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迷惑な来訪者

 エルネルト教は、王国同様私が魔王をやっていた頃にもあった。

 というか、思いっきり敵対していた勢力の一つでもある。


 王国は勇者を差し向けてきたが、それに対して教会は聖女と呼ばれる、これまた面倒臭い奴を私たちにけしかけてきたところだった。

 魔族に対して王国以上に敵対感を持っており、魔族を見つければ命を賭して殺しにかかってくるという狂信者集団だ。

 魔族内でもそれなりに恐れられていて、教会の連中を見つけたら面倒臭いから逃げろと言われてるほどである。

 

 はっきり言って関わりたくない。

 

 特に私の代の聖女は最悪で、彼女によってもたらされた魔族軍の被害は相当なものだ。

 魔族の集落を焼き討ちするわ、軍幹部の子供を誘拐して脅迫するわ、しょっちゅう暗殺の刺客を放ってくるわ、とにかく目的を達成するためには手段を選ばない女だった。

 まぁさすがにあのレベルの頭のおかしい奴がこの時代にいるとは思わないが、イルシアの忠告通りなるべく近寄らないのが吉だろう。

 

 それにもう一つ、今の私はここに近づきたくない理由がある。

 エルネルト教のいう神は、人間に勝利をもたらし魔に連なるものに敗北を与え、永遠に人間を栄えさせるものとして崇められていた。

 それはすなわち私が覆したあのルール、魔族と人間の間に働く調整機構の事に他ならない。

 だからこそ、調整機構を表すものとして最も分かりやすい魔王と勇者の証を、こうして未だに自分たちの教義の象徴としているわけだ。

 そんなものを崇めている連中に、それを出し抜いた私の存在がばれようものならどうなるかなんて想像もしたくない。

 

 「わかった、ここには気をつけるとしよう」

 

 「本当に気をつけてくださいね? 酔っ払った勢いで教会の人に目をつけられそうで心配です」

 

 「……イルシアの中にある私のイメージはもう酒乱で固定されてしまったのかの」

 

 辛辣な言葉をなげかけてくる友人にしょんぼりした気持ちになるが、思い当たる節がありすぎるので何も言い返せない。

 

 「さて、次は王国周辺の地理についてですけど……」

 

 「失礼します。エリーゼさんいますか?」

 

 講義を再開しようとするイルシアの言葉を遮るように、見知った顔が部屋に入ってきた。  

 自警団の一人であり、ついさっきまで私が実戦練習の相手をしていた一人でもあるニビだ。


 「ニビではないか。どうした?」

 

 「それが、エリーゼさんを訪ねてきたという方が村に来まして」

 

 「私にか?」

  

 ニビの言伝を聞いて、私とイルシアは怪訝な顔をする。

 この時代に私の知り合いは村の中以外いないはずだし、ましてやこの村に私がいる事を知っている者がいるとは思えない。

 

 「ちなみにその人はいまどこに?」

  

 「屋敷の前で待ってもらってます」

 

 「……わかった、すぐ行くから先に客人のところに戻っておいてくれ」

 

 ニビが部屋を出たのを確認して、イルシアと顔を見合わせる。

  

 「私の存在はこの村以外には伝えておらんのじゃったな?」

  

 「はい、私も父も誓って。ただ、村の人全員に口止めをしているわけではないので、村にすごい人が来たとかで他の村に伝わった可能性もなくはない……ですね」

 

 「ふむ……。まぁ会ってみない事にはわからぬか」

 

 なんとなく碌な事にならない予感がするが、このまま会わないわけにもいかない。

 気乗りしないが仕方ないと、重い足取りで部屋を出た。

 

 

 

 

 「よう! あんたがエリーゼか」 

 

 「誰じゃお前」

 

 イルシアと共にニビの待つ屋敷前に出ると、見知らぬ女がやけに馴れ馴れしく話しかけてきた。

 肩につかないくらい短めの髪と、活発な印象を与える笑顔と声、私と同じくらいの年齢に見える姿。 

 じっと観察してみるが、やはり記憶に該当する相手はいない。

 

 「あたしの名前はハイリだ。 さて、挨拶も済んだし早速……」


 ハイリと名乗った女は、そう言いながら不敵に笑うと、突然私に向かって手を突き出した。

 それに嫌な予感を覚え、とっさにニビとイルシアの前に立つ。

 

 「下がれ二人とも!」 

 

 「やりあおうか!」

 

 魔法が発動されるのと同時に、ニビとイルシアをかばうように障壁を展開する。

 放たれた衝撃波と私の張った障壁がぶつかり合い、のどかな村には不似合いな破裂音が響き渡った。


 「おぉ、今のを無傷で防ぐのか! あいつの言っていたとおりやっぱりやるなあんた!」

 

