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その瞳に視えるもの

 男の眼が歓喜に震えている。男にとって最上級の至福の時間のようだった。少し刃物を持った手が緩んだ。


「アリス! 大丈夫か!」

 その時、健太の声が聞こえてきた。閉まっていた玄関の扉を開けて、健太が入って来た。健太は玄関で押し倒されている私を見た。犯人は私が怯え言いなりになっているので、気をゆるしていたんだろう、玄関の鍵を閉めてはいなかったのだ。

「お前!」

 健太はそう叫び男に飛びかかっていった。私に刺さっている刃物が健太の位置からは見えなかったのだろう。刃物が私に刺さっているとわかっていたら、健太もひるんだかもしれないが、それが幸いした。犯人は健太の登場に戸惑い、刃物から手を離して健太に立ち向かった。

 健太は私より二つ年上の向かいに住んでいる幼馴染だった。体も大きく野球部に入っていた健太にとって、犯人は手強い相手ではなかった。

 痛さと恐怖に震えて見る男の姿は恐ろしくて、立ち向かう勇気さえ出てこなかった。健太が男に組みついているのを見てホッと息を吐き出した。その後に見る男は細く小さく弱々しかった。中三の健太の方がガタイもずっとよかった。


 私は刺さったままだった刃物を、自分の脇腹から抜いて男に向けた。

「動かないで!」

男の眼は凍りついた。動かなくなった男を健太が組み伏せた。

「アリス、早く救急車を呼んで!」

「う、うん」


 私は刃物を放り出してリビングから電話をかけた。救急車を呼び、警察にも連絡して、健太の母親にも、そして父にも電話をかけた。早く安心したかった。いくら健太が押さえつけているといっても不安だった。さっきまでの恐怖で、指が手が声が身体中が震えていた。

 玄関が開く音がして、女性の悲鳴が聞こえた。健太の母親だろう。バタバタと足音がして姿が見えた。深いため息が、自然に身体中から出てきた。そこで私の意識はなくなった。


 *


 健太の母親に介抱されて、すぐに救急車で運ばれて、無事に目を覚ましたのはその日の夜だった。目を開けるとそこには、心配そうな眼で私を見ている父と祖父と祖母がいた。

 犯人が無事に捕まり、健太には何の怪我もなかったと聞いて安心した。


 一ヶ月ほど入院して家に戻った私に待っていたのは、学校の中で好奇の眼にさらされる日々と家に帰るという恐怖だった。家に入る事が怖かった。そしてそこで父が帰って来るまで、一人の時間を潰すことが恐怖だった。

 すぐに父は家には帰らず父が帰って来るまで、健太の家に私を預かってもらうという解決策を提案してくれた。父は検事だったので被害者の気持ちがよくわかるんだろう。私が何も言わなくても、すぐに健太のおばさんと話をつけていた。

 そんな父でも学校内のことには対処できなかった。事実からかけ離れた私を傷つける噂が学校中に溢れかえっていた。それだけでも十分に苦痛だっただろう。けれど、私の眼には視えていた。誰が何を思い考えているのかを。


 そして事態は最悪の結末を迎えた。現行犯で捕まった犯人の刑罰が懲役十年だったのだ。犯人は絶対に他の殺人も犯している。連続殺人鬼だといくら私が訴えても誰も耳を貸さなかった。他にも中学生の女の子を狙った傷害未遂事件の犯行は認めたが、他の事件は何一つ立件できなかった。

 私はその時に刑事になる事を決意した。誰もやってくれないからと諦める訳にはいかなかった。一見すると、ひ弱な犯人の正体を知ってしまった。見逃す訳にはいかなかったからだ。

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