思い出
あれからずっと、大学でも周りを気にしてみたり、コンビニも家庭教師先も気をつけていたけれど
あの男の子を見かけることはなかった。いったい誰だったんだろう……。
「アリスちゃん! お疲れ様!」
「おはようございます。田口さん」
田口さんの元気な声で忘れていたことを思い出す。あ、バイト探し忘れてた。どうせ時間もなかったんだけど。すでにシフトはパンパンだったし。どこかで休みをもらってバイトの面接に行かなきゃ。
「アリスちゃん、あの--」
「じゃあ、あのお疲れ様でした」
田口さんの言葉をさえぎって店から出て行く。あれから一週間経つけれど、あの男の子は私の前には現れなかった。なのにコンビニから出る時には、つい期待してしまう。あの男の子がそこで……前と同じ場所で、私を待っているんじゃないかって。
もちろんそこに彼の姿はなかった。ホッとするはずなのに、チクンと胸に刺さる痛み。胸が痛い。あの子には、もう二度と会えないのだろうか。
いつの間にか、自宅のマンションの前まで来ていた。鍵でマンションのエントランスのオートロックを解除して、自動ドアを開けた。
お金がない私には大きな出費になる家賃だから、手頃な部屋を借りればいいものを、大枚叩いてここに住んでいるのはセキュリティの為だった。鍵を開ける度に昔の記憶が呼び覚まされる。恐怖と絶望、そして焼けるような痛み。
開いた自動ドアから中に入ろうとした時、後ろから声がした。心の底から驚いた。私が一番緊張して怯えている瞬間だったから。
「鏡野アリス!」
私の名前を呼ぶ声に反射的に振り返った。その先には、こちらに向かって歩いてきている男の子がいた。この前会った時と同じように、私をドキッとさせると同時に安心させる笑顔でこちらに向かってきた。
いきなり家の前で名前を呼び捨てにされたことに驚くよりも怒るよりも怖がるよりも喜んでいる私がいた。
*
「アリス」
悠人が私の名前を呼んでいる。優しく温もりいっぱいの声で。不器用で愛情表現が苦手な癖に、その声は愛で溢れかえっていた。温かな悠人の声が私を包み込む。
「悠人」
心の中で呼びかける。
「悠人のところに……行きたかったな」