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来 神 ’  作者: N.river
82/90

さらば三兄弟 の巻  82

「雲太、早くっ」

 天浮雲の上で京三が手を振り上げている。

「分かった。今、行く」

 面を上げて雲太は返し、もうためらってはおれないとひと思いだ。振り返った。

「そいうわけでつくし、お前とはここまでだ」

 信じられぬ話の数々に唖然としていたつくしの目へ、そのとき力は取り戻される。

「なにを、つくしも、つくしも共に参りますっ」

 見る間に歪めて駆け出した。勢い任せのそれはまた雲太へぶつかりそうになり、掴んで押し止め、雲太は顔をのぞき込む。

「聞いておったろう。向かう場所はただごとにない様子。そのようなところへお前を連れてはゆけん」

「いやです。離れ離れはいやですっ。つくしは雲太さの嫁ですっ!」

 言い張るつくしに、ついに雲太は観念した。

「その、わしが嫁にもらってやると言ったのは……」

 最後の最後を絞り出す。

「嘘であったッ」

 とたんぴたり、つくしは息を止めた。張り詰めた瞳で見えぬままに雲太をとらえる。とらえて身を、強張らせていった。

 だがここで言わねば後のことが分からない。ずっと嫁のつもりでおられても困る。だからして雲太は心を鬼にする。

「お前が死ぬと言い張るものだから、つい口を滑らせてしまった。言ったところでお前も本気にはせぬだろうと、たかをくくっておったのだ。だがそれも、もはやこれまで。助けられた恩義など考えずともよいのだぞ。わしには成さねばならぬことがある。つくしを助けたのは、そのひとつだ。だからしてつくしは、つくしの成すべきことを成せ。これよりつくしは正しきその道を歩め」

 わかったか、と口を閉ざして返事を待った。なら、のんだ息を吐き出しわなわなと、つくしは唇を震わせる。

 身支度をすませた命が戻って来たのはちょうどその時で、おうい、と雲太へ手を振り上げていた。

「馬を表へ回すよう言いつけて来たぞぉっ」

「それでは間に合わぬと分かり申したッ。向かうは三輪の山ッ」

 雲太は返し、その顔をつくしへ向けなおした。

「言わねばならぬと思っていたが遅くなった。すまん。許せ」

「そらそら、いつの間に行き先が変わってしまったのか」

 駆けつけた命が唇を尖らせる。だからしてつくしから離した手で、雲太は空を指さした。

「八咫烏がわしらに道を開いて下さった」

 そこで烏は高天原をめざすと、ゆうと翼を広げている。

「ほう、ほんに足が三本ある」

 額へかざした命は、ほとほと感心した様子だ。横顔へ雲太は山まで天浮橋で行くことも教えたなら、命はそれにも、へえ、と声を上げ目をやった。

「これが爺婆らも乗った天浮橋であるか」

 そら伊邪那岐神と伊邪那美神は素戔嗚の生みの親なのだから、言い回しに間違いはない。連れ出されてきた馬を、もうよいから、と追い返し、すたこら天浮橋へ駆け出してゆく。和二と京三に引き上げられると乗り込んだ。

 なら次は雲太の番だろう。雲太は急ぎ負っていた荷を身からほどく。

「そら、つくしが食えば六日分の穀がある。しばらくこれでしのげ」

 持たせてやった。他にもうないかと見回して、駆け寄り和二の背からマソホの赤い布を引き抜き、それもつくしに抱えさせる。

「袂が焦げたままだ。これで新しい衣をこしらえよ」

 答えぬつくしはただうつむき、そんなつくしから後じさった雲太は、しからば、と頭を下げた。

「……いやです」

 言葉はそんな雲太へ投げつけられる。

 響きは冷や水のようで、浴びせられて太の胸はどきり、と鳴った。

「つくしの成すべきことは、雲太さの嫁でおることです。ほかには、ほかには何もありません」

 言い切られて恐る恐るだ、雲太は下げていた頭を上げてゆく。真っ黒な瞳に溢れんばかりの涙をためたつくしとその目が合ったなら、いいえ、と呟くつくしの声を聞いていた。

「雲太さがつくしを助けたのです。成すべきことを成すのならっ、雲太さこそ、つくしを放って行ってはならんのですっ!」

 その目から、ついにぼろぼろ涙はこぼれる。

「野の者に尽くすとおっしゃるのに、どうしてつくしには尽くして下さらんのですか? つくしはめしいておるから野のものではないせいですか。どれだけ銭があっても雲太さだって取り替えっこはできぬのです。取り替えっこの出来ぬつくしの幸せなのですっ。なのにつくしから取り上げるなんて、あんまりです。また一人ぼっちにするくらいなら、助けてなんぞくれなければ、くれなければっ、よかったのですっ」

 それきり、わぁっ、と声を上げると泣きだした。

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