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届けられた手紙


 気絶して動かなくなったハイリに回復魔法をかけてみたが、一向に目を覚まさない。

 ここでぼーっと意識が戻るのを待っているのも面倒なので、物は試しとハイリに向かって水をかけてみる。


 「アクアボール」

 

 「冷たっ!? 敵か!?」 


 さすがに効いたようで、目を白黒させながら飛び起きた。

 状況を理解するより早く戦闘態勢に入るのはさすが魔族といったところだろうか。

 

 「やっと起きたか、手間をかけさせおって」

 

 「おぉ、何かと思ったかエリーゼか!」

 

 私の顔を認識し、ようやく自分が何をしていたのか思い出したようだ。

 それにしてもなんでこいつはこんなに馴れ馴れしいのだろうか。

 

 「いやぁ強いなあんた! こんなに手も足も出なかったのは初めてだよ!」

 

 「まぁ生物としての作りが違うからの。さて、おぬしにはいくつか聞きたいことがある」

 

 もちろんこのまま、もう気が済んだでしょうからお帰りくださいと返すわけにはいかない。

 私がここにいることをどこで知ったか、そもそもなんで私の名前をしっているのか問いたださなくては。

 

 「ん? あぁいいぞ! 負けたからな、なんでも話してやる!」

  

 「……どうやって聞き出してやろうかなんて少しでも思っていた自分が恥ずかしいわ」

 

 ハイリと出会ってから何度目かわからないため息をついている私の横で、そういえばと彼女は何かを思い出したようなそぶりをする。

 

 「いけないいけない。やんなきゃいけないことを忘れてた」

 

 「殴りかかってくる以外に目的があったのか……」

 

 呆れている私をスルーし、ハイリは懐から一枚の手紙を取り出してそれを手渡してきた。

 なぜそれを一番最初に渡さないのか小一時間問い詰めたかったが、彼女に言っても私が疲れるだけだろう。

 観念して渡された手紙を読む。

 

『 

 親愛なるエリーゼ。

 

 封印が解けたというのにいつまでも道草食ってて挨拶にこないとは、随分と冷淡になったものですね。

 旧友として、またかつて仕えた身として悲しい限りです。

 早く土産を持って訪ねに来なさい。

  

 あなたが知りたいことのいくつかを、私が教えましょう。

 紹介したい者達もいます。

 

 まぁあなたがもう魔族と関わるのは頭痛がするほどうんざりで、人間界で余生を楽しく暮らすんだというならば強制はしませんが。

 ちなみに私は問題ばかり起こす魔族の面倒を見るのはもううんざりなので、人間界を漫遊して過ごしたいです。

   

 それでは、再びあなたに会える日を心待ちにしています。   

   

 元側近にしてあなたの友、フェルナより。

   

 追伸 この手紙を届けさせた馬鹿は筋金入の馬鹿なので、元魔王様の躾の腕に期待しています。

 

 「……なんなのじゃこの所々無責任な手紙は」

 

 手紙を読み終えると同時に、ついつい思っていたことが口からこぼれてしまう。

 同時に、覚えのあるその口調と、懐かしい名前を目にしてふっと頬を緩ませた。

 

 「おい、ハイリと言ったな」

 

 私が手紙を読んでいる間行儀よく座って待っていたハイリが、急に声をかけられて、なんだ? と反応する。

 

 「おぬしへの質問は一つだけじゃ」

 

 「おう、なんでも聞いてくれ!」

 

 「フェルナは、元気にしてるのか」

 

 私の問いに、ハイリはもちろんと頷いた。

 

 「めちゃくちゃ元気だし、めちゃくちゃ強いぜ!」

 

 「いや後半は聞いておらんが」

 

 三百年前の親友の健在を聞いて、さっきまで感じていた疲れが一気に吹き飛ぶ

 フェルナという魔族は、私の幼馴染であり、魔王時代の側近だった女だ。

 

 「そうそうくたばらないだろうとは思っていたが、大崩壊も生き抜いていたのじゃな」

 

 おそらく聡明な彼女のことだ。

 私が大崩壊や崩獣について知りたがっていることもお見通しなのだろう。

 だからこそ、こんな手紙をよこしてきたにちがいない。

 

 彼女の計算外だったのは、使者として出した魔族が手紙を渡すより先に殴りかかったことぐらいだろうか。

 

 「ちなみにおぬしはフェルナになんと言われてここに来たんじゃ?」

 

 「あたしが強い相手と戦いたい! って言ってたら、ここにエリーゼっていうすげぇ強い人がいるから挑んでくるといいって言われてな!」

 

 前言撤回、全て彼女の掌の上だったようだ。

 追伸に書いてあった躾てくれというのは、つまりそういうことなのだろう。

 

「三百年経っても何も変わっとらんなあいつは……」

 

 嬉しいような、残念なような微妙な気持ちが湧き上がる。

 まぁ他の魔族相手にフェルナも相当苦労しているようだし、むしろ昔より性格がねじ曲がっていないことを褒めるべきか。

 

 「大丈夫ですかエリーゼ様!?」

 

 そんなやりとりをしているうちに、なかなか戻ってこない私を心配したのか、イルシアが自警団の面々を引き連れて様子を見に来た。

 

 「あぁ大丈夫じゃよ。この馬鹿もこらしめておいたからもう暴れんじゃろ」

 

