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「ぎゃふん」なんていってやらない

「ぎゃふん」なんて言ってやらない。 その3

作者: 浅井珪香

 薄ぼんやりとした視界の中、俺の顔を覗き込もうとする女性。


「私がこんな日に風邪なんてひかなければ!」

「私が早めに提出しておけば!」

「私が車を出してなんて頼まなければ!」


 自身も顔から大量の血を流していながら、慟哭の声を上げる。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 狂ったように泣き叫ぶ貴女を安心させたくて手を伸ばしたいけれど、糸が切れたように身体は動かない。

 代わりに声をかけたいけれど、声すらも出ない。だんだんと、視界が暗くなっていく。

 はるか遠くで、絶望の声を聞いた。


 貴女のせいじゃない、だから泣かないで。



















 ヒロインに会わないまま1か月が過ぎた今日、俺は目の前の現実に呆然とした。

 数日前に入学してから初めての座学試験があり、この学園では上位30名が張り出されるのだが。


「俺が……2位」


 12歳でここが乙女ゲームの世界だと気付いてから、勉学に魔法に剣術にはげみ、ずっと学園首席をキープしてきたのに、なんということだ。

 そして驚いたことに、俺を抜いて首席に躍り出たのは外部入学者マリア・コナー。そう、この乙女ゲームのヒロインである。

 前世の姉曰く、秘めテンのヒロインは平凡の庶民(どう見ても美少女である)であり、成績も平均値だときいた。だから、マリスルートに入ると中盤でヒロインに勉強を教えるというイベントがあるらしい。あまりにもイレギュラーすぎる。もしかして俺たちが散々ヒロインを避け続けてきた弊害、つまり『ヒロイン補正』というものなのだろうか。

 俺が焦る理由はもう一つある。というか、抜かされたら抜かし返せばいい話なので別に妬むつもりはないから、理由はこちらの方が多いだろう。学園の伝統で、各学年の上位3人が自動的に生徒会に入らされるのだ。

 もちろん会長など主な役職は3年生が勤めるので書記か会計の1人になるわけだが、何度も言うようにここは乙女ゲームの世界だ。この国の王子で学年首席のマリスが堂々と会長に君臨する手筈になっている。正直やりたくないけど仕方ない。

 つまり、1年からの生徒会役員は首席マリア・コナー、次席マリス・リュミアン、3位アルヴィン・ビショップの3人が選出される。本来なら首席俺、次席アルヴィン、3位ミリアだったのだ。平凡庶民のマリアとは、好感度が上がったところでマリスが権力を使って雑用係として参加かせるルートしかなかったので、これさえしなければ最大のフラグは折れるはずだったのに。ヒロイン補正恐るべし。


「ありえない!こんなの偶然だ。ほら、マリステスト当日ちょっと寝不足とか言ってただろ?」


 隣で我が事のように憤慨するギルバートが、俺の肩を叩いた。それでも2位は2位だ。そして、マリアの得点を見ても認めざるを得ない。満点マイナス2点。ほぼ満点を叩きだしたようなものだ。まぁ、通常運転の俺は全科目満点ですが?何か?

 そんな掲示板の前で多少のざわつきはあったのだが、不意にそのざわつきが大きくなり、陰口のようなひそひそした声が周りから聞こえた。


「あれがマリス様を辱めた」

「あれが外部生の」

「あんな平凡な庶民が」


 何かから裂けるように、道が開いていく。嫌な予感がしたので、俺はギルバートを掴んで遠巻きの生徒に紛れた。


「早く早く!!ほんとすごいことになってるんだからっ」

「ちょっと待って…っ、ナタリーさん」


 スローモーションのように、ピンクの髪が揺れる。きれいに整えられたショートボブ、アイロンのかかった制服、色白の顔に桃色の頬。現れたのは避け続けていたヒロインだった。心臓が太鼓のように鳴り、鼓膜を揺さぶり視界がぼやける感覚。

 ふらりと揺れかけた時、腕を強く掴まれた。その方角を見れば、ギルバートが真剣な表情で俺を見ている。


「大丈夫かマリス?」


 その声で我に返り、俺は強く頷いた。こういうところは側近らしくて困る。


「ほらほら見て見て、マリアさん首席だって!すごいわ~っ。あのね、このテストで上位に入ると学園の生徒会に入れるんだよっ。しかもマリス様とクライヴ様と一緒なんて羨ましすぎっ」


