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来 神 ’  作者: N.river
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さらば三兄弟 の巻  78

「そんなこともあっての、野の乱れでしょうか」

 いくらも離れたところでいくらか落ち着きを取り戻した京三が、投げかける。思いを映すかのように空はまたどんより曇ると、湿り気を帯びた風をどこからともなく吹かせていた。

「もし(ミコト)がわたしたちの声に耳を傾けてくださらなければ……」

 言葉はさらわれ、京三もまたうつむいてしまう。

「惑わされるな」

 言う雲太にはっ、と顔を上げていた。

「目通ってみんことには、わからんことだ。そもそもわしらは命を信じるからこそ、ここまでやって来たのではないか」

 雲太はそこで瞬きひとつせず、行く先だけを見ている。目にしたなら京三も、己が気持ちを強くしていた。同じようにただ前だけを見つめる。はい、とひとつうなずき返した。

 その鼻先で弾けたのは雨だ。おや、と思えばそこから先は待ったなしだった。ざぁっ、と雨は降り出して、わーっ、と叫び雲太と京三は道端の木立へ、つくしと和二は祠の軒下へ飛び込んでゆく。

「しかしよく降る。天照はどうかされたのか」

「ほんとうに」

 案ずる雲太へ和二とつくしが、向かいの祠から顔をのぞかせた。ここにいるぞ、と知らせて手を振ったかと思えば、屋根から垂れた滴に頭を抱え、きゃあきゃあ、騒いで引っ込んでしまう。様子には微笑まずにおれまい。そうしていつからか、そんな光景が日々の事となってしまっていることに京三こそ気づかされていた。

「さしでがましいようですが、雲太」

 だからこそ口を開いた京三にはもう、先ほどまでの笑みはない。

「そろそろつくし殿のことを考えておかれた方がよいのではないかと」

 聞こえて振り返った雲太の前、祠だけを見つめていた。

「御仁への目通りが叶えば、残るは荒魂を鎮めるだけとなりましょう。そうなれば、もうこれまでのように歩いておるだけではすまぬはず。つくし殿には申し訳ありませんが、めしいておれば足手まといです。危ない目に会わぬとも言えません。共に過ごすのは出雲までかと」

 そこでようやく雲太へと、京三の目は向けられる。

「うむ、つくしも何やら考えておったようだ。頃合いかもしれん」

 返す雲太に迷うような素振りはなかった。

「命に落ち着き先のことを相談されるのもよろしいかと」

 二人して再び祠へ視線を投げる。

 そこで和二とつくしは雨が止むのを待つと歌を口ずさんでいた。かと思えばそろっていたはずの声は乱れ、どちらかが間違えたらしい、いさめてじゃれ合う声を響かせる。

「おや、通り雨だったようですね。もうやみそうですよ」

 そのけたたましさに居心地を悪くしたのか、見る間に雨はあがっていった。雲も一目散と逃げ出すと、辺りは次第に明るさを取り戻してゆく。

 見回し京三はこずえの先から頭をのぞかせた。目に飛び込んできたものへ、これでもかと伸びあがってみせる。

「雲太、ご覧くださいっ」

 それは流れゆく雲と雲の隙間だ。射す光が天地をつないで一筋、細く伸びていた。受け止めて湖は、見たこともないほど大きさで広がっている。見つけて雲太も、おお、と身を乗り出していた。和二もつくしの手を取ると、祠から飛び出している。光景をこと細かに教える和二はかいがいしい。その頭上にほんのりと、虹も橋を架けていた。

 ともかく、それもこれも大事な話であれば、遅くに押しかけるなど良いやり方ではないだろう。雲太らは明日、大国主命の住まいへ向かうことを決め、その日は辿り着いた湖のほとりで荷を下ろすことにする。

 四人そろってはこれが最後になるやも知れない。夕げのナベを取り囲み、膨れた腹をなでつけた。月夜見が見守る空には数多星が輝いている。数えながら、そうっとまぶたを閉じていったのだった。


 これはそんな夜の先の先。

 雲太らの見知らぬところで男はアゴを持ち上げる。

 前には盛られた塩そのもの、歪みのない形で山はひとつ、そびえ、背には闇が広がっていた。

 ままに男は薄く笑う。

 ならその笑みに何事かを察したか、山からごまんと鳥は飛びたった。だが果たしてどこへ逃げるつもりか。行かせておいて男はこぼす。

「これが三輪の山か」

 鋭く息を吸い込んだ。

 ためて地を蹴りつける。

 舞い上がった体は鳥より高く、大きな弧を描いて空を横切り、山も中ほど、木立の中へがさ、と飛び込み姿を消した。枝葉はそこで激しく揺れ、揺れはたちまち頂目指して一直線と駆け上がる。ひとたび強く揺れたなら、ひょう、と中から男の体は飛び出していた。

 その背で負う闇が空へ食らいつく。黒雲は、食いついた場所から濃く渦巻いて滲み出していった。見る間に大きく広がると、落とす影で山を覆う。

 真下で男は山の頂に、拳を突き立て降り立った。

 どくん。

 波打ったのは拳だ。

 感じて男もゆっくり面を上げてゆく。

「八十神らは手はず通り動いたか」

 もわり、渦巻く黒雲が厚みを増していた。山へ迫ると生きとし生けるもの、全てへまといつくような風を吹かせ始める。

「比べてもう馬脚を現すとは」

 さらされ男は眉間を詰める。

「くれてやっても、しょせんは貧乏神。せっかく足止めさせたものを、甲斐のない」

 そうして残る胸の息を、はああ、と低く絞り出していった。

 また、どくん、拳は脈打ち、男はひとたび息を吸い込んでゆく。

「だが今や国津神は、我が怒りの脈とつながりにけり……」

 風が強さを増していた。

 吹かれて男は、くわ、と両目を見開く。

「すべてがここへ集まってくるぞぉっ!」

 うおおおっ、と上げた唸り声が山に当たって跳ね返り、男の髪を、衣を、空へ向かって吹き上げた。はためかせて山の中へ、ふん、と男は拳を押し込む。するとどうだろう。硬かろうはずの地はめくれあがり、ごぼごぼ、拳を飲み込んでゆく。嫌って、ごごご、と山は揺れ、木立もざんざん、暴れ狂った。足元で小石もカタカタ、跳ねたなら、囲われ男はさらに、ずぶ、と拳をめり込ませる。ついにヒジまで押し込んだそのときだ。はあ、と開いた口で笑ってみせた。

 脈を掴み取ったり。

 声は高らか響き渡って、引き上げる背もまた弓としなってたわんだ。重さに伸びた腕は筋張ると、やがて赤黒い何かは地の割れ目から顔をのぞかせる。焼けて溶けた土だ。瞬間、どうっ、と山から噴き上がっていた。勢いに、辺りに立つ木立どころか山の頂は木端微塵と吹き飛んで、真っ赤な柱は代わりと突き立つ。

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