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婚約

 朝の優しい光の中、目を覚ました。

「んー」

 伸びをして、私はベットの中にいるソウスケを探した。

 あれ?

 ゴソゴソ探すまでもなく狭いベットには、私一人しかいない。え……。やられた。

 最悪だ。外れたことなど一度もなかった。ソウスケの眼は真剣だった。私を愛してくれていたはずなのに……。テーブルの上にはカップが二つ置いてある。昨日置いた時のまま。夢でも幻でもない。私の体には、ソウスケの香りが残っている。まさか逃げられるなんて思ってもいなかった。

 さっとベットから抜け出し、カップを片付けようとテーブルの上をよく見ると、そこには私の字ではない文字で書かれているメモとキラリと光る指輪が置いてあった。

 メモには『これは婚約指輪だから いつも身につけていて 宗介』と書かれてあった。メモの上に置いてある指輪は、中央にハート型の大き目のダイヤモンドがあしらってあり、両サイドに小さなダイヤモンドが数個埋め込まれている高価そうなものだった。有名なブランドの名前がサイドに刻まれている。カワイイな。本物のダイヤモンドかな? まさか高校生か大学生だよ。何十万、いや、百万円超えていそうな指輪が買える訳ないよね。あ、でも、西園寺の孫だよね。それなら買えるのかな? ちゃんとブランド名まで入っているし。

 そんな事が一瞬過ったけれど、どちらでも構わなかった。本物でも偽物でもここに『婚約』の文字がある。逃げられた訳ではなかったんだ。

 そういえば一週間前、指に紙テープを巻いていたのは、指のサイズを測る為だったのかな? そっと指輪を取って、左手の薬指にはめてみる。ピッタリだった。朝の光に当てて指輪を見ていると幸せな気分になる。宗介の腕の中にいるような。

 いきなり婚約だなんて書き置きされて、指輪を渡されたのに私は嬉しくなっている。いつの間にか宗介に夢中になっていたみたい。

「宗介……」

 なんだ、私って悠人以外の人にもこんな気持ちになれるんだ。悠人を忘れた訳じゃない。悠人の想い出で溢れている胸の真中に宗介がすっと入って来たようだった。一週間の間に想いは深く濃くなっていたようだった。こんなに簡単に次の恋ができるものなんだね。悠人……。


 *


 朝の準備を終わらせて私は大学に向かう。今日も勿論講義がある。専攻している法学部の講義の他に医学、心理学と取れる授業は入れてある。

 私の左手の薬指には指輪がキラキラ光っている。指輪を見つめてつい一人ニヤニヤしてしまう。

「アリスー。怖いってばその話!」

「そうだよ。そんなの受け取って大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。身元もわかっているし。父も知ってるみたいだし」

「そんなの本当かわからないでしょ!」

 お昼休みの食堂で歩と里香に絡まれる。強い口調には勿論訳がある。二人の眼には心配の文字が浮かんで膨らんでいる。私の指輪を見て宗介の話を聞いたからだ。

「大丈夫だって!」

 私にはわかる。宗介が嘘をついていないことが。嘘をつけばすぐにわかる。私に嘘は通用しない。

「アリスー。本当に?」

「そんな出会い、漫画じゃないんだからー!」

 私を心の底から心配している歩と里香に、本当に大丈夫だよって証明したいけれど、宗介との関係を繋ぐものは、今はこの指輪しかない。

「ほらこんなの冗談や騙す為にあげないでしょ?」

「本物ならね!」

 そうなんだけどね。私は偽物でも構わないんだけど、それじゃあ説得力に欠けるしね。

「でも、こんなにカワイイし綺麗だよ」

「そういう問題じゃない!」

 歩と里香は、私が自棄っぱちになっているのかと思っているのかもしれない。それとも深みにはまって、騙されて傷つく事を恐れているのかもしれない。

「いいんだってば。やっとそういう気持ちになれたんだし」

「だから」

『それが心配なんだってば!』

 里香の言葉に歩の声が重なる。まるで双子みたい。

 私の口から笑い声が飛び出した。久しぶりだな、こんなに素直に笑えたのは。

「あ、そういえばそのセリフ……」

「ん? 何?」

「経済学部の人とこの前コンパしたときにさ」

「里香。コンパしてたんだ。ついこの前、彼氏と別れたばっかりなのに」

「うるさいアリス! 私は立ち直りが早いんだよ」

 里香はポジティブだなあ。

「あー! あの話ね!」

 歩もコンパ行ってたんだ。

「私だけ、のけ者扱い?」

「アリスは講義もバイトもガッツリ入ってるでしょ!」

「まあ、そうなんだけどね」

「参加する余裕もないくせに」

 どうせ、私は金欠ですよ。

「で、なんなのよ。その話の続き!」

「ああ。そう。それなんだけど。最初にその彼が言った言葉だよ」

「ん? 最初?」

 宗介が最初に私に声をかけたのは夜のコンビニだったよね。私を抱きしめて耳元で……

『一時間一万円!』

 三人で声を合わせてしまった。つい声が大きくなってしまい、周りの人達にジロジロと見られてしまった。

「その言葉が何?」

「経済学部の教授が学生をそのセリフで誘ってるって噂があるって」

「そうそう言ってたよね」

「へーそうなんだ。で、その教授って誰なの?」

「なんかKってイニシャルで呼ばれてた」

「なんでわざわざイニシャルなのよ」

「噂話だからねー」

「ま、少なくとも西園寺でも宗介でもないね。Kだし」

「年下だってば明らかに。教授な訳ないでしょ」

「あ、そうだね」

 里香はポンと手を打って、今頃気付いたようだった。歩もおーって納得している。先に気付こうよ。

 んー。経済学部か……。

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