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来 神 ’  作者: N.river
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さらば三兄弟 の巻  79

「そうか、来るのが分かっておったか」

 静まり返った社の中に八十神、二番兄の声は響く。

 追いかけのぞいた屋根の上、驚いた様子もなく手をつき座した足名推命と手名推命の姿を烏は見下ろしていた。

「はい。風の便りが馬より先に。我らも安らかと眠ってはおれませぬ」

 答える足名推命は意味ありげだ。何をや探る二番兄の目も、素早く左右へ動いている。

「確かに。ぬし様が始められた様子」

 とたん畏れて足名椎命と手名椎命は、ははぁ、と縮こまっていた。

「知っておるならこうしてはおれぬ。我らもこの地の国津神らを率い、ぬし様の元へ馳せ参じるぞ」

 しかしそれがいずかたの神なのか、烏にはまったくもって覚えがない。

「本当にそのようなことを、お始めになられるのでございますか」

 確かめる足名推命も心配げで、顔へ二番兄は振り返っていた。

「でなければ、やがて野は天津神らに召し上げられる定め」

 言いように、むむむ、と目を寄せたのは無論、屋根の上の烏だ。何しろ国譲りのことは天津神も一部しかしらぬ天照の企みであり、さて、どこから漏れたか。うがるうちにも烏の足元で、二番兄はこう言ってのけたのだった。

「そのためにぬし様は、|大国主命の元へ下られた天津神・・・・・・・・・・・・・。だが下られたからこそ、我ら国津神の強い味方ともなられた」

 なるほど。そこで合点はゆく。驚きのあまり烏は危うく、かあ、と声を出しかけて、慌てて翼で押さえつけた。

「野を我らのものと留めおかんため、我らもこれよりぬし様と共に立ち上がる。腑抜けたオオモノヌシより野を取り戻し、さらには天津神らより守って祟りで野を覆うのだ」

 いざ行かん。二番兄の手が振り上げられる。

 光景に、大変なことになった、烏こそ泡を吹く。国津神らが向かう先、ぬし様はいずこ、と探して首を振った。はっ、と気づき頭上を仰ぐ。そう、この暗さこそ夜ではないのだ。手名推命のいう風の便り。祟りで間違いなしと見極める。

 ならば日の届かぬその大きさが烏をうろたえさせていた。おっつけ果てから、どうん、と何かの弾ける不気味な音も聞こえてくる。

「おお、ぬし様が、ぬし様が呼んでおられるぞぉっ!」

 共に揺れだしたのは地だ。

 揺さぶられて闇雲に飛び立ちかけ、いや落ち着け、と烏も己に唱える。ままに、ぎゅう、と目を閉じた。それは空を飛ぶときに読む風と同じだ。果たしてこの広いの野どこで何が起きているのか。とらえんと体中に気を張り巡らせた。かすかと辺りでざわめく国津神らの動きを羽根にとらえたなら、閉じていた目を開く。

 翼を広げ、屋根を蹴った。感じた流れを追いかけ高みへ、一気に舞い上がる。

 向う先は、東。

 突風のような祟りの気流に身をまかせる。だが乗って滑る空はもう空にあらず。証拠に闇をねっとり吐き出す黒雲は、渦巻き行く手に現われていた。その禍々しさはかつてこれまで目にしたこともないほどだ。大きさたるや高天原を思わせるほども果てがない。

 だがこれでも密命預かる黒き秘密エージェントの烏だった。目の当りとしたところで怖気づくようでは、天照ともさしで話せはしまい。

「なんの、八咫をなめてはいけませんよ」

 むしろ翼へ力をたくわえる。打ち下ろして速度を上げた。矢となり黒雲の中へと飛び込んでゆく。


 及ばぬ出雲に日は昇る。光りを受けて湖は、昨日と異なる輝きを放っていた。

 眩しさに目を細め、雲太らは違わず今日も出立の準備を整えている。

 和二の教えがうまいのかつくしの覚えがよいのか、朝げの支度はおろか一人でナベを洗いに向かうつくしは椀を重ねて荷造りし、時に荷を負う和二を助ける働きぶりだった。出来ずにいたのはめしいておるから、と退けられていたせいで、本当のところは違っていたのだと雲太は今朝も思い知らされる。

 おかげで、いらん、と言われる心配も薄れたのだろう。つくしがめそめそ泣くことも、雲太の袂を掴んで離さぬことも、気付けばもうなくなっていた。

 その安堵が、大国主命の屋敷を探す今も湖のほとりを自由に歩かせている。

 だが屋敷へ着く前に話しておかなければならないことはあり、それはつくしが安堵しておればおるほど雲太には言い出すことができずにいた。とはいえこの役目を代わる者などいはしない。やがて、ようし、と腹を決める。何かきっかけがあってのことでもなく、しかしその時、おうい、とつくしへ声を上げた。

 聞えて和二と屈み込んでいたつくしが湖のほとりから顔を上げる。和二は駆けだし、つくしだけが立ち止まって雲太がくるのを待った。

「はい、なんでございますか」

 などと聞かれて、するする話せるはずもない。雲太は、うむ、と返し、遅れてはならないから、ととにかくつくしを歩かせることにする。

 二人、並べばどんどん足は前へ進んだ。だが肝心の話こそ、てんで進む気配にない。用があるからして呼び寄せたのだ。やがてつくしも、何だろう、と様子をうかがい目をしばたたかせる。様子はなお雲太を口ごもらせ、おかげで雲太の口から飛び出したのは突拍子もない言葉となっていた。

「み、水鳥が白いのは、銀色の腹をした魚ばかり食っておるからだ」

 聞いたつくしの顔はひたすら怪訝だ。

「も、もうす大国主命のお屋敷につくぞッ」

 見て取り雲太は慌ててつけ足す。

「まぁ、とうとう見えたのですね」

 てんで出鱈目だったなら、すぐにも、しまった、とその顔を伸ばした。が、そのとき助けて振り返った和二が、だいぶ先でこう知らせる。

「うんにぃっ、お屋敷があったぞうっ」

 その通り、大屋敷は朱塗りの屋根も鮮やかと、湖のほとりに立派と姿を現していた。なら喜ぶつくしはすぐにも様子をせがんでみせる。

「いや、その、ではなくて……」

 それこそ早く言ってやらねばらない。雲太は思うが言葉は鈍った。せっかく決めた腹も今ではもうあいまいだ。ついに負かされ屋根の色を、その下に吊られた濃い紫と白と黄の布が風になびく様を、周りを囲う生垣が青々美しいことを、切れたところにそら立派な鳥居が組まれておることを、教えてつくしへ話して聞かせた。終わるころには鳥居の前だ。間近で見ればなお立派で、こんなところへ入ってもよいのだろうか、しばしみなして見上げて過ごした。

 耳へ、やにわに人の声は、わぁ、だか、ひゃぁ、だか飛び込んで来る。ひきずり足音は雲太らの前へばたばたなだれ込んで来ると、狩衣をまとった男は足を引っ掛けばたり、倒れた。

 もうもうと上る砂ぼこりが雲太らの目の前すらかすませる。大丈夫ですか、と恐る恐る京三が近づいていったのは、そうしてあっけに取られた後の事だった。

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