 「……前言撤回じゃ。この後先考えない馬鹿さ加減には覚えがある」

 

 ちらりと背後のふたりが傷を負ってない事を確認して、屋敷の中に避難しておけと指示を出す。

 二人が屋敷の中に入ったのを見届けてから、改めてハイリを睨みつけた。

 

 「躾がなってないようじゃな魔族娘。今代の魔王はよほど放任主義と見える」

 

 「魔族と名乗った覚えはないんだけど、なんでわかったんだ?」

 

 本気で驚いたという顔をするハイリに、呆れ気味にため息をついた。

 

 「初対面で魔法ぶっ放してくる頭のネジがはずれた戦闘狂いは散々見てきたからな。経験じゃよ経験」

 

 「なるほど、じゃああたし達の事はよくわかってるわけだ!」

 

 そう楽しそうに笑うハイリの腕が、急激に変化していく。

 肘から指の先にかけてびっしりと黒い毛が生え、その太さが倍近くまで膨れ上がった。

 爪は鋭く長く伸び、凶悪な一つの武器となっていく。

 

 「あたしたち魔族は強い相手と戦うことこそが最高の喜び! さぁ勝負しようエリーゼ!」

 

 「乗ってやる義理はないが、私の庇護下にある村で暴れた罪は償ってもらわなければな。そのすっかすかの頭に時と場所を考えるといことを嫌という程おしえこんでやる」

 

 

 

 魔族は人間としての特徴と、魔物としての特徴を持つ。

 その度合いは様々だが、言ってしまえば人型の魔物のようなものだ。

 魔物としての特徴が色濃く現れた部分は、その魔族の象徴とも言える。

 今目の前にいるこの魔族の場合は、その腕こそが魔物としての特徴に当たるのだろう。

 

 さすがに村のど真ん中で戦うわけにはいかないため、攻撃を避けながら村はずれまで誘導する。

 逃げ続ける私に文句を言いながらも、ハイリはちゃんと後を追ってきていた。

 

 「おい逃げるな! ちゃんと戦え!」

 

 「馬鹿者、仮にも魔族はいま停戦中なのだろう? 人間に被害が出たらどうする」

 

 「言われてみれば確かに……」

 

 こいつ、魔族の中でも底抜けの馬鹿なのかもしれない。

 相手にするのがだんだん面倒になってきたが、目的の場所まで連れだせたので足を止めてハイリに向き合う。

 

 「さて、お望み通り戦ってやろうか」

 

 「よしきた、いくぜ!」

 

 ハイリは獰猛な気性を隠そうともせず、全力で足を踏み込みその剛腕から掌底を打ち出す。

 防がれるなんて想像もしていないであろうその一撃を、私は一歩も動くことなく真正面から片手で受け止めた。


 「んな!?」

 

 「終わりか? じゃあこちらから行くぞ」

 

 武器は持っていないが、この程度の相手なら必要ない。

 驚きで固まっているハイリの懐に潜り込み、その腹に全力で拳を叩き込んだ。

 

 「ぐぅっ……」

 

 「擬態化を使えるからそれなりに高位の魔族だとは思うが、まぁ相手が悪かったの」


 もろに私の攻撃をうけたハイリは、腹を抑えてなんとか倒れないように踏ん張る。

 喧嘩を売ってきただけあって、それなりに根性はあるようだ。

 

 「はは……! あんた最高じゃん!」

 

 ハイリはふらつきながらも一旦私から距離を取り、再び戦うための体制を整えようと荒い息を吐いている。

 こういう輩は完膚なきまで叩きのめさないとわからないというのは長年の経験でよくわかっているので、向こうの準備が終わるまで待つことにした。

 

 「どうした、もう降参かの?」


 「まだまだ!」

 

 自分より格上と戦えたことが余程嬉しいのか、いまだ戦意が衰えない目を輝かせて再び私に挑む。

 近づくのはまずいと思ったのか、ハイリは距離を取ったまま連続で掌底を打ち込んだ。

 同時に魔法陣が展開され出会い頭に撃たれたのと同じ衝撃波が、連続で私に襲い掛かった。

 

 「無駄じゃよ」

 

 そのことごとくを障壁で防ぎ切り、無傷のままハイリに向かって魔法を撃ち返す。

 ハイリの使った物とはくらべものにならない衝撃が、彼女を宙へと吹き飛ばした。

 

 「ふぎゃっ」

 

 そのまま地面に衝突したハイリは、先ほどのダメージも相まってか気を失ったようで、地面に伏したままピクリとも動かなくなる。

 放置して帰りたかったが、迷惑な訪問者をここに転がせておくわけにもいかないので、仕方なく彼女の目が覚めるまで待つことにした。

 


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