回想
つまらなかった。父に言われるまま、何かのパーティーに呼ばれた。中一になったばかりだった。知らないおじさんやおばさんと会話している父の眼は、嫌々だって言っている。父と楽しげに話をしている人も同じ眼をしている。誰も楽しんでいないパーティー。大人って大変なんだな。
父に誘われるまま、パーティーに来てしまった。なんちゃらって偉い人のパーティーで、娘の私も呼ばれたそうだ。父の顔を潰すのも悪いと思って参加してみたけれど、ちっとも楽しくもない。せっかくのご馳走も、暇に任せて食べていたからだろう、すぐにお腹がいっぱいになった。
父に呼ばれて、主催者の偉い人と話をした。おじいちゃんくらいの人で、ニコニコしている眼の奥には深い渦が巻いているのが視えた。悪いこともいいことも何もかも知っている眼だった。何を聞かれたかは覚えていないが、父の制止を振り切って自分の視えた事を答えた。おじいさんは笑っていた。眼は心から喜んでいるようだった。その喜びに何か隠されているような気がしたけれど、あえて質問はしなかった。
おじいさんは笑いながら私に話しかけた。
「またね。アリスちゃん」
そう言って去って行った。
またね、といわれたけれど、次があるようには思えなかった。もう、パーティに来ることはないだろう。父はパーティー嫌いだった。今回は特別に呼ばれたようで断れなかった上に、娘の私まで呼ばれて不本意そうだった。大人って大変だね。
パーティーはまだ続きそうで、どう時間を潰していいのか考えながら周りを見渡した。その時男の子が目に入った。小学低学年ぐらいだろう。可愛い顔をしていて大人の人に話しかけられて、愛想笑いを浮かべているけれど、その眼はすごく退屈でそして悲しそうだった。まだ幼いのに何か諦めたような眼をしていた。
私は男の子に近寄って行った。話が終わった男の子は退屈そうに周りを見渡している。さっきの私と同じように。
「ね、君」
私は思い切って男の子に話しかけた。
男の子は私の顔を見た。その眼はさっきと違って好奇心でいっぱいに輝いていた。
「暇だよねー。大人の人と話すのも面倒だし」
「僕、いい場所知ってるよ」
男の子はそう言うと、私の手を引っ張り歩き出した。
扉を開けて廊下に出て、先程いたパーティー会場の隣の部屋のドアを開けようとしている。
「ね。大丈夫? 勝手に入ったら怒られるよ?」
「大丈夫」
男の子は私の手を引いて、その部屋に入って行った。そこは控え室みたいだった。
私は年下で小学低学年であろう男の子と話をした。華奢な体つきにスラリと伸びた鼻筋に、くるんとした丸い瞳が印象的だった。今覚えているのは私の名前を言った時のことだけだった。
「私の名前、鏡野アリスっていうの」
「カガミのアリス?」
「不思議の国のアリスってお話知ってる?」
「うん」
「その不思議の国のアリスの続きが、鏡の国のアリスっていうの」
「へー」
「鏡野アリス」
私はそこに置いてあったホテルのパンフレットにボールペンで、自分の名前を書きながら言った。ついでに、アリスの絵も描いてみた。
検事である父親に連れて来られたって話もしたように思う。
結局すぐに誰か知らない人が男の子を探しに来て、見つかってしまった。そして、二人揃ってパーティー会場に連れ戻されてしまった。パーティー会場に戻ってもデザートを一緒に食べた記憶がある。