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来 神 ’  作者: N.river
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尽きぬ富 の巻  73

「早くから失礼いたしますっ。こちらにおられるダイボウ様とお話しいたしたく、お目通りを願いに参りました。どなたかダイボウ様へのお取り次ぎを急ぎ、お願いいたしますっ」

 ならしつらえられた台の向こう、一段、高くなった床の上で、次のタカラくじの準備にあぐらをかいていた大国の者らは仕事の手を止める。ポカン、とした顔で京三へ振り返った。やがて、ああ、と我に返り一人の男へ目を向ける。受けて立ち上がった男は京三の元へと進み出ていた。

「お会いにはなりません。お話でしたら、このわたくしが代わっておうかがいいたしましょう」

 衣の裾を叩くように整え座した男は、至って落ち着いた物腰だ。

「いえ、わたしはダイボウ様にお話があるのです」

 だが話にならぬなら、返して京三は大屋根の奥へ目をやった。そこに伸びる廊下があるのを見つけるや否や、左、右、と背へ足を蹴り上げる。

「あ、何を」

「お通し願えぬのなら、こちらからおうかがいするまで」

 脱いだ履物を束ねて懐へねじ込み、失礼、と床へ上がり込んだ。驚き尻を浮かせた男は慌てて押し止めるが、その手をぺしり、京三は払いのける。あいたたた、とうめいて男は手を縮め、目にした大国の者らはたちまちどよめいた。

「その者を、その者を通させてはなりませんっ」

 男の声が甲高く響く。

 傍らを、脱いだ履物を両手に和二もまた上がり込んでいった。

 目にしてあちらこちらで大国の者らは立ち上がる。おやめください、お戻りください。一斉に京三へ群がってゆくが、今日の京三は一味違った。そんな大国の者らに囲まれたところで、睨んで吸い込んだ息を、かぁつっ、と吐き出す。それはもう耳を塞いだ和二さえ目を回すほどの大きさで、大国の者らもそれきり痺れたように動かなくなった。

 すきにするり、京三は傍らを通り抜ける。どすどす、足音を響かせ廊下を進み、突き当りを左へ折れた。前に布が吊るされていたなら断りを入れ跳ね上げて、誰もいなければまた奥へと進む。現れたついたての向こうへ回り込んだ。

 そこに雲太の荷とナベは放り出されている。

「和二、ナベを持てますか」

 答える代わりだ。駆け寄った和二がナベを抱えて振り返った。任せて京三は残る荷を己の体へくくりつける。中庭だろうか、またいで離れへ伸びゆく渡り廊下へ目を向けた。

「あの向こうへ行きます」

 うん、と答えた和二はその背につき、率いて京三は渡り廊下を越える。後ろからは、わいのわいのと大国の者らの声が聞こえてくるが捨ておき、離れの中を隠すついたての前で足を止めた。

「失礼ながら参らせていただきました。ダイボウ様、おりいって大事なお話しがございますっ」

 と、がさごそと、それまでなしのつぶてであった奥から初めて物音は聞こえてくる。ここか、と思えば京三の腹に力は入り、満を持してつい立の向こうへ回り込んでいった。

 明かり取りの窓がついた離れの中は思いのほか明るい。ゆるゆると風が流れ、突き当りの壁に垂らされた濃紺に白抜きで文字の書かれた布が潔くも目に飛び込んでいた。前には一人、烏帽子姿の男がいる。それもずいぶん肥えた男だ。だがその大きな体は今やわなわな震えると、おびえて布へすがりついてもいた。

「ダイボウ様で、いらっしゃいますね」

 問えば、ひいい、となおさら男は縮みあがる。布へ身を添わせて退いた。

「そ、そうよ。お話って、あんた盗人っ」

 確かに、半ば押し入ったようなものなのだから疑われても仕方ないだろう。だからして京三はいくらか歩み寄ったところで座する。そこから先、床へついた両の拳でずいずい、ダイボウの前へとにじり寄っていった。

「突然の無礼、どうかお許しください。わたくしは先日、タカラ者となりました雲太の弟、京三と申す者でございます。隣が末っ子の和二。お話とは兄のことにございます。そのことでダイボウ様にお願があり、参りました」

 そろえた指先で深く伏せば真似て和二もヒザを折り、すぼめた口で頭を垂れる。よくできました、と笑いかけ、上げた面で京三はいざ、ダイボウとあい対した。

「こ、怖い顔ねぇ。ほ、ほんとは大国の者か、タカラ者にしか会ってやらないのよ。だ、だからお願いされても聞いてやらないのよ」

 だとして京三は、お聞きください、と口を開く。

「うかがえば当り銅銭は毎日、五枚ずつをいただけるとのこと。ですがそれでは兄がここから離れようと致しません。わたくしどもは大事な旅の途中。ゆえに一度に預かりたく、万枚、お出しいただくようお願い申し上げます」

 そこで大国の者らは追いついたらしい。ダイボウ様、と背から声は投げ込まれていた。踏み荒らされた床がぴりぴり、震え、前でダイボウはただひたすら、だめ、だめ、と京三へ首を振り続ける。

「なぜでございますかっ。タカラくじを当てたのは兄、雲太。銅銭をすべて受け取ることができるはずでございます。それとも万枚あるなどと、大国は兄をだましておられるのですかっ」

 なおのこと京三は声を大き責めた。

「ひと、人聞きの悪いことをいう人だねぇっ。銅銭はこの中に万枚、あるに決まっているのよっ!」

 示すダイボウはまた布をぎゅうっ、と引き寄せる。

「ならば今すぐっ!」

 迫って京三が一つ、二つ、と前へヒザを擦った時だ。

「いっぺんには無理なのよっ。あたしが元へ戻っちゃうのんだからぁっ!」

「もと、へ?」

 ダイボウは叫び、がたん、音は鳴っていた。

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