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来 神 ’  作者: N.river
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さらば三兄弟 の巻  77

 うららかな日和とはこのことか。

 シソウと別れて進む雲太らの前、山道は穏やかと伸び続ける。そんな山は枝も払われほどよく日を差し入れると、青葉を揺らす風が心地よく吹き抜けていた。行く者らを見守る祠も多い様子だ。出会うたび雲太らは手を合わせて心を強くし、市へ向かう者らとすれ違った時など、互いに通って来た道を教えて無事を祈り合ったのだった。

 くわえて市ではようよう心配をかけた雲太だ。罪ほろぼしにと、和二と京三の荷物を担ぎ、つくしを負ぶさる。気遣いに和二と京三は大いに喜び、つくしもまた恥ずかしげとねぎらいの言葉をかけていた。

 ままに四人が頂へ辿り着いたのは山へ入ってから三日目の昼頃か。もうひと踏ん張りするなら休んでおくにこしたことはなく、それぞれ水を食らって一息つく。

 さなか思い出したように荷を探ったのは京三だ。やがてあった、あった、とみなの前に小魚の干物を取り出していた。

「市で塩をすくっておった方から、いただいておったのです」

「ほう、珍しい」

 雲太はのぞき込み、きっと塩と交換してくださったのですね、と掲げて京三は感謝を示す。終えてみなへ差し出せば、ここでも一番につまみ上げたのは和二だった。ぱくり、かぶりつくが早いかぱりぱり、歯切れのいい音を立てて食らう。それから先はイナゴと同じだ。三人はしばし食らって、おや、と気づいた雲太が辺りへ頭を振った。

 なにしろつくしの姿が見当たらない。どこへいってしまったのかと目をさ迷わせ、少し離れたところ、木立の根元に見つけていた。そこでつくしは太い木の幹へ背をもせかけると、それが見えておらぬ証拠なのだろう、雲太なら眩しくて見ておられぬ日をまっすぐに見上げていた。

 おうい、と雲太は呼びかける。いや、迎えに行ってやらねば、と尻を上げ、連れて戻るなら携えて行った方が早いといくらか小魚を見繕って歩み寄っていった。

「どうした。考えごとか」

 なにしろたいてい足音に気づいて振り変えるつくしだが、今日は声をかけてようやく気付くようなあんばいである。

「そら、京三が市で親切な者に譲ってもらったそうだぞ」

 前へ雲太は小魚を差し出した。隣へ腰を下ろしたなら、何をいただいたのですか、と尋ねるつくしの手を導く。小魚を干したものだと教えてやった。こぼさず受け取ったつくしはそれを鼻先へ近づけて、くんくん匂いをかいで笑む。

「本当。海とお日様の匂いがたくさんいたします」

 様子はいつも通りで、雲太も、うん、と答えていた。

「そら、何か考え事があるなら、話してもかまわんのだぞ」

 おっつけ言うが、つくしの笑みはそこでふい、と途切れてしまう。それはたずねてはならんことをたずねてしまった時のようで、雲太の方がどきり、としていた。

「な、なんだ、その、わしらは今まで娘御と歩いて来ておらんので、疲れておってもよく分からんのだ。それにわしは、つくしの旦那だからして……」

 だがその先が続かない。ごにょごにょ消え入る。頼れぬ口へ、雲太は代りに小魚を押し込んだ。味わう間もなくばりばり食んで、うまい、うまい、で塞ぐことにする。様子につくしの頬へ笑みは戻ったようだ。くすくす笑うその様は、まるで見えておるかのようでかなわない。

「いいえ。あのお岩まで、村からまっすぐ歩いてきたつくしでございます。一日、二日、歩き通したところで、へこたれやいたしません。それに今日は雲太さに負ぶってもらいました。疲れておるのは雲太さの方でございますよ。つくしが考えておったのは……」

 などと、続きこそ聞こえてはこなかった。天を向いて小魚を食んでいた雲太の目も、ついぞつくしへ裏返ってゆく。そこでまたもやつくしは何を思っておるのやら、じいっと日を見つめていた。面持ちこそ意味ありげでならず、なおつくしへと雲太は耳を傾ける。そのとき満面の笑みは、跳ね返して雲太へ向けなおされていた。

