掌編「相合傘もしくは相合日傘」
雨が降っていたので、傘の話でも一つ。
二階の窓から見下ろした校庭には、色とりどりの花が咲いていた。
いや、比喩であって、実際に咲いているわけじゃないけど。ただ色とりどりの傘を差した人たちが校庭の向こうにある校門へ向かっているだけの話で、それを僕が恨めしい目で眺めているだけの話だ。
まあ要するに、傘を忘れたから教室から帰宅する人たちを未練がましく見送っているってこと。
今日の雨脚は異様に強く、スコール……っていうんだっけ? こういうのは。傘なしだと大変なことになるのが目に見えている。
幸いなことにもう後二時間ほどで止むとのことだったので、こうして教室内で待ちぼうけているわけだ。
「暇だよなぁ……」
部活に入ってるわけでもないし、中の良い友達は全員今目の前に広がる色とりどりの花の一部だ。何もやることがなくて、ついついそんな独り言をつぶやいてしまう。
「暇ですかー」
しかし、独り言なのに返事が返ってきた。
「おう、後藤さん」
「おう、丸山くん」
互いに右手を上げて挨拶。ふむ、あまり話したことがなかったけれど、後藤さんはなかなかノリがいいらしい。
「それで、どうして残ってるんだ?」
「私も傘を忘れちゃって……」
「自分の左手にでも忘れてきちゃったか?」
傘を忘れたという後藤さんの左手は傘をしっかりと握っていた。っていうかしっかりどころか指が白くなるまで握っているし。これ、忘れてないだろう。
「実はね、これ日傘なの」
「日傘って、これが?」
あいにくと、日傘と言うものを生まれてこの方見たことない僕だが、ふぅむ。日傘っていうのはほとんど傘と変わらないものなんだな。それ以前に透明なんだけど、今はUVカットだとかなんだとかっていうの? そういうものなのだろうか。
「でも、日傘を学校に持ってくるのってそうそうなくない?」
「そうそうなくなくない。今は美容に健康を使う子ならみんな持ってきているよ」
マジで? 全然気づかなかった。ということは無意識で僕は日傘を見たことあるのだろうか。これは、先ほどの発言を訂正せねばなるまい。僕は日傘と言うものを生まれてこの方見たことあるかもしれません。
「そうそう、丸山くん。丸山くんは何が好き?」
「ん? 君が好き」
しまった。変なことを考えていたらついついボケてしまった。
「ごめん、間違い。何でもない」
「もう! 変な冗談言わないで!」
「ごめんって」
顔を真っ赤にして怒らせてしまった。反省せねば。もう反射的にボケるのはやめよう。
「で、何が好きって? 食べ物? スポーツ? 好みのタイプ? さっきのお詫びに何でも答えるよ」
「じゃあ、好みのタイプで」
後藤さんは即答した。目が爛々と輝いている。たしかにこういう時は一番聞きづらいことを聞くよね。本当に女子って恋愛話が好きだな。
「うーん、そうだなぁ」
僕は考えこんだ。言った手前だけど、そういうのをあまり考えてこなかったから答えに困る。
「自分の気持ちを素直に答えてください」
後藤さんに命令された。
「背は、僕よりちょっと小さいくらい。ああ、そうそうちょうど後藤さんくらい? 顔はよくもなく悪くもないくらいのほうが付き合いやすいかな? うーん、後藤さんくらい? で、胸……ちょっと言いづらいけど、後藤さんくらいがベストサイズだと僕は思うよ。足も綺麗だし、よく考えてみたら後藤さんめっちゃ好みだなぁ」
ふと見たら、後藤さんが真っ赤になっていた。
「ごめん……でもボケてるわけじゃないよ。自分の気持ちを素直に答えただけ」
「は、ははは、半分告白じゃない!」
「ちがうちがう。あくまで外見の話だし」
僕は笑って言う。たしかに、外見の話とはいえ自分のことを好きだと言われたら恥ずかしい。でも、後藤さんも自分の気持ちを素直にって言ったわけだし、うん僕は悪くない。
「外見の話ってことは……な、内面はどうなの?」
「そうだなぁ。ノリのいい人がいいな。一緒にいて楽しそうだし」
「そういうことじゃなくて!」
後藤さんはよっぽど恥ずかしかったのだろう。未だに顔が赤くてだんだん声が大きくなってきている。
「ほらほら、落ち着いて」
その頭を撫でてみた。やっぱりちょうどいい高さだ。
「ほ、ほちふけるふぁあああああ」
「ちょっと何を言っているのかわからないです」
絶叫された。頭を撫でたのは失敗のようだった。残念、もうちょっとこのベストなフィット感を味わっていたかった。
後藤さんは、僕の手をはねのけた後、大きく深呼吸した。だいぶ、顔の赤みが引いてきた。
「あのですね、丸山くん」
そして、真剣な表情になってこちらを睨みつけてくる。
まずい、ガチ怒りだ。いくら後藤さんがノリがいいからってふざけすぎだ。
やっぱり、後藤さんの前で舞い上がっていたようだ。さっさと謝ろう。
「私は、丸山くんのことが好きで「ごめんなさい!」す」
………………。
「「へ?」」
同時に声を上げた。
「え? ちょい待ち。俺告られた?」
「へ? ちょっと待って。私振られた?」
「いやいや、振ってない」
「うん。告白した」
「怒ってると思ったから」
「すっごい慌てた。見て、手が震えてる」
差し出された後藤さんの手を掴む。確かに震えていた。
「ごめん……」
「それはお断りの返事……?」
「いやいや、驚かせてごめんってこと」
罪悪感に苛まれて謝罪を口にするとまた悲しまれた。
どうすればいいのだろう。パニックでよくわからないけれど、一つだけわかったことがある。
僕、すごい舞い上がっちゃってる。
結局、誤解は解けて、付き合うことになりました。
互いにパニック状態で、すこし落ち着いたころには息も切れ、汗がダラダラと体から流れ落ちている。
そんなひどい有様な僕たちではあったが、気づいたら空はすっかりと晴れ渡っていた。
「ちょっと残念」
そんな中、後藤さんはちょっと残念そうに空を見上げていた。
「せっかくだから相合傘してみたかったんだけど……」
それは僕もやってみたい。
と、ここで名案が浮かんできた。
「すればいいよ。相合傘」
「えっ、だってこんなに晴れてるよ?」
「こんだけ日差しが強けりゃ紫外線も強いだろうから、日傘が必要だろう?」
「あ……」
後藤さんは左手に持ったビニール傘を見る。
「そういえば、日傘だったね、これ」
「そうそう、日傘だから晴れの日差したって間違いじゃないだろう?」
「じゃ、じゃあ、どうぞ」
後藤さんは傘を広げて手招きをする。
「おじゃまします」
その傘の中に僕は入った。
「どう?」
後藤さんが聞いてくる。
そうだな、感想としてはこの一言しかないように思える。
「最高」
予想以上に長くなってしまったことが反省点。2000字目標が2656字……。
特に気をつけた点はないから今回は割と自分勝手に書いた感じです。こんなことをサラッと言える風に、私はなりた……くないな。