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来 神 ’  作者: N.river
81/90

さらば三兄弟 の巻  81

男だ。その目と目は合う。覚えた寒気は尋常になく、ゆえに何を疑えというのか。

 ついに見つけたり。

 烏は、かあ、と雄叫びを上げた。

 かき消し、出でよ、荒ぶれ、男は柱の中で手を振り上げる。応じてどうん、と焼け土の柱は噴き上がり、辺りへ焼けた石を降らせた。

 避けて烏は大きく身を振る。巧と空を滑ればまたもやどうん、と焼け土は怒り狂ったかのように噴き上がり、烏のめがけて襲い掛かった。のみならず、勢いで頂の穴をぱらぱら、崩し始める。崩して広がり、がさり、がさり、と茂る木立を、下草を、剥がして穴へ飲み込んでいった。光景はそびえていた山が窪みへ裏返ってゆくようで、見る間に三輪の山は焼け土の柱を噴き上げる深い穴へ姿を変えてゆく。止まることなく勢いを増し、四方へと広がっていった。

 そんな穴の底からは、荒魂と化し集う国津神がらゆらゆら浮かび上がってくる。数こそ見渡す限りの八百万であったなら、開いた穴をたちどころに埋めていった。

 向かい男がそうら、で手を振り上げる。

 どうん、と焼け土の柱は噴き上がり、荒魂らも穴の底から波と連なり烏めがけて飛び出した。

 背に、チ、と打った烏の舌打ちは短い。

 合図にして己が翼へ火を着ける。噴かせて最速とはばたいた。祟りの波と連なり荒魂も、はたまた追いかけ加速する。互いの身は降る雨粒を跳ね上げた。飛沫に辺りを白くかすませる。ただなかで、むわ、と膨らんだのは荒魂だ。網と化し、烏へ向かい覆いかぶさった。振りかわして烏が右へ逃れたなら、狙い定めてひとひねり。ひとたび荒魂も躍りかかる。上へ下へ、右へ左へ。荒魂は波打ち、繰り出されるたびに烏は逃げた。その翼から白く雲は尾を引いて、なびかせぐぼ、と黒雲の壁へ突っ込む。

 中は変わらずの荒れ模様だ。諦めたか、追い払ったからなのか。荒魂がそこまで追いかけて来る気配はなかった。前に後ろを見回した烏はようやく生きた心地を取戻す。息も整ったところで考えた。

 さて、祟りも災いもこの大きさである。天照はもう気づいておられるやもしれず、であれば即刻、木偶らを向かわせるに違いなかった。と、そこで前に光は差し、烏は黒雲の中から抜け出す。

 広がる空はまだ青かった。確かめ、隅から隅へ目を走らせる。見つけてひとたび翼を打ちつけた。その力で野に、この星に逆らい身を立てる。なら昇る体へ星の力は追いすがり、烏の羽から残る雨粒をしずくと滴らせた。振りまいてひとたび烏は、かあ、と鳴く。開いた嘴で目の前に迫る雲を捕えた。とたん雲は驚きもぞもぞ動くのだから、それは天浮橋で間違いないだろう。

「お勤めでございますよっ」

 引き千切って、広げた翼で空を抱く。ふわり、宙で止まると野を見下ろした。

 そこで黒雲の渦は大きさを増している。まわりに広がる闇も悪しき染みと、野を蝕み広がっていた。飲まれて力尽きたか、彼方でぺしゃり、と潰れた山が巨大な穴へ姿を変えている。

 睨んで烏は翼をたたんだ。あの足取りではもう出雲か。脳裏に木偶らを思い浮かべ、うって変わって星の力に身を任せる。真っ逆さまと木偶らの元へと落ちていった。


 だがしかし、雲太の話を聞いた大国主命はさえない。兄神らの仕打ちから蘇り、素戔嗚の試練を潜り抜けたあの勇ましさはどこへやら。呆けた顔を震わせ右へおろおろ、左へあわあわ、うろたえるばかりと頼りにならない。