 「あんちゃん達さっきは悪かったな! 怪我はなかったか?」

 

 出会い頭に魔法をぶっ放しておいて怪我の心配とか、どういう頭の構造をしているのか見てみたくなる。

 案の定イルシアとニビも困惑した表情でなんて返せばいいのか迷っていた。

 

 「こいつの言う事は話半分に聞いておいていいぞ。それよりイルシアに頼みがあるのじゃが、こいつの身柄は私が預かってもいいか」

 

 「それは、もちろん構いませんけど。その、危ない人みたいですし……」

 

 「正しいが散々な言われようじゃな……」

 

 危ない人呼ばわりされているハイリは、自分の扱われ方がわかっていないのかキョトンと首を傾げていた。

 

 

 

 

 日も落ちてすっかり暗くなった夜の村に、コンコン、と乾いたノック音が響く。

 しばらくしてバタバタという足音が聞こえてきた後、はい! という声とともにゆっくり扉が開かれた。


 「エリーゼ様、どうしたんですかこんな夜更けに」

 

 「ちょっと話したい事があってな」

 

 イルシアに部屋に入れてもらい、ここ数日いつも使っている椅子に座らせてもらう。

 少し待っててくださいと言って部屋を出て行ったイルシアは、しばらくしてホットミルクをもって戻ってきた。

 

 「ハイリさんの様子はどうですか?」

 

 「あぁ、私の家で待たせてある。明日には村から出てってもらうつもりだから、心配しなくて大丈夫じゃ」

 

 ハイリを捕らえた後、村長にかいつまんで事情を話し、正式に彼女の身柄を預かる事になった。

 そのまま私の借家まで連れて行き、ハイリには大人しくここで待っていろと命じてある。

 魔族は基本自分より強い同族には絶対服従なので、私の言いつけを破る事はないだろう。

 フェルナへの返事の手紙も書いたし、明日にはそれを持って彼女の元へ帰らせるつもりだ。

 

 「そうですか、なら安心ですね」

 

 そんなやりとりをした後、少しの間部屋を沈黙が支配し、こくこくとミルクを飲む音だけが響く。


 「「……」」


  ちょっとだけ気まずいその沈黙を先に打ち破ったのは、イルシアの方だった。

 

 「……何か、話があるんでしたよね」

 

 「あぁ。……ちょっと事情が変わってな、もう少ししたら一度村を出る事にした」 


 フェルナからの手紙が届いた以上、放置しておくわけにはいかない。

 今の魔族がどうなっているかも気になるし、会わせたいものがいるとも書いてあった。

 予定よりだいぶ早く村を出る事になるが、なるべく早くフェルナに会いに行く必要があるだろう。

 

 「ハイリさんと話しているところをみてから、そんな気はしていました」

 

 手に持っていたコップをこつんと机の上に置き、イルシアはふぅと息を吐く。

 

 「寂しく、なりますね」

 

 そう呟いた言葉に、私はすぐに答えられなかった。


 イルシアが私を慕ってくれている事は、なんとなくわかっていた。

 私がこの村を離れるのを快く思っていない事も。

 だからこそ、誰よりも先に村を出る事を伝えようと思ってここに来た。

 

 「なに、ずっと村に帰ってこないわけではない。ちょっと用事を済ませてくるだけじゃ」

 

 まだこの村でやるべきことは残っている。

 やるべきことを済ませたら、また戻ってくるつもりではあった。

 

 「……じゃあ、私待ってますね。エリーゼ様が帰ってくるの」

 

 膝の上でぎゅっと拳を握りながら、イルシアは私を心配させないように笑顔でそう口にする。

 その気遣いに、少しだけ罪悪感を感じた。

 

 「そう言ってもらえると助かる。……じゃが、私としてはもう一つおぬしに提案があるんじゃ」

 

 「提案、ですか?」

 

 ここに来るまで、言おうか言うまいかずっと迷っていた。

 いや、今ですらこれを言うのは間違いなんじゃないかと思っている。

 けれど、私を友として慕ってくれ、本気で別れを惜しんでくれているイルシアを見て、決心がついた。

 

 「その、じゃな。まだ私はこの時代のことに疎いし、正直色々と困ることも多いと思うんじゃ。だから、もしイルシアがよければ、じゃが、その……」

 

 珍しく歯切れが悪く言いよどんでいる私を見て、イルシアは不思議そうな顔をする。

 ここまで来て後には引けないと、思い切って迷っていたことを口にした。 


 「少しの間私と一緒に、旅に付き合ってくれないか?」

 

 私の言葉がよほど意外だったのか、少しの間目を丸くしたあと、ゆっくりとイルシアはその端正な顔立ちを綻ばせる。

 

 「エリーゼ様がそう言ってくださるのなら、喜んで」

 

 「私が全力で守るが、それでも旅は危険じゃぞ? それに、用事が済んだらすぐ帰ってくる予定じゃが、いつになるかは約束できん。それでもいいのか?」

 

 「もちろんです。父に了解は取らなければいけないでしょうが、私は構いません」

 

 それに、とイルシアは付け加える。

 

 「エリーゼ様が守ってくれるなら、大丈夫です。私はあなたを信頼してますから」

 

 「……そう言われてしまっては、何も言い返せぬな」

 

 快く承諾してくれた彼女に、私は改めてよろしく頼むと頭を下げた。

 


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