 ナタリーの誘導でマリアが見上げる。さてどのような反応を示すのか。前世で見てきた感じだと「私なんかがそんな…でも嬉しい」みたいな反応だろう。

 そんな予想をしつつ遠巻きに観察していると、ふと違和感に気づいた。健康的な顔がだんだんと蒼白になっていくのだ。マリアからしたら想定外なのか?視線が揺らいだので、倒れると思い右手を伸ばしそうになる。いやダメだろ。暗い表情のマリアと、嬉々として掲示板を指さすナタリー。

 ついに、マリアの身体がぐらりと揺れた。倒れる、と思わず目を細めると、周りがざわりとしたのでもう一度目を開いた。マリアの傍には攻略対象のアルヴィンがいて、ぐったりとした彼女を支えていた。ナイスアルヴィン、このまま人身御供になってくれ。……というのは置いといて、首席の何がマリアにとって不都合で気絶するほど逃避したいことだったのか。


 うん、やっぱりアルヴィンを使って聞き出すしかないか。


 非道と思うなかれ、俺はこれでも真剣にフラグを折りまくって愛するミリアと結婚したいんだからな。俺とミリアの輝かしい未来のために、犠牲になってくれアルヴィン。











 アルヴィンから有用な情報が引き出せないまま、生徒会初日を迎えた。もちろんヒロインブロックは忘れない。俺は生徒会室に入るなり、アルヴィンの隣をキープしてマリアを遠ざけた。俺のために犠牲に以下略。なのに、アルヴィンの表情がどこかドヤ顔になっている。大変不本意だ。

 そして、当然のことながら俺は1年次席でありながら生徒会長に任命された。基本的に順位なんて変動しないだろうし、3年の方が実力も経験もあるので自分から進んで会計になると申し出たのに、俺以外全員一致で否決された。解せん。結局、生徒会長マリス、副会長クライヴ・バートン&アルヴィン、会計と書記はその他という結果になった。今さらながら、生徒会顧問は攻略対象のジェフリー・ブレアムだ。ロリコン教師枠で熱血人間だ。前世の姉がジェフリールートのイベントの一つ、ヒロインに騎士の誓いをするスチル(静止画)で「ロリコンのくせにロリコンのくせにっ!!なんてかっこいいのよもうヤダ~~!」とテレビの前で悶え転がりソファに頭を強打して別の意味で悶えた、という記憶がよぎる。というか、あまり姉と話した記憶がないのに、くだらない場面はよく覚えてるんだな俺。

 まぁそれは置いといて、俺がアルヴィンルートを激推しする理由の一つにジェフリーがいる。別にロリコンは勝手にすればいい話なんだが、実は昔、魔法も剣も達者になって天狗だった俺は、ヒロインがルート入りする最中に現れるジェフリーのトラウマを根本からなかったことにしてしまい、フラグをへし折ってしまったのだ。その時はこっそり全力でヒロインに合掌した。まじすまんかった。


「それじゃあ、新生徒会長、何か挨拶してくれ」


 ジェフリーの声で我に返り、俺は顔を上げてメンバーの顔を1人1人見つめてから一呼吸した。


「今期会長になりました1年のマリス・リュミアンです。おそらく皆さんは俺がこの国の王子だとご存知でしょうが、学園では身分は平等と規定されています。中等部での経験はありますが、勝手の違いがまだわかりません。ですので、不慣れでじれったく思われると存じますが、ご指導いただき支えて頂けるとありがたいです。よろしくお願いします」


 ふう、緊張した。ばれないよう小さく息をつく。そして周りを見ると、ほぼ全員がぽかんとしていて無音空間になっていた。えっ、俺何か失敗した?!

 すると、最初に隣から拍手の音がして、それから広がるように鳴り響く。ああ、失敗してなかったんだ、よかった。






 俺王子なのに全員から総スルーくらったんじゃないか、とか思ってないからな。ちょっとしか。

ミリアとギルバートを騎士にして、ずっと遭遇しないので油断したらこうなったよ、の巻。


ヒロインやっと出てきました。設定だけはどことな~く考えていたのですが、主人公が逃げて逃げて逃げまくるのと、もちろん主人公の取り巻きと化した攻略対象もヒロインと遭遇しないので、話が進まない進まない。

果たしてこれが『ヒロイン補正』であるかどうかは、秘密です。


これの続きは、筆が乗ったらで。なにせ、前回が1年8か月前ですからねぇ……(遠い目)



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