ソウスケ
確か名前は……ソウスケ。
「ソウスケ……君?」
「やっと思い出したかあ!」
彼は嬉しそうだった。本当に心の底から嬉しそうだった。
あれから何年経ったのだろうか。彼は私以上に幼なく小さかったのに、まだ私の事を覚えていてくれていたんだ。
あの頃の小さな男の子はすっかり大きくなっていた。小柄な私よりも大きい。当たり前だけど。
「あの時のソウスケ君なの?」
「そうだよ。鏡の国のアリスちゃん」
「なぜ私の事をいろいろと知ってるの?」
いくら昔に出会って名前を教えたと言っても、このマンションの場所やバイト先を知っているなんて、おかしい。
「君のお父さんに聞いたから」
「え?」
忙しい父の目を盗んで、家を勝手に飛び出したはずだった。もちろん父が私の行方を探し出しているだろうということはわかっていた。いつか父が話をしにくる日が来ることは予想していたけれど、まさかよく知りもしない男の子に私の居場所やらバイト先など教えるなんて、父のすることとは思えなかった。
「嘘……。父がそんなことするなんて……」
「本当だよ。俺って信頼されてるから」
「信頼って。父は、君のこと知っているの?」
「そう。よーく知っているよ」
彼とパーティーで出会った。主催者は相当な大物だったに違いない。父が断りきれないどころか、娘の私も出席させるなんて余程の人物だろう。そのパーティーの出席者でしかも幼いのにあの場にいるんだから、父は彼の親御さんをよく知っているのかもしれない。その子供の彼も。
「君は誰なの? ソウスケ君」
「俺の名前は西園寺ソウスケ」
「西園寺……」
西園寺……! 思い出した。西園寺だ! あの時の主催者の名前。西園寺源三郎。あのおじいさんだ。彼は、きっと西園寺源三郎の孫だろう。それならあの場にいたはずだし、いなくなれば探しにも来るはずだ。勝手に控え室に入っても怒られるはずもない。
「アリスがなかなか思い出してくれないんで、困ったよ」
彼の眼を視ればわかる。彼は困っていたのではなく、私を試して面白がっていた。
「アリス!」
彼は立ち上がりこちらに向かって歩いて来た。そしてキッチンにいる私を抱きしめた。
「あ、ちょ、あの」
「ずっと会いたかったよ」
「な、なんで今頃になって?」
そう。中一から今までの間に九年以上の歳月が経っている。会いたかったなら、なぜ今になって会いに来たんだろう。
「あの後すぐに事件があっただろう?」
私は彼の言葉にビクッと体をこわばらせた。ソウスケはそっと私の体を離した。
「それでその後すぐにアリスが引っ越しして行ったし。俺まだ小四だからね。追いかけるのはさすがに無理だったから。いつかは会いに行こうと考えてたら、アリスがこっちに戻って来るって聞いたんだ。でも、会いに行こうと思ってたらアリスってば、彼氏作ってたんだもんなあ」
彼氏……悠人のことだ。彼は、ソウスケは私の事をよく知っているみたいだ。
「じゃあ、彼の事故のことも……その後の私の……事も?」
「うん。そうだね。多分アリスが想像しているよりも、俺はアリスの事を知ってるよ」
私は上から羽織っていたカーディガンを脱いだ。下には半袖を着ている。半袖姿なら腕の傷がよく見える。
「この傷がどうやってできたかも?」
「うーん。多分ね。まあ、そこは推測の域を出ないけど」
「そう。……私はあなたの事を何も知らない」
全部知られてしまうというのはこんな気持ちになるのか。まるで丸裸にされている気分になる。私は彼の事を、西園寺ソウスケであの時会った男の子であるということしか知らないのに。
「その眼で視えてるわけじゃないの?」
「な!」
な、なぜ? 父も私のこの力を信じてはいなかった。今は少しだが本当じゃないかと思ってきているみたいだけれど、そんなことまで父は彼に話しているんだろうか。それともあのパーティー会場で、私が自分から彼に言ったのか?
彼の眼は好奇心でいっぱいだった。そして少し悲しい感じと私を気遣う心が視える。
「俺の気持ちを当ててみて」
「こ、好奇心でいっぱいのはずなのに、少しの悲しい気持ちと私を気遣う気持ちが視える」
視えたものをそのまま答えた。外したことは一度もないハズだ。