「それは、つくしだけの内緒ごとでございますっ!」

 言ってぱくり、小魚へ食らいつく。食う様はまこと美味そうで、驚かされて雲太は目をぱちくり、させた。とにもかくにも、そうか、とだけ答えて返す。雲太もまた残る小魚を頬張るのだった。

 さてさて、食ってしまえば雲太らの前に伸びるのは下りの山道ばかりとなる。辿るうちに雨もそぼそぼ降りだして、しのぐほどでもない雨の中を雲太らはひたすらふもとへ向かった。日暮れ前、ようやく雨も上がった雲太らの前に、平と地は開ける。千切れて走り去る雲の向こうにも宇山はなく、目にして初めて雲太らは全ての山を越えたのだと知らされていた。

「ついに……」

 言う京三の声も震えている。雲太も夢かと息を飲み、その袂を引いて和二が伸びる道の向こうを指し示した。ワラ屋根をのせた住まいだ。前に煙は立ち昇ると、火の番をして座り込む何某の丸い背はある。

 あ、と思うが早いか、負ぶっていたつくしをおろして雲太は駆け出していた。けたたましさに、気づいた番の者も何ごとか、と立ち上がってみせている。

「おたずね致す。ここは出雲かッ」

 そうして振り返ったのは女で、山から向こうの海まではそうだ、と教えた。追いついた和二とつくしに京三へ雲太は、たまらず両手を振り上げる。

「間違いないッ。やはりここは出雲だッ。わしらはとうとう出雲へ辿り着いたぞッ」

 やった、と和二が飛び跳ねていた。手をつないでいたつくしはおかげで振り回され、きゃっきゃ、きゃっきゃ、と声を上げる。

「本当に、本当にわたしたちは、辿りついたのですね」

 感極まった京三など傍らで、涙ぐんでさえいた。

 顔へうん、うん、雲太はうなずき返す。なら流れそうになった涙をごしごし、拭って京三は、改めずい、と雲太へ身を乗り出していた。

「それで、大国主命はどちらに」

 そうであったと満を持し、雲太もそこで女へと向きなおる。だが喜んでおれたのもそこまでとなっていた。

「そら、この先に大きな湖があるから、そのほとりに沿って歩けば出てくる屋敷がそうさ。なぁに、ずいぶん立派だからすぐにわかるよ。あんたら、なんぞあんなところに用かね」

 振ったアゴで示し女は、胡散臭げと雲太を見回してみせる。しぐさには雲太の眉も、まぶたの上へのしかかっていた。

「こら、女。わしらはともかく、命のことをそのような口ぶりで話すなど無礼であるぞ」

「はい、命は国造りに励まれていらっしゃるとうかがっております。そのためにお伝えしたいことがあり、遥々、山を越えてやって参りました」

「そりゃあ、無駄足だったね」

 戸惑いながら京三も返すが、やはり女の物言いはぞんざいだった。雲太らは唖然とし、和二もまた、お、と鼻の穴を広げている。

「ええい、気に食わぬことばかり言う女だな。無駄足とはどういうことだ。命のことをそのように言うわけも、しかとわしらへ話して聞かせろ」

 なおのこと雲太は肩をいからせ、一仕事終えた女は手をはたいてみせた。命が国造りに励んでいたのは遠い昔のことだと、共に励んでいた少名彦命が神避ってからというもの国造りは滞るどころか行き当たりばったり、手の付けられぬ野を前に今ではやぶれかぶれと日々、遊び呆けているのだと語る。

「まさか。命はあの素戔嗚より国造りを任されたのです。そのようなことこそあるはずがありません」

 話し終わる頃には京三までもが女へたてついていた。女もぷう、と頬を膨らませてしまう。

「なにさ、嘘なんてついてやしないよ。疑うならこの辺りの者に聞いてみな。みんな同じことを言うからさ」

 もう二の句が継げない。とどまっておればまた命の悪口を聞かされそうでいたたまれず、ともかく女へ頭をさげる。教わったとおりの道をなぞると雲太らは、そそくさその場を立ち去っていった。

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