魔王様お休みください
「魔王様はとってもお優しいのに、どうしてお父様は魔王様を倒そうとするのかしら?」
それは人間の国の姫が魔王に放った一言だった。
「それは僕も知りたい。僕は何度も和睦を結ぼうと働きかけているのに全て断られて、その結果がコレだからね。」
一方は書類を片付けながら口を開く。その手際は一日や二日ではとても身につかないような鮮やかなものだ。
「そもそも、姫が僕のところに送られたのも不思議なんだよね。そんなのマトモな人のやることじゃないと思う」
「あら、でも私、今とっても楽しいですわよ」
ニコッ、そんな音が聞こえそうな柔らかい微笑みを浮かべて姫は言う。魔王は人知れず頬を赤く染める。
姫は元の国では女神、と謳われている程の美貌と慈愛を持つ人物だそうだ。それを前に普通の態度でいられるものは少ない。魔王はなんとか冷静を装っている、というのが正直なところで実際に今微笑みかけられただけで心拍数が跳ね上がった。だが、この姫には自分の美貌に気づかない。だから厄介なんだ、とは魔王談。
「姫、何度も聞くようですが貴女は自分の置かれている状況が分かっているのですか?」
「ええ勿論、旅行ですわ。魔王様の国を見て勉強してこい、ということでしょう?」
「……姫、何度説明したら分かってくれるのか……」
そもそも魔王の城に人間の姫がいる、ということは異常の事態と言えるだろう。それなのにこの姫は平気な様子でいられるのかその理由は、
「……天然の姫様、か」
これに尽きる。魔王は作業の手を止め頭を抱える。もう何度説明したことか、既に両手両足の指では足らないほどだ。
「あのですね姫、貴女はこの国に人質として送られたんですよ、平和交渉の人質として。それを人間の国では姫が僕に攫われたことにして、この国に戦争を仕掛けるつもりなんですよ。もういい加減理解してください」
「ええ、だから旅行、でしょ?」
魔王は分かりやすく説明したつもりだ。事を簡単に、だがこの姫はどこか間違った方向で解釈する。
「もう諦めます。頭痛が……」
「まぁ、ならお休みになるべきですわ。魔王様はお仕事のし過ぎです。少しは休むということを覚えてください」
「……貴女は政治について少し覚えてください」
魔王は姫の言うことを流して書類作業に戻る。姫は心配そうに魔王を見る。すると思い出したようにある人物を呼んだ。
「宰相さまー。ちょっと来てくださいなー」
すると廊下からコツコツとゆっくりした足音が聞こえ始めた。
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「足音はするのに来ませんわね」
もう足音が聞こえ始めてから五分は経っている。それでも呼んだ人物はまだ来ない。
「宰相、その場で足踏みしてないで入れ」
「ばれましたか」
ドアが開きそこには小さい少年が立っていた。宰相と呼ばれたその人だ。
「いやぁ、姫様なら騙せると思ってたんですけど、魔王様がいましたか」
「当たり前だ、ここは僕の執務室だぞ」
少年はがっかりしたように言う。それに対し魔王は書類から目を離さずに返す。
「で?なんです、姫様。ご用事ですか?」
「ええ、魔王様はお疲れのようだから休ませてあげられないかしら?」
「そうですね。基本仕事はやらなくていいものまで進んでるんで大丈夫ですよ」
「そうですか」
姫はホッ、と胸を撫で下ろす。しかし魔王は聞き捨てならない言葉がある、という様子で宰相に疑問をなげた。
「ちょっと待て。やらなくていい仕事ってどういうことだ」
「言ってませんでしたっけ?魔王様の仕事にはボクの仕事も入れてあるんですよ」
「え?マジ?」
「マジです。魔王様お仕事好きでしょう?」
「まぁ、そうだが……、って押し付けていい理由にはならねーよ」
魔王は思わず机を叩いて立ち上がった。それを見て身じろぎ一つもせずに宰相は続ける。
「ちなみにボク以外の人もやってます。本来の魔王様の仕事はこの山の3%くらいですね」
「マジか……。そう考えると、無理してるな」
魔王は目の前の書類の山を見て嘆く。その様子を見て姫が魔王に近寄り手を取る。
「さぁ、お話は終わりましたね。なら休みましょう」
「ちょっ、姫?引っ張らないで。転ぶからっ」
「魔王さまー、書類は元の人のところに持って行っときますねー」
「あたりまえだーーー」
▽魔王の部屋
「さぁ、今日はゆっくりお休みになってください」
魔王をベッドに寝かせ満足そうに姫は言い聞かせる。
「と言っても眠くないしなぁ。そうだ、姫申し訳ないがお茶を持ってきてくれないか」
「わかりましたわ」
姫はお茶を取りに部屋を後にした。姫の足音が聞こえなくなったのを確認して魔王はベッドから出る。
「あいつらが仕事ちゃんとしてるのか、ちゃんと見張ってやる」
そう言って魔王は自室を出た。しかし部屋を出た瞬間に姫に見つかった。
「姫⁉︎なんでここに?」
「なんとなく戻った方がいい気がしたからですわ。それより魔王様、どこに行かれるのです?まさかお仕事ではないですよね?」
「アハハ……」
魔王は乾いた笑いしか出せなかった。魔王は嘘が吐けない。これは嘘を吐く代わりの癖のようなものだ。そして魔王は踵を返し走り出した。
勝算はある。魔王は運動神経が残念だが姫程ではない。だから普通に逃げ切れる、はずだった。
「魔王さまー」
ドンッ
魔王の背中に衝撃が走り思いっきり前に転んだ。
「姫……、なぜ僕を追いかける時は速いんですか。宰相の時は遅いのに」
「なぜでしょうね?それより逃がしませんわよ。今日はちゃんと休んでもらいますからね」
姫は魔王に体重をかけて逃すまいとする。しかしそれによって魔王の背中に胸が押し付けられる。さっきまでは意識してなかったものが急に自分を焦らせる。
「逃げませんからどいてください」
「本当ですか?」
ムニ
「逃げません、どいてください、お願いします」
「分かりました」
背中から姫が離れる感覚にホッとする。
「ではお部屋に戻りましょう。お茶も用意してもらってますから」
「はい」
そして魔王は部屋に戻る。そこからは無理矢理寝かされたり、起きたら姫が自分にもたれて寝てたりであまり休めなかった。
▽魔王と姫が寝てる時
煌びやかに輝く剣を携えて男は走っていた。男は姫と魔王が寝ている部屋の前に来て大声を出した。
「どこだ魔王‼︎姿を出せ‼︎この勇者と勝負しろ‼︎」
その言葉に返事が返ってこないことを確認すると、男は舌打ちをしてまた走り出した。
「どこだ魔王‼︎」
魔「姫、起きてください」
姫「スー、スー」
魔「どっちが休んでるんだか……」
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