表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
涙の帝国Ⅰ 〜入社試験〜  作者: 下松 紅子
序章
1/14

序章

この世界には表と裏がある。

必ずコインに表と裏があるように。


「お腹空いた…」


(いく)つもののパソコンの画面を見つめ、近くに置いているミニ冷蔵庫の扉を片足で開け、中にあるプリンを両足で器用に取り出す。

そのまま、机に置いてスプーンで食べる。

私の大好物の一つだ。

現時刻、10時。あれ? 夜だっけ? 朝だっけ?

まあ、いいや。私には関係のないことだし。

そしてパソコンの画面一つ一つに『You win』の言葉が表示される。


「チェスも飽きた。RPGも飽きた。将棋もオセロも飽きた。他にゲームないのかな?」


なんて独り言を言っても何も変わらない。

刺激が欲しいとは言わないけど、この世界は平凡すぎて窮屈(きゅうくつ)すぎる。

おっと、自己紹介を忘れていた。

私の名は中原(なかはら)無実むみ

無実。何も無い果実。

まるで存在を否定された名前。この名前をつけた親の意図が見え見えだ。

そして高校一年生で絶賛(ぜっさん)引きこもり中だ。

引きこもりの理由が表で生きていくのに飽きたから、というのは我ながら上手い口実(こうじつ)になるだろう。

本当の理由は自分の中にある変な能力みたいなものの所為だ。

触れた人や物の過去と未来が見える能力。酷い時には触れた人の死に際まで見える。

今では何とか抑えれるようにはなったものの、感情的になったら能力がでてしまうのだ。


「そして除け者扱い」


いやもう本当、参っちゃうね。

こういう時、不意に思ってしまう。


ゲームのように居心地のいい世界を作ることができるなら。


あー、人生クソゲーだわ。

重たい腰を椅子から引き剥がし、立ち上がった瞬間のことだった。


『あーあー、マイクテストーマイクテストー。ねェ、聞こえてるー?』


幾つもののパソコンの画面が砂嵐となった。

声は画面の向こうから聞こえる。10代(なか)ばぐらいだろう。

数秒ほど硬直したが、頭をフル活動させて状況を確認した。

そしてキーボードやマウスを手がもげるほど使い、エンターキーが潰れるほど叩きまくったが結果は変わらず砂嵐の画面のまま。


『いやァ、なんかご苦労様。手、疲れたでしょッ?』

「疲れたよ。ていうか、あなたは誰? 普通に今、摩訶不思議(まかふしぎ)な現象が起きてるんだけど?」

『その現象の原因は僕だネ。まあ、それはともかく。単刀直入(たんとうちょくにゅう)で言うけどサ、君はこの世界の人間じゃないネ』


こいつは私の何を知っているのかは知らないけど、最後の一言は合っていた………と思う。

ふぅ、と息を吐き、重かった腰を椅子に置く。


「確かにそうかもね」

『じゃあサ、天下取ってみない?』

「天下? 馬鹿げてるね。第一、この世界で天下なんて無理だよ。ムリムリ」

『別に僕は『この世界で』なんて一言も言ってないケド?』

「何が言いたいの?」

『それにサ、君の世界はその部屋だけでしょ?』


何も言えない。

この部屋、この『世界』が私の全てだからだ。


『そうだネ。ここで説明するのも面倒だし、感じるほうがいいよね』


その言葉に疑問を抱く暇すらできず、視界が真っ暗になった。




。。。




重い(まぶた)を開ければびっくり仰天(ぎょうてん)、私のマイパソコンたちは消え、男性二人(ふたり)が私を不思議そうに見ていた。

一人は体型は平均的でボサボサの黒髪に全身を包む黒のコート。だが、整った顔立ちをしている。

もう一人は隣の人とは正反対に整えられた容姿だった。きっとクリーニングに出したであろうシワのない燕尾服(えんびふく)に黒い手袋。

そして黒縁(くろぶち)メガネ。

どこか会社の中なのだろうか。机には山積みになった書類と珈琲(コーヒー)があった。



……………え?



「あははっ!! 見たかい、芯咲(しんざき)君!」

「見たも何も…何故(なぜ)、魔物が召喚されず、女が召喚されたんだ?」

「イレギュラーだよ! イレギュラー!」


どうなってんの?

…そうか、わかった。夢か。そうだ、夢だ!


「大方、これは夢だとでも思ってるんじゃないかな?」


……え、うそ、わかった? マジで?


「図星か」

「まあ、出会ったら自己紹介だね。うん、これも何かの運命の悪戯(あそび)かもね」


何だろう。トントン拍子に話が進んでるような。


「僕は緋山(ひやま) 駿(しゅん)。この桜宮(おうみや)相談所の事務員さ。年齢は20で絶賛彼女募集中だから。よろしくね、お嬢さん」


と、軽くお辞儀をすると私の手を掴み、上下にブンブンブンブンと動かした。正直、痛い。


「ほーら、芯咲君も」と緋山さんは芯咲という人の肩をバシバシと叩く。

「わかったから叩くのはやめろ。この阿呆(アホ)!」と緋山さんにトルネードスクリュー。これは見事。


まったくと言葉を零し、目線を私に戻す。


「俺は芯咲(しんざき)(ゆかり)(むらさき)と書いてゆかりだ。年齢は20歳だ。……彼女はいらん」

「一生、童貞だね。(おつ)

「黙れ阿呆(アホ)!!」


緋山さんはともかく、と言葉を続けた。


「君の名前を教えてくれないかい?」

「……名前は」


そこから先は言えなかった。

言えるはずがなかった。平然と淡々と中原無実って、何も実らないって、存在を否定されてる名前だって、言えばいいのに。

そして、



「名前はない」



と言ってしまった。


「嘘をつけ。名前くらいあるだろ、親がつけたのだからな。それにこちらが貴様の名前を知れば調べて、元いた場所に送り届けることだって可能なんだぞ? いや、召喚されたのだから難しいか」


嫌だ、帰りたくない。

何故だか、その言葉が脳裏を横切る。


「そうかいそうかい、じゃあ質問を変えよう。君はどこから来たんだい?」

「東京…」

「トウキョウ? それはどこの国の市なのかな?」

「いやどこの国って、日本の首都だし」


私の言葉に二人が首を傾げる。

何かおかしいことでも言ったのだろうか?


「うーん、そのニホンは魔界にある国なのかい?」

「魔界? 何それ。てかここは日本じゃないの?」

「ニホンというものじゃないよ。ここは『紅の帝国(あかのくに)』だよ」


緋山さんが嘘をついているようには見えなかった。

嘘でしょ? このままだと私の考えが当たってしまう。


「この世界には三つの世界があるらしいんだよ。魔界、今僕たちがいる世界と『この世界に似ているが違う世界』」

「まさか、この小娘がその『この世界に似ているが違う世界』から来たと言いたいのか?」

「ピンポーン。君も薄々、気づいていたんじゃないかい?」


そう。緋山さんの言うとおり、薄々気づいていた。

私は異世界にきてしまった、と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