「何をしておられるか。今すぐ市へ発つ準備をッ。一刻も早く荒魂を鎮め、三輪の山に祀らねば国造りが滞るどころか大きな祟りが野を襲う一大事ッ」

 痺れを切らせて立ち上がった雲太にようやく目を覚ますと、青ざめる須勢理姫を促し旅の支度へ、一目散と屋敷へ去ってゆくような有様だった。

「馬があれば少しでも早く戻れるのですが」

 見送る京三がこぼす。雲太も、うむ、とうなずき都合のつくところはないか、と辺りを見回した。なら目の前はふと、暗くなる。何事か、と体をひるがえして見上げた空に、お、と口をすぼませていた。

 鳥だ。雲太ら目指してまっすぐ空を駆け下りてきている。その勢いはただごとになく、雲太らはもののけかと身構えた。ところが烏は風を巻きつけると、ふわり、雲太らの前へ舞い降りる。嘴からくわえていた霞をぺ、と吐き出すなり、高らか雲太らへ名乗っていた。

「我は天照より命を授かり、そなたらの空を飛んでおった八咫烏なりっ」

 なにを、と身も乗り出す。

 前へ、こちらをご覧なさい、と烏もかちかち、爪を鳴らして足を突き出した。三本目の足に、おお、とうめいて雲太らはしばし見入る。

「でしたらわたしたちは今、行くべき道を山向こうの市と定めたところでございます」

 京三が、気丈とことと次第を知らせていた。

「今や市にあらずっ」

 だが烏に先を遮られる。

「今や三輪の山におはせられますよっ。そこですでに国津神らを束ね、荒ぶる始末。野が巨大な祟りに食われておるのをこの八咫烏、しかとこの目で確かめてきたところ」

「野が祟りに食われておる、だとッ?」

「お、おっかないんだぞぅ」

 雲太は耳を疑い、和二などたまげて腰を抜かしていた。

「市で見かけたと言うのなら、さしずめそこで八十神とこの祟りを企んでおったのでしょうな。国津神らへ知らせて回っていたのは八十神らでございますからね」

「ならお山までは遠くて遠くて、遠いんだぞ。うんにい、けいにい、間に合わないかもしれないんだぞぉっ」

 語る烏に、投げ出していた両足を振り回す和二がむずかる。

「ええ、ええ。そのために用意して参ったのです」

 言って烏は、ぺ、と吐き出したものへ振り返った。

「これ、天浮橋、ひとっ飛びで行けますね」

 呼びかけたなら霞がごとき白い塊は、そこでぴょん、と跳ね上がってみせる。

 そういえばこのような形であったか。雲太らは高天原より国中之柱まで世話になった天浮橋を思い起こし、烏は指して翼を振り上げた。

「乗ってただちに向かうがよいっ!」

 声に京三と和二の目は合わさる。うなずき合えば阿吽の呼吸だ。たちまち天浮橋へ駆け出していった。

「野が食われておると言いましたがね」

 背に烏は神妙と、なお雲太へ続けている。

「その実、祟りの中心は嵐が吹き荒れ、地は火を噴き、崩れて消えた野が闇と口を開くこの世のものとは思えぬ光景。目にした時はわたしでさえぞっとして、ついぞ祟りに身を滅ぼしかけたところでありました。よいですか」

 ぐっ、と細めた目を黒の中に窪ませた。

「何を見ても躊躇をいたすな」

 込める力で雲太へ伝える。

「それが役目と気を確かに。着けばすぐにも祈請なさい」

 忠告に雲太もアゴを引いて返した。

 見届けた烏はといえば、とにもかくにも気忙しい。早くも雲太へ尾羽を向けている。

「わたしはこれより天照へこのことを申し上げに。必ず、お力添えはあるはずです。信じてことにあたるのですよ」

 最後、ここまでよくやった、と微笑みかけた。言葉を身の引き締まる思いで受け止め雲太は頭を下げる。前から烏はひとたび空へ舞い上がっていった。

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