真実を視る
私は小さな頃から、人の眼を視るとその人の心が視えた。事実ではなく、その人が信じている事実が視える。周りの反応が変わってきたと気づいた頃、私は相手の心を当てることをやめた。視てはいるけれど、口に出して言わなくなった。ただ勘の鋭い子供のフリを装うようになった。こんな奇妙な力を人に言っても、気味が悪く思われるだけだったから。
中一の頃に事件に巻き込まれた。私は真実を確かめて欲しくて、必死に自分の眼に視えたものを伝えた。私が中一だったからだろうか、現実離れし過ぎた内容だったからだろうか、誰も信じてはくれなかった。事件被害者の恐怖心から来る戯言だと捉えられたんだろう。
*
「ね、お父さん。本当なの! あの人絶対に人を殺してる。それも一人や二人じゃない! ね、信じてお願い」
「アリス、死体もないし犯人の供述もないんだ。信じるも信じないもどうする事も出来ないんだよ。刑が軽いと思うと不安になる気持ちはよくわかっているよ。だけど、これ以上のことは出来ないんだよ」
「だったら犯人と直接話をさせて! 死体がどこにあるのか、私が直接聞き出すから」
「そんなことできるわけないだろう。アリス、悔しいのはよくわかっているよ。だけどこれ以上何も出来ないんだ。アリス、諦めてくれないか」
父の頬に涙が見えた。父の眼は悔しさと怒りと歯痒さ、そしてなによりも私に対する愛情が視えた。父が信じてくれないならば、他の誰が信じてくれるだろうか。
あの時の私は必死だった。私を襲った犯人は間違いなく殺人犯だった。それも連続殺人鬼。私の眼には視えたんだ。
恐怖に怯え何も出来なかったあの瞬間でも、私の眼は犯人の心が視ていた。間違いなく私はこのまま殺されると思った。抵抗出来ない歯痒さでいっぱいだった。
*
学校が終わり、家に入る前にドアの前でカバンを探った。鍵は学校のカバンの内ポケットに入っていた。お気に入りのペンギンのキーホルダーと鍵がふれあい、カシャンと音を立てた鍵は二つ掛けてあった。一つ目の鍵を開けている時に、不意に背中に人の気配を感じた。
「痛っ」
振り返ろうとする前に背中に鋭い痛みを感じた。
「黙って鍵を開けて中に入れ!」
男の声が耳元で聞こえてきた。耳障りで気持ち悪い声だった。その間も背中の痛みは大きくなっていく。背中に刃物を刺されているのだとやっと理解できた。早くしないともっと刺される!
私は後のことまで気が回らなかった。恐怖と痛みで男の指示に従うことしか頭になかった。
鍵を開けてドアノブに手をかけた。
「ドアを開けろ」
男の言葉が出てくる度に私の身体に刃物が刺さっていく。
私は恐怖のあまり慌ててドアを開けた。そして、男は私の背中に刺していた刃物を抜いた。
「痛い!」
傷口が熱くなり燃え上がるようだった。
男は私を玄関に押し込みドアを閉めた。そして私をそのまま押し倒した。背中の痛みは酷くなり後頭部も打っているし、体のあちこちが痛い。
そして、最大の恐怖を目の当たりにした。男の眼を視てしまった。殺人犯。しかも連続殺人鬼の眼がそこにはあった。私なんてアッサリと殺してしまうんだろうな。男の眼は喜びに包まれていた。人の死を前にして喜びを感じている眼だった。
刃物は今度は左脇腹に刺される。
「大声出すなよ」
うんうんと頭を縦に振り言葉で出てこない思いを、相手に必死で告げる。背中の傷は大丈夫だろうか……どこまで私の意識は保っていられるだろうか。