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プロローグ

 もうもうと立ち込める土煙の中、男と女が一人ずつ、剣を構えて対峙していた。

 あたりには綺麗に部屋をかざっていたであろう装飾品が無残にも砕け転がっている。

 部屋は半壊し、ところどころで火の手が上がっていた。 

 

 「そろそろ決着をつけようか、魔王」

 「……もしかしたら、なんて思っていたんじゃがな」

 

 光り輝く剣を携えた青年は、眼前の女に向けて無慈悲にそう告げる。

 魔王と呼ばれた女は、自嘲気味な表情を一瞬浮かべたが、すぐに壮絶な笑みで勇者の言葉に立ち向かう。

 その口の端からは一筋の血がたれ、肩で息をし腹にも穴が空いているが、気を抜けば今にも青年の喉元を食いちぎりそうな獰猛な雰囲気を放っていた。

 

 「いくぞ、魔王!」

 「来るがいい勇者よ!」

 

 勇者が振り下ろした剣から光が迸り、魔力でかたどられた巨大な剣が魔王を滅ぼそうと殺到する。

 対する魔王も幾重にも展開した陣から放たれる魔法によって、光の剣を押し返していく。

 ぶつかりあう膨大な力は大きく膨れ上がり、二人の視界を真っ白に染め上げる。

 暴れ狂う力の余波は近くにある物を飲み込み、破壊の爪痕を刻み込んで行った。 


 「……やはり、ダメか」

 

 ごぼり、と喉から溢れ出た鮮血を抑えることもできず、女は空に向かってそう呟く。

 光が収まった後には、腹に大穴をあけられ片腕を吹き飛ばされた魔王が地面へと転がっていた。

 

 「僕の勝ちだ」

 「そのようじゃな」

 

 未だ倒れる気配のない勇者は、虫の息となった魔王のそばに近づくと、剣を持っていない手をそっとかざす。

 その眼下では、いくつもの魔法陣が展開され、またたくまに体の欠損部分を修復させていく魔王の姿があった。

 

 「聞いた通り、驚異的な再生力だな。完全に回復する前に、お前はここで封印させてもらう」

 

 それを聞いた魔王は、諦めたように小さく唇の端を持ち上げた。

 

 「こうなってしまっては、もはや私にできることはなにもない、か」


 かざされた勇者の手から白い魔法陣が展開され、光り輝く魔力の奔流が魔王の体を包み込む。

 その光が徐々に薄れて消えた後には、手のひら大の透明な水晶が残っているだけだった。



 ***

 


 もうどれだけ駆けたかわからない。

 足の裏は擦り切れ、痛みを通り越して燃えるような熱さを感じる。

 

 「はぁ……、はぁ……!」

 

 それでも足を止めるわけにはいかない。

 追っ手がどこまで来ているかもわからないし、何より一度立ち止まってしまえばもう二度と立ち上がることができないという予感があった。

 

 「待っててみんな、必ず、必ず助けるから……!」

 

 危険を承知で逃がしてくれた父を思い浮かべ、痛みとは別の理由で涙がこぼれ落ちる。

 きっとひどい目にあわされているだろう家族や村の人たちを思い、握った拳にさらに力がこもった。

 

 「見えた、あそこだ……!」

 

 村が祀っている祠へ続く洞窟の入り口が視界に入り、少しだけ安堵の息がこぼれる。

 近くに助けを求められるような所はなく、あの場所が最後の希望だった。

 祀られているのは大昔に封じられた邪悪なる物とも、人々の願いを叶える神の使いとも言われている。

 本当に救いの手が差し伸べられるからは半信半疑だったが、もうすがれるのはここだけだった。

 洞窟の中に入ったことで、小さな石が容赦なく足の裏の皮膚を突き破る。

 痛みに顔をしかめながらも、歩みをとめることなく奥の祠へと向かった。

 

 「……これが、封印石」

 

 ようやくたどり着いた祠の奥には、透明な石が祀られている。

 祭事の時に遠目に見たことはあるが、こんなに間近で見たのは初めてだった。

 その封印石をそっと手に取り、必死に祈りを捧げる。

 

 「お願いします、私の村を助けてください……!!」

 

 そう祈るようにつぶやくと同時に、ピシリと音を立てて水晶にヒビが入る。

 はっとして水晶を見ると、そのヒビから眩い光が溢れ出していた。

 おもわず水晶を地面に落とすと、さらにヒビは広がり、視界を埋め尽くすほどの光にがほとばしる。

 あまりのまぶしさに、とっさに目を瞑ってしまった。

  

 「ふふ、ふふふ、はははは、あーはっはっはっ!」

 

 突如聞こえた豪快な笑い声に、光で眩んだ目をゆっくりとあける。

 いつのまにか収まっていた光の代わりに、燃えるような紅い目と腰まで伸びた深紅の髪が特徴的な、一人の少女が立っていた。

 

 「やった、私はついにやったぞ! あの外道ルールを覆した!」

 

 まるで近くにいる自分が見えていないかのように、少女は無邪気にはしゃいでいる。

 予想もしていなかった光景に、現状を飲み込むことができず、ただただ少女を眺める事しかできない。

 

 「おっと、そういえばお前さんを忘れておったの」

 

 一通りしゃべりたいことをしゃべりきったのか、満足した顔で見知らぬ少女は改めて自分の目の前に向き直る。

 

 「私の名はエリーゼ。娘よ、封印を解いてくれた礼だ。おぬしのその願い、叶えてやろう」

 

 年端のいかない少女にしか見えない容姿とは対照的に、聞くものすべてに有無をいわせないような力強い口調で、彼女は私が待ち望んでいた言葉を紡いだ。


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