることを伝えてくる。
「もらい、ました!」
そして剣の動きを封じられた私の胴に向かって、ユリミナが渾身の一撃を叩き込んだ。
「いい連携じゃ、だが甘い!」
しかしその剣は私に届くことなく、すんでのところで手首を掴まれて止まってしまう。
だがユリミナは、勝利を確信したかのように唇の端を持ち上げてニヤリと笑った。
「これでいいんです。両手、ふさがりましたね」
最後の一人、ニビが皆の隙間を縫い、防ぐ手立てを潰された私の顔めがけて渾身の突きを放つ。
その動きに無駄はなく、最初の実践練習からは程遠い上達具合が垣間見えた。
首をのけぞらせ、トドメだと言わんばかりに放たれた突きを避ける。
この一撃で勝てると踏んでいたニビは、私の反応速度にその表情を驚きで染めた。
同時に、ユリミナの手首を全力で捻って地面に叩き伏せた後、離した手で拳を作り、惚けているニビに叩き込む。
背中で防いでいたキッカの剣も力にものを言わせて弾き飛ばし、返す剣で二撃目を繰り出そうとしているグレイスの鳩尾をついた。
一瞬で四人全員が地に伏し、最後に残ったのはヒューイだけ。
そのヒューイも一瞬で距離をつめられ、首元に剣を当てられ降参する。
「……参り、ました」
剣を捨て降参したヒューイは、やはりだめだったどでも言うように気落ちした表情をしていた。
それを見て、私は堪え切れなくなった笑いを溢れさせる。
「ふふ、あははっ! ひどい顔をしておるなヒューイ、ここは喜ぶべきところじゃよ」
そう言いながら私が自分の頬を拭うと、手の甲に泥が混じった赤い血が付いていた。
それはまぎれもなく、最後に放たれたニビの一撃を避けきれずについた傷から出たものだった。
地面に腰をついたままの他の四人も、呆気にとられたように血が付いた私の手を見ている。
その様子がおかしくて、私はお腹を抱えて笑ってしまった。
「何を惚けておる。わかったじゃろ? おぬしらは五人がかりとはいえ、この私に一撃与えるほどの実力は持っているのじゃ」
もちろん、私の全力とは程遠い力でしか戦っていない。
ただそれでも、この村に攻めてきた盗賊を無傷で倒せる程度の力は出している。
「自信を持て。おぬしらはこれからもっと強くなれる。そうすれば、あの夜のように理不尽な暴力からも大切な家族や友人を守れるじゃろう」
私の言葉に、先ほどとは違う力のこもった瞳で五人が頷く。
どうやら、一肌脱いだだけの甲斐はあったようだ。
「……ところで」
私に一撃与えられた嬉しさからか、感極まっているニビをジト目で軽くにらみつける。
「身動き取れない乙女の顔を全力で狙うとか、ニビおぬしなかなか鬼畜じゃな」
「んなっ!? いやそう言われても……」
私に急な批判をされ、慌てるニビは助けを求めるように周りを見回す。
けれど、他の四人は全員顔をそむけ、ニビと目を合わせようとしない。
「ニビ、お前そういうやつだったんだな」
「ニビ君最低だね」
「エリーゼさんの顔に傷つけたことを知られたらイルシアに殺されるぞ」
「……ニビ、早く謝ったほうがいい」
「なんで僕だけの責任みたいになってるの!?」
見事仲間全員に見捨てられたニビを見てまた吹き出し、満足いくまで笑ってから目に浮かべた涙を拭った。
爆笑していた私を恨みがましく睨むニビをスルーして、彼らに改めて先ほど持ちかけた頼みを話す。
「さて先ほどの訓練についての頼み、聞いてくれるかの?」
「わかりました、できる限りやってみます」
皆を代表してヒューイが答え、残り四人も続くように頷いた。
総合とジャンル別で、日間一位をいただきました。
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