出会いは突然に
ピン ポン ピン ポン
五月の夜のコンビニに、来客のチャイムがなり響く。
「いらっしゃいませ!」
店長の声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ」
私も声に出す。
私は黙々とパンの棚の整理をしていた。ここからは入り口が見えない。けれど規則通りに声を出した。
「!」
突然背後に人の気配がしたと思った瞬間、誰かに後から抱きしめられた。チ、チカン?
「な!」
私が声を上げようとしたら、耳元で声がした。
「お姉さん。僕と遊んでよ」
若い男の声だった。
「な、なに……?」
「お金に困ってるんでしょ? 一時間一万円で、どう?」
「は? なにを言って……」
耳元に聞こえてきた男の声に、体が動かなくなる。なんだろう力が入らない。それにどこか、懐かしい感じがする。
って、そんな事を考えてる場合じゃない。早く動かなきゃ。
そう思い体を動かそうとした時にはもう、私を抱きしめていた腕は消えていた。
振り返ると、高校生風のグレイのパーカーにジーンズ姿の男の子が、真後ろの棚の品物を物色していた。え? この子なの? さっきのは……。周りには他に誰もいない。
店長がカウンターの中からこちらの方を心配そうに覗いている。きっと、それで彼は私に回していた腕を放したんだろう。商品整理をしつつ背後に気をつけていたら、男の子はお菓子のコーナーに向かって行ってしまった。
さっきのはなんだったんだろう? 新手のナンパ? でも、これって完全にアウトだよね。抱きしめるって……。
まだ肌に残るこの感触。どうしてだろう? 嫌悪や恐怖を感じてもいいはずなのに、抱きしめられていた時なぜか落ち着いていた。胸がドキドキしていたのに優しいぬくもりを感じた。
彼が言った言葉もまともじゃないのに……。どうしてこんな気持ちになるんだろう。
「鏡野さん! こっち来て!」
店長が私を呼んでいる。
「はい」
手に持っていた商品を商品棚に戻してレジに向かう。
ええ! 多いでしょう。なんかのパーティー?
レジには山盛りのお菓子が積んであった。その山の中で店長は、必死にお菓子のバーコードをレジに読み込んでいる。レジの前にはさっきの男の子がいた。
「鏡野さん。こっち、こっち!」
「あ、はい」
慌ててカウンターの中に入り、店長の横に行きお菓子を袋に詰めていく。
なんなのこの子はこんな買い方して。私はお菓子を袋に詰めながら男の子の顔をチラッと見てみた。袋に詰めていた手が一瞬止まる。
な、なんで……顔を真正面から見て気づいた。……似ている。男の子は彼にどことなく似ていた。髪型も体型もそして顔つきも。真っ黒な髪に澄んだ二重の切れ長の瞳、瘦せ型の体型に少し低めの身長はその小さな頭のおかげでバランスを崩していなかった。
会計を済ませて、山盛りのお菓子の入った袋を提げて、男の子は出口へと向かって行った。なんだ、ただからかっただけか。……なんでがっかりしているんだろう、私。