表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
来 神 ’  作者: N.river
75/90

尽きぬ富 の巻  75

 すると派手な衣は手前の大屋根からだ。やにわに転がり出していた。

「雲太っ」

 否や京三は押し流すような人をかき分け駆け出していた。もう雲太が起き上がるのを待ってなどいられない。

「ここにおられましたか、雲太っ。よくお聞き下さい。ダイボウ様は市へダイコク銭を放っておった貧乏神の操る鼠。正体を知られたがゆえダイボウ様も貧乏神も、すでに消え去りました。おかげでダイコク銭だけが貧乏神の祟りと残り、このような暴れ牛の姿にっ。雲太っ!」

 呼びつける。

「和二の塩だけではたりません。一刻も早く祓いをっ!」

 剣を前へ突きつけた。

 そこへよたよたと、雲太を追いかけ現れたのはつくしだ。和二がその手を取ったなら、手繰りつくしは和二の耳へ何ごとか吹き込んだ。うなずく和二は心得た様子で、早いか二人は手に手を取るとあらぬ方へ駆け出してゆく。

「何を言う。わしのダイコク銭だぞぉ」

 だが雲太は地面へはいつくばったままだ。

「わしの銭が、銭が、みんな吹き飛んでしもうたんだぞぉ。のう京三、わしは明日から一体どうすればよいのだぁ」

 顔こそあまりに情けない。

「何を言っておられるのですか。目を覚ましなさいっ。よいですか、過ぎたるは及ばざるがごとしっ。これまでダイコク銭がなくとも、わたしたちはどうにかやって来れたではありませんか。そもそもどれだけダイコク銭があったところで、幸せになれぬ時はなれぬのです。御覧なさいっ!」

 京三は通りを指さす。そこで大屋根はまた踏みつぶされると、あられもない姿となっていた。

「それが今ですっ。わたしたちは銭で得られぬその幸せのため、ここまで苦労してやってきたのです。食うために、ましてや楽しむためにやってきたのではありませんっ! そのわたしたちがこの場をおさめずして誰が一体、おさめるのですかっ。誰に明日が、訪れるというのですかぁっ!」

 だが雲太は性懲りもなく、しかしわしの、とむずかり続けた。

 前にしたならついに京三から言葉は失せる。震えんばかりに、ぐぐぐ、と拳を握りしめていった。

「いい加減に、しぃっかりぃっ……」

 絞り出す言葉は地の底からか。高く振り上げた拳はそのとき日と重なった。

「なぁっ、さあぁあいっ!」

 くわ、と両眼、見開き、京三は雲太めがけて拳を振り下ろす。

 ごり、と頬へめり込む音はした。

 相撲を取った時ぴくりとも動かなかった雲太の体は、みごと宙へ舞い上がる。どうっ、と通りへ投げ出された。

 うーん、とうめく雲太が動く様子はない。聞きながら京三もまた、はあはあ、荒い息を繰り返す。

 と、おっつけ、ざばん、と水は飛んだ。

「どうだ、うんにいっ、目が覚めたかっ」

 立ち去ったのはそれを都合するためだったらしい。甕を手に、和二も吠える。

「どうか、しっかりっ」

 つくしも、えい、と飛び跳ね振りまいた。

「わひゃ」

 外れてことごとく京三がかぶったとして、つくしは見えていないのだから仕方ない。甕を投げ捨て雲太へ走る。

「雲太さっ」

 はずが、これまた見えていないのだから、当の雲太につまずいて、ばたん、とその上へ倒れこんだ。だがつくしはへこたれない。拳を握ると這いずり雲太へすがりつき、辺りかまわず握った拳でぽんぽん、その体を叩きつけた。

「雲太さはっ、つくしの旦那様はっ、そのようなお人ではないのですっ。つくしを助けて嫁にもろうてくださった、国造りに励まれる、優しい、立派なお人なのでございますっ。早く元へお戻りくださいっ! 悪いものがついておるなら、大事な雲太さから早く出ていっておしまいなさいっ!」

 えいえい。雲太の顔さえ叩きに叩く。おかげで雲太の体は頭の先までぐらぐら揺れて、もわん、それはつむじから吹き上がった。眺めて、お、と和二が頬をすぼめ、京三も、や、と目を見張る。なら雲太のつむじより吹きあがったそれは尾を引くと、昇った空でたがわず牛の一部となった。

 だからして雲太は誰もの前で、うっすらまぶたを持ち上げてゆく。そうして見回した芦原の野は、いつもとおりと素朴なままに広がっていた。しかし拳は止まず次々と雲太をなぶり、醒めたからこそ雲太はしかとその拳を受け止めてみせる。

「雲太、さ?」

 驚きつくしが顔を上げていた。

「ようわしを叩いてくれた」

 もろとも雲太は身を起こしてゆく。

「つくしにも礼を言うぞ」

 聞えてつくしは目を見開き、雲太は残して二本の足を地へ立てた。

「もう一杯だ、和二ッ。穢れを祓うぞ、わしへかけろッ」

 玉虫色の衣を、その下の衣を、ひと思いに脱ぎ捨てる。張った声は大きく、驚くどころか喜び勇んで走り去る和二の足は風となった。あいだ京三はつくしを引き寄せ、戻った和二が、せいや、で雲太へ水をぶちまける。ぶるる、頭を振った雲太は、ぱしぱし、己が頬を叩きつけた。これでようよう正体が戻ったような心持ちだ。じんじん痺れる頬をすぼめ、暴れ牛へと顔を上げてゆく。

「待たせたな、京三ッ」

「遅すぎますっ」

 返す京三の手元で剣は振られた。

 絡めて雲太も両手を打てば、たちまちそこから風は吹き出す。逃げ惑う人もあらかた走り去ったわびしい通りを、砂埃となって駆け抜けた。追いかけぶちまけられた水は浮かび上がり、たちどころに、じう、と滅して雲太の手に光は灯る。

 携えゆっくり開いていった。

 鳥居の奥より塩は吹き出し、見えぬが目の当りとしたつくしが、あああ、と口を開